× × ×
というわけで、思い立ったが吉日。
時雨は自宅から程よい近さのゲーセン『GIGA藤宮店』を初めて訪れたのだが……、
「うおお……。でかいな……!」
想像の五倍ぐらいでかくて綺麗な建物が立っていて、早速度肝を抜かれた。
一階にUFOキャッチャーの筐体が整然と並んでいなければ、ゲーセンとは分からないレベルのおしゃれさだ。きっとここも最近できたんだろう。
信じられないことに、今は『黄金期の再来』と呼ばれるほどゲーセンに勢いがある。
「VRFは……7階か」
案内板を見て、エレベーターに乗り込む。目当ての階で扉が開くと、
『──K.O.!』『──これで決めるッ!』『──はああッ!』『──紅蓮拳っ!』
濁流のようなゲームの爆音を浴びた。
(おお……これこれ。やっぱゲーセンと言えばこれだよな)
しばらく浸りながらフロアを見渡す。縦2メートル/横5メートル/高さ3メートルという巨大な筺に、最新鋭の技術を詰め込んだ次世代型VRF筐体──『ホロッセオ』が四台も並んでいる。それ自体は見慣れた光景なのだが、
(盛りってるなあ……!?)
平日の昼間なのにも拘わらず、並び待ちが出てるほど盛況なのは驚いた。昔はこの半分もいれば「やるじゃん」という感じだったので、隔世の感がある。
(……一応、変装しとくか)
ポケットから充電式眼鏡ケースを出して、時雨は変装用の拡張眼鏡に付け替える。ブルーの色付きで眼が透過しないグラサンタイプだ。これでカタギにはまず話しかけられない。
プロとして面が割れている時雨は、最近はこういうことにも気を使う。
(一昔前じゃありえないことばっかりだ)
例えば──そう。
高校生ぐらいの制服女子が、観戦勢の中に一人交じっていることなんかもまさにそうだ。
(ド金髪……。しかも立派な『ベガ立ち』とは)
好戦的な笑顔も相まって、明らかにカタギじゃなさそうだ。
ただ、ものすごく可愛いのは間違いない。丸い瞳は猫みたいにぱっちりしてて、肩ぐらいの長さで外跳ねしている髪型──いわゆるウルフカットがよく似合っていた。
「──……んんー?」
しばらく見つめていると、サングラス越しにも拘わらず女の子が視線に気付いた。
まずい、と目を逸らす。
しかし女の子は逸らした視線の先に自分から移動してきた。
真っ正面から見つめ合うこと、三秒。
女の子は獲物を見つけたみたいににやりと笑い、前ステ二回で詰めて来る。
「ねねね、おにーさんおにーさん! 今、ちょーっといっすか!」
居酒屋の客引きみたいな元気さだ。ゲーセンでも問題ないぐらい声がデカい。
「はい、何ですか?」
「おにーさんって、このゲーム詳しい? 『レジェンダリー・ファイターズⅣ』!」
ホロッセオのゲームビュー──一面丸ごとゲーム画面が映っている液晶面を指す女の子に、時雨は警戒を解く。身バレしたわけではなさそうだ。
「詳しい……と言えばまあ、詳しいですね」
「だよねえ。そうだよねえ? ふっふっ、あたしの眼に狂いはなかった!」
背中をばしばし叩いてくる。大阪のおばちゃん並みのコミュ力だ。
「じゃあさっ、ちょっとこのゲーム教えてくんない? 遊び方分かんなくって」
「ああ……ご新規さん?」
「んむ! 昨日初めて試合観たんだけど、超おもろそうだったからやってみたくて」
ぐっ、と右拳を握って時雨に見せつける。
「何も分からんけど、とりあえずおれより強え奴に会いに来た!」
「……なるほど」
中々おもしれー女の匂いがする。
女子高生の誘いなんて危険すぎて普段なら断る所だが、ゲーセンの中なら話は別だ。
身分も性別も年齢も関係ない。同じゲームで遊びたいならみんな敵でみんな仲間。
ゲーセンのそういう所が好きだったことを、時雨は改めて思い出した。
「いいですよ。私で良ければ教えます」
「マジっ!?」
女の子が太陽みたいにぱーっと笑い、
「よっ」
そのまま軽々バク宙し、
「しゃー!」
華麗に着地して拳を突き上げた。
凄い身体能力だ。あまりの衝撃に固まってしまう。
「ありがとっ! おにーさん、名前は?」
「あ、ああ……。私は、時雨といいます」
「時雨さんね。ちなみに本名?」
「そうです。そのままハンネに流用してたら定着して……あなたは?」
「押忍っ。じゃあ、こっちも本名で!」
腹の前で拳を交差させて引き、彼女が礼をする。
テキトーなノリのくせに、妙にサマになっていた。
「あたし、纏火。纏う火、って書いて纏火! よろしくね!」
「よろしくお願いします。……纏火姐」
敬称を付けて呼ぶと、纏火が首を傾げた。
「纏火『姐』ってナニ? 姉ちゃんてこと?」
「ああ……すいません。方言か。格ゲー界隈では『〜さん』って言う代わりに何とか兄、何とか姐、って呼ぶんですよ。兄さん姐さんの略ですね」
「へえー! じゃあ時雨さんは時雨兄ってこと?」
「そうなりますね」と応えると、纏火は咀嚼するように、時雨兄、時雨兄……と繰り返し、
「『ぐれ兄』でもイイ? こっちのがラヴい!」
「ラヴい……? まあ、お好きにどうぞ」
「りょ! じゃあぐれ兄、おれたち今日からブラザーね!」
そういう意味の兄じゃない。この女かなり適当である。
だがヘンに堅い相手よりも、よっぽど気楽でやりやすかった。
「ちな敬語いらないし、呼び捨てでいいよ? 上の人に丁寧にされると逆に違和感カモ」
「……そうか? じゃあ、纏火で」
「もしくは『てんちゃん♡』ってラヴく呼んでくれてもよい!」
「却下で」
「ヒュウ……! クールぅ♪」と纏火はおどけて、
「だがそのヨユー、果たしていつまで保つかな? このウルトラ美少女を前にっ!」
ピースサインを目につけてウインクしてきた。動きがうるさい。
核融合で動いてんのかってぐらい、とにかく元気潑剌でやかましい女。
それが纏火の第一印象だった。
× × ×
まずは筐体に硬貨を投入……というのは昔の話で、今のゲーセンはタッチ決済が普通だ。
時雨はホロッセオの横側面──入り口扉があるサイドに纏火を連れていき、扉についたタッチ液晶を指す。
「ここで払う。最近は1クレ100円だ」
「かしこまり。でいや!」
纏火が紅いスマホで決済部にタッチすると、扉がスライドして開いた。
2065年はAR/VR全盛だが、個人端末の在り方はスマホから大きく変わっていない。ただしその使われ方は変わっていて、現代人は端末をほぼ見ない。ペアリングしたデバイスでAR展開・操作するのが主流で、ポケットから出すのはこうしてお金を払ったり、写真を撮ったりするときぐらいだ。
一緒に中に入ってドアを閉めると、ふっ、とゲーセンの騒音が消え失せた。
空っぽの部屋。天井を見上げる纏火の「おおー……」という声が反響する。
「空っぽじゃん。あたしのハートか?」
「こう見えて最先端の知性と技術が詰まった筺だが……」
「オッ、じゃああたしのアタマの方か。こう見えて学年一位なんだよ?」
「な……何ぃ!? マジか!?」
「下から一位だけどねぇ〜♪」
得意げに人差し指を立ててつんつんしてきた。へし折りたい。この指。
しかし大人の余裕で何とか堪え、ホロッセオの隅を指差す。