織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第二章『一肌脱ぐ、と女性に言われると少しドキッとしてしまう』 ⑩

 たしかに、とハンうなずき背筋を伸ばしてについて講義を行った。

 

 とは、簡単に言えばを用いた決闘である。勝負の形態や決め事は話し合いによって定められ、勝者は領地の割譲や賠償金を求める等、さまざまな要求ができる。この約定は絶対であり、破ることは許されない。もし、の約定を破れば、しよはつを施行したあしかがばくへの反逆と見なされ幕敵に認定される。権威を失いつつあるあしかがばくのために働く大名などほとんどいない、だが自分の利と安全につながるのであれば話は別である。の戦闘力は一〇〇〇の軍勢にも匹敵する。その力を存分に戦で使い合えば膨大な数の死者や被害を生むだけでなく、力をもつて民を支配してきた武士の存在価値そのものが揺らぐことになる。故に全国の大名はの約定を守り、それに従わない幕敵を協力して滅ぼした。


「要するにの約定を守るのは道徳心や誇りが理由ではなく、抑止力をほつした結果だということだ。だから、お前の『家来になれ』という無茶苦茶な要求もを受けた以上は必ずまなくてはならない」

「あのー、具体的にはどういうことをするんです? 魔法で殺し合うんですか?」

「原則、の種目は受けた方が決めるが、何をやってもいい。模擬戦でも遊戯のようなものでも。そして、必ずしも殺す必要はない、というよりころさずの方が主流だな。は殺すよりかは取り込みたいし、追い詰めて魔法で無茶苦茶されるのも恐ろしいからな」

「へぇーっ。いいことずくめじゃないですか。幕府もたまにはいい仕事しますね」

「どうだろうな……たしかに、軍勢と軍勢をぶつけ合うような合戦は減ったが、女人が戦の前線に出てくる世になってしまったことがよいことなのか……それに戦であることに変わりはない。何重にも謀略が張り巡らされる。今みたいにな」


 ハンたちは作戦会議すらまともにできない状況にある。一方、今頃家はおつるを中心になおとらを勝たせるためのありとあらゆる策略を練り、の細目を作り上げていることだろう。

 苦々しそうなハンの顔を見て、ブリュンヒルドは思い立ったように声を張り上げる。


「ま、殺し合いなら望むところですけどね! なおとらさまの手の内はわかってますし! 作戦なんて不要! 寝ちゃいましょう!」


 そう言って寝所に向かった。ハンも観念するかのように床に横になり天井を仰いだ。


(ブリュンヒルドの言うとおり、筒抜けの作戦会議などしない方がマシか。いざとなれば奥の手を使ってでも勝たせてもらう)


 ハンは刀を抱きしめるようにして腰を下ろし、壁に背中を預ける。


「先生は眠らないんですか?」

「夜襲への警戒は必要だろう。俺に構わずお前は寝ていいから」

「いや……私も眠れないと言いますか、何と言いますか……」


 いつになくブリュンヒルドはモジモジとした様子で口ごもる。「かわやにでもついていってほしいのか?」とハンが口走りかけたその時、彼女はとんを羽織るようにして体を包み、彼の目の前に座り込んだ。


「私と寝ていただけませんか?」


 


「「「「「え?」」」」」


 

 直球の誘い文句に隠れ潜んでいる者たちも含めた誰もが耳を疑った。腰を浮かせて迫るブリュンヒルドにハンはしどろもどろになりながらも抵抗する。


「ちょ、ちょっと待った! 確かに俺は女が苦手だし、男なんてもってのほか……だからといってお前みたいな子どもが好きとかそういうのでもなくだな────」

「まぁまぁ、カタいコトはおっしゃらず。弟子を元気づけるつもりで! ほんの少しだけわいがってくださいな!」


 ガバッ! ととんを広げると捕食するようにハンを頭から包み込んだ。


「うわ────っ! どいつもこいつもカジュアルに男襲いやがって! やめろぉぉ!」


 ふたりを包んだとんが伸びたり跳ねたりしながら部屋中をまわる。いったい中のふたりはナニをしているのだろうかと、家の家来たちは妄想を働かせた。


「ぜぇぜぇ……わ、わかった! お前の気持ちはわかった! だが、こういうことはせめてコンプラ的にOKな年齢になってから」

「(さすが先生。じゃあ、作戦会議始めましょうか)」

「…………へっ?」


 耳元でささやかれた言葉にめんらうハン


「(こうやってとんをかぶっていれば外からは見えないし、声も聞き取りづらいでしょう)」

「……今日のお前は本当にえているな」


 若干のバツの悪さを感じつつも、気を取り直して明日の作戦について語ることにした。


「(まず、の基本戦略はいかに相手の力を使わせずに自分の魔法を使うかということだ。特に【一寸発心センチメンタル】は初見殺しの奇襲が可能だからな)」

「(フフフ、もはや私には通じません。さっきもちゃんとつかめましたし)」

「(あんなの真正面から魔法を使われた時に限るだろ。次からは対策を練ってくるだろうさ。だが、こっちにだって勝ち目はある。お前がく立ち回ってくれたおかげでな)」

「(え? 私また何かやっちゃいましたか? 無自覚に無双しちゃってるんですか?)」

「(うっざ……逆に何もしなかったことが功を奏した、って感じだな。家の連中はお前の魔法が強力な攻撃魔法だと勘違いしている。問答無用の殺し合いよりはマシだと踏んでを受けたんだ。当然、ルールには必ず『ころさず』を入れて、勝負の内容も比較的穏便なものになるだろう。そこでお前の本当の魔法を駆使して、相手の虚をく。多少ショボかったり戦闘に不向きなものでも想定外のことをされれば人間は混乱し隙を見せるものだ)」

「…………」


 ブリュンヒルドの表情が固まる。ハンが思っていた反応と違ったが話を続ける。


「(というわけだから、お前の魔法を教えてくれ。魔法の開示は避けたいかもしれないが、どのような効果があるかわからなくては作戦の立てようがないからな)」

「(…………え〜〜〜〜と、それは……ちょっと、むずかしい、というか……魔法なしでどうにかする方法ないですか?)」

「(あのなあ……勝たなきゃお前もお先真っ暗だぞ。負けたら良くて監禁、下手すれば斬首。出し惜しみしている場合じゃない)」

「(出し惜しみしているワケじゃなくて……その……)」


 普段は見せないモジモジした姿にほんの少しよくてられつつも進まない話にイラつくハン。それを察したブリュンヒルドは意を決したようにハンの耳元でささやく。

 


「(もし……私が、魔法が使えない、と言ったら、先生怒りますか?)」


 

 温かい吐息を耳に受けながらも、ハンの背筋は氷を刺されたように冷え切った。


「(は? その髪との色はたしかにさいはつこうがん……であろう? その髪との色を授かった時に頭の中に魔法の記憶が流れ込んだのでは?)」

「(……実は、私の母は南蛮人らしく……髪もも生まれつきこの色でして……ハイ……)」


 ブリュンヒルドは目をらし、しばし沈黙が訪れた。ハンはそっと彼女の頰を包むように両手を添えてゆっくりと自分の方に向ける。


「先……生………………イッッ! 痛タタタタタタタッッ!」


 ブリュンヒルドの両頰をハンは引っ張った。うりざねの細面が餅のように長く伸びた。


「イヤアッ! 乱暴にしないでくださいっ!」

「うるさい、黙れ」


 ハンは静かにキレていた。だまされていたのは家だけでなく自分もだったのだ。同時にでも何でもない少女に命運を預けなくてはならなくなったことに絶望した。


「ああ、女人にこんなことするのは初めてだよ……」

「わ、私も殿方にこんなことされるのっ────だめっ! これ以上されたら壊れちゃいまひゅぅ! バカにっ、バカになっひゃゃう!」

「お前は出会った時から、ず───────っと……バカだったよ」

「耳っ!? 耳は、耳はやめふゅぇ─────! ヒャアァ────ッ!!」


 隠れ潜んでいた家の者たちは暴れ回るように動くとんとブリュンヒルドの甲高い悲鳴に妄想を働かせるのに必死であった。


 一方その頃、夜の闇に紛れ、厳戒態勢ののやの外に向かう二つの影があった。


「もう大丈夫よ、ここまで来たら誰にも気づかれないわ」

「かたじけない。同胞を欺くようなをさせて」

「いいの。私、よしさんの役に立ちたかったから……」


 影の正体はよしと彼にんだ娘であった。情報収集だけではなく、協力者として頼りにできるだけの関係を数日の間に構築していたのだ。


「さて、と。どうにか明日のに間に合わせねばな。このままでは勝っても負けても姫さまの身が危険でござる」



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