織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第二章『一肌脱ぐ、と女性に言われると少しドキッとしてしまう』 ⑪

 よしがそう言うと娘はムッと頰を膨らませた。


「ひどい人。どれだけ私がお慕いしても別の方をおもっているのだから」

「はは、確かに拙者の姫さまへのおもいは男女の情よりはるか高いところに居座っている。されど日輪の輝きがなくてはこの世に光も熱もないように、拙者が生きていくのに姫さまは何よりも必要なのでござるよ」


 よしはいつものように忠心を語る。正気の人間が聞けば「お……おう」と引いてしまうところであるがあばたもえくぼとはよく言ったもので、娘は自分のれた男の魂が高尚なものであることを誇らしく思う。同時に自分の手元に置いておける男でないことを察し、涙を隠すためうつむいてしまう。すると、よしは彼女を背後から抱きすくめ耳元でささやく。


「だが、お主のことは好きでござったよ」

「……よしさま!」


 

 と、よしはウブな娘を転がしのやを抜け出した。娘は隠蔽工作にせっせと取り組み、よしのやを離れていることに気づく者は誰もいなかった。娘のやったことは村八分にされてもやむなしの裏切り行為だったが、この行動がのやの運命を大きく変えることとなる。


 翌朝、のやじように登城した二人の様子を見てなおとらは顔をらせた。

 ハンは目の下にくっきりとクマができており、ブリュンヒルドは頰が赤く、泣き腫らしたような目をしている。


「ゆ……ゆうべはおたのしみだったようだな」

「おかげさまで」

「……先生が一方的に私をおもちゃにしていただけですけどね」


 ブリュンヒルドのぼやきに家臣団が色めき立ち、なおとらも頰を赤らめた。


「さ、さて……ではの種目について発表させてもらう。おつる


 なおとらそばにいたおつるが前に出ると、巻物を広げて種目を開示する。

 


おに遊戯ごつこ


 

 と力強く書かれていた。そのルールをまとめると、

 

  ① 二対二のタッグマッチ。

  ② ペアの中で一人は『鬼』、一人は『主人』、と役を決める。『鬼』は『主人』を捕まえることができる。先に相手の『主人』を捕まえたペアが勝者となる。

  ③ なお、相手を負傷させるような攻撃は禁じ手とする。

  ④ 競技を行うのはのやじようないとし、外への移動は禁じ手とする。

  ⑤ 禁じ手を使ったペアは敗北とする。

 

 というものである。ハンにとってはおおむね予想通りの内容であった。また、ブリュンヒルドが魔法を使えないことがバレるような内容でないことに胸をろした。

 

 なおとらと家臣団が立ち去り、取り残されたブリュンヒルドとハンは大きく息をいた。


「たっ、助かりましたね! ただの鬼ごっこならば私の魔法のことはバレないはず。それに、鬼ごっこは逃げるのも捕まえるのも得意ですからね。腕が鳴ります」

「……とりあえずはお前が『鬼』だな。秒殺だけは避けたい」

「ちょっと私のことをあなどりすぎじゃありませんか? これでも昔は逃げ上手の姫君と」

『鬼』の角が付いたかつらをブリュンヒルドにかぶせ、ハンは『主人』のかぶとをかぶる。


「お前の言うとおり、これはただの鬼ごっこだ。なおとらの魔法がなければな」

「……あっ、そうか! なおとらさまが鬼ならば見つかった瞬間にやられちゃいます!」

「【一寸発心センチメンタル】を最大限に使うとなればこの手の種目だと思っていた。なおとらが『鬼』ならば見つかった瞬間に捕まり、『主人』ならば追い詰めても瞬時に逃げられる。実に厄介だ」

「ちょっ! なに冷静ぶっているんですか!? そこまでわかっていて不利な種目を受け入れるなんて……もしかして家の慰み者になるのを期待して」

「そんなわけあるか! やられっぱなしでは魔法指南役の名折れだからな。このを通してやつらに正しい魔法の使い方を指南する。お前はとにかく俺のそばにいろ」

「……わかりました! 先生を信じます!」

「よし。じゃあこれから俺が予想するこのの展開を伝える。耳を貸せ」


 ハンがそう言うとブリュンヒルドはそっと耳を両手で隠す。


「昨晩されたことを考えると先生に耳をお貸しするのはちょっと……」

「言ってる場合か!」


 ハンは無理やりブリュンヒルドに耳打ちをする。その様子を忍び聴いていた者たちは「耳を使ってどんなことをっ!?」と生唾を飲みながら妄想を働かせた。

 

 の開始を告げるがいが吹き鳴らされ、ハンとブリュンヒルドは城中を走り回った。のやじようは決して広い城ではない。走り回れば当然、敵とぶつかる。走る廊下の奥の角を曲がってなおとらが姿を見せた。


「先生! 前方!」

「早速か!」


 ブリュンヒルドたちが声を掛け合った直後────


「【一寸発心センチメンタル】」


 なおとらは魔法を使ってハンの眼前に現れた。勝利を確信して手を伸ばすなおとら。しかし、その手はハンには届かず、手首をつかまれていた。


「『鬼』をつかんではならない、なんて決まりはなかったよな」

「クソっ!」


 なおとらはもう片方の手を伸ばすがそちらも同様につかまれる。


「目のやり場に困るから服を着たまま跳んでほしいんだが、これは俺の不行き届きだな」

「ちょこざいなっ! 【一寸発心センチメンタル】!」


 羞恥と怒りで顔が真っ赤になったなおとらは、ハンの後ろに瞬間移動した。しかし、


「『鬼』同士の取っ組み合いも禁止されてませんよね!」

「ブリュンヒルド!? 貴様っ!」


 ブリュンヒルドが横入りしてなおとらに抱きついた。ハンなおとらの頭部を見てうなる。彼女の頭には鬼を示すかつらがかぶられたままだったからだ。


(服はともかく、頭につけるものは運べるようになったか。末恐ろしい成長速度だな)


 ハンは素直に感心したのだが、男に裸を見られた恥ずかしさでなおとらとつに【一寸発心センチメンタル】を発動させて二人の視界から外れるとバタバタと足音を立てて一旦逃亡した。


くいきましたね! 先生!」

「とりあえずは、だけどな」


 ハンの考えた作戦は至ってシンプル。なおとらの【一寸発心センチメンタル】には一日に使える回数に限りがある。自身をおとりにして無駄撃ちさせて弾切れを狙うというものだ。最も危険な背後からの奇襲はブリュンヒルドが注意することで防ぐ。いびつながらも最適な連携である。

 

 その後、三度同様のやりとりを繰り返し、なおとらを追い払った二人は息を整えるため見晴らしが良く背後からの奇襲を防げる広間の隅に身を置いた。


「ど、どうですかね? そろそろ魔力切れになりそうですか?」

「どうだろうな。魔法指南の中でも徐々に使用回数を増やしていた。それに魔法が使えなくなってようやく五分。こちらは『主人』であるおつるの影も踏めていないんだ」

「五分ではないんじゃないですかね? なおとらさまじゃ先生を捕まえるなんて無理でしょう」

「やれやれ、楽観的なことだ。というのはそんなに甘く────」


 ぎしりぎしりと廊下の床鳴りに気づいたハンとブリュンヒルドは身構える。しかし、姿を現したのは下働きの女だった。なおとらでなかったことにあんする二人。


「紛らわしいですねえ……危ないですから下がってください」


 ブリュンヒルドが警告した。すると、女はサッと姿を消す。


「で、先生。はどう甘くないんですか?」

「俺たちがやったのと同じことさ。禁止されていないことはやっていい。本格的なであれば切れ者の文官が事細かに決まりを作ったりするんだが、今回はザルすぎてなんでもありになっている。どんなえげつないことをしてくるつもりなんだか」


 ドタバタドタバタ! と騒がしい足音とともに家の家臣団総勢二〇名が現れ、広間を埋め尽くしハンとブリュンヒルドにたいした。


「……えーと、これはなおとらさまとおつるちゃんので」

「第三者が足止めしてはならない、とは決められていない! ハン殿! 覚悟!」


 家臣団は一斉に二人に襲いかかった。

 

 一方、その頃、おつるは城内の隠し蔵の中に隠れていた。扉は内側からも錠前がかけられており、中のおつるが開けない限り決して開くことはない。


「おつる……聞こえるか?」


 扉の向こうからなおとらが声をかける。


「お館さま、どうなさいました?」

「今、みんながよこやりを入れている。これはお前の策か?」


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