VirtuaReality FighterZ ―空手王者がVR格ゲーに挑んだら?―

ROUND1:二十歳過ぎれば ②

× × ×


 というわけで、思い立ったが吉(きち)日(じつ)。

 時雨(しぐれ)は自宅から程(ほど)よい近さのゲーセン『GIGA藤(ふじ)宮(みや)店』を初めて訪(おとず)れたのだが……、


「うおお……。でかいな……!」


 想像の五倍ぐらいでかくて綺(き)麗(れい)な建物が立っていて、早(さつ)速(そく)度(ど)肝(ぎも)を抜(ぬ)かれた。

 一階にUFOキャッチャーの筐(きよう)体(たい)が整然と並んでいなければ、ゲーセンとは分からないレベルのおしゃれさだ。きっとここも最近できたんだろう。

 信じられないことに、今は『黄金期の再来』と呼ばれるほどゲーセンに勢いがある。


「VRFは……7階か」


 案内板を見て、エレベーターに乗り込む。目当ての階で扉(とびら)が開くと、


『──K.O.!』『──これで決めるッ!』『──はああッ!』『──紅(ぐ)蓮(れん)拳(けん)っ!』


 濁(だく)流(りゆう)のようなゲームの爆(ばく)音(おん)を浴びた。


(おお……これこれ。やっぱゲーセンと言えばこれだよな)


 しばらく浸(ひた)りながらフロアを見(み)渡(わた)す。縦2メートル/横5メートル/高さ3メートルという巨(きよ)大(だい)な筺(はこ)に、最新(しん)鋭(えい)の技術を詰(つ)め込んだ次世代型VRF筐(きよう)体(たい)──『ホロッセオ』が四台も並んでいる。それ自体は見慣れた光景なのだが、


(盛(も)りってるなあ……!?)


 平日の昼間なのにも拘(かか)わらず、並び待ちが出てるほど盛(せい)況(きよう)なのは驚(おどろ)いた。昔はこの半分もいれば「やるじゃん」という感じだったので、隔(かく)世(せい)の感がある。


(……一応、変装しとくか)


 ポケットから充(じゆう)電(でん)式眼鏡ケースを出して、時雨(しぐれ)は変装用の拡張眼鏡(スマートグラス)に付(つ)け替(か)える。ブルーの色付きで眼(め)が透(とう)過(か)しないグラサンタイプだ。これでカタギにはまず話しかけられない。

 プロとして面が割れている時雨(しぐれ)は、最近はこういうことにも気を使う。


(一昔前じゃありえないことばっかりだ)


 例えば──そう。

 高校生ぐらいの制服女子が、観戦勢の中に一人交じっていることなんかもまさにそうだ。


(ド金(きん)髪(ぱつ)……。しかも立派な『ベガ立ち』とは)


 好戦的な笑(え)顔(がお)も相まって、明らかにカタギじゃなさそうだ。

 ただ、ものすごく可(か)愛(わい)いのは間(ま)違(ちが)いない。丸い瞳(ひとみ)は猫(ねこ)みたいにぱっちりしてて、肩(かた)ぐらいの長さで外跳(はね)ねしている髪(かみ)型(がた)──いわゆるウルフカットがよく似合っていた。


「──……んんー?」


 しばらく見つめていると、サングラス越(ご)しにも拘(かか)わらず女の子が視線に気付いた。

 まずい、と目を逸(そ)らす。

 しかし女の子は逸(そ)らした視線の先に自分から移動してきた。

 真っ正面から見つめ合うこと、三秒。

 女の子は獲(え)物(もの)を見つけたみたいににやりと笑い、前ステ二回で詰(つ)めて来る。


「ねねね、おにーさんおにーさん! 今、ちょーっといっすか!」


 居酒屋の客引きみたいな元気さだ。ゲーセンでも問題ないぐらい声がデカい。


「はい、何ですか?」

「おにーさんって、このゲーム詳(くわ)しい? 『レジェンダリー・ファイターズⅣ』!」


 ホロッセオのゲームビュー──一面丸ごとゲーム画面が映っている液(えき)晶(しよう)面を指す女の子に、時雨(しぐれ)は警(けい)戒(かい)を解く。身バレしたわけではなさそうだ。


「詳(くわ)しい……と言えばまあ、詳(くわ)しいですね」

「だよねえ。そうだよねえ? ふっふっ、あたしの眼(め)に狂(くる)いはなかった!」


 背中をばしばし叩(たた)いてくる。大阪のおばちゃん並みのコミュ力だ。


「じゃあさっ、ちょっとこのゲーム教えてくんない? 遊び方分かんなくって」

「ああ……ご新規さん?」

「んむ! 昨日初めて試合観たんだけど、超(ちよう)おもろそうだったからやってみたくて」


 ぐっ、と右拳(こぶし)を握(にぎ)って時雨(しぐれ)に見せつける。


「何も分からんけど、とりあえずおれより強え奴(やつ)に会いに来た!」

「……なるほど」


 中々おもしれー女の匂(にお)いがする。

 女子高生の誘(さそ)いなんて危険すぎて普(ふ)段(だん)なら断る所だが、ゲーセンの中なら話は別だ。

 身分も性別も年(ねん)齢(れい)も関係ない。同じゲームで遊びたいならみんな敵でみんな仲間。

 ゲーセンのそういう所が好きだったことを、時雨(しぐれ)は改めて思い出した。


「いいですよ。私で良ければ教えます」

「マジっ!?」


 女の子が太陽みたいにぱーっと笑い、


「よっ」


 そのまま軽々バク宙し、


「しゃー!」


 華(か)麗(れい)に着地して拳(こぶし)を突(つ)き上(あ)げた。

 凄(すご)い身体能力だ。あまりの衝(しよう)撃(げき)に固まってしまう。


「ありがとっ! おにーさん、名前は?」

「あ、ああ……。私は、時雨(しぐれ)といいます」

「時雨(しぐれ)さんね。ちなみに本名?」

「そうです。そのままハンネに流用してたら定着して……あなたは?」

「押(お)忍(す)っ。じゃあ、こっちも本名で!」


 腹の前で拳(こぶし)を交差させて引き、彼女が礼をする。

 テキトーなノリのくせに、妙(みよう)にサマになっていた。


「あたし、纏(てん)火(か)。纏(まと)う火、って書いて纏(てん)火(か)! よろしくね!」

「よろしくお願いします。……纏(てん)火(か)姐(ねえ)」


 敬(けい)称(しよう)を付けて呼ぶと、纏(てん)火(か)が首を傾(かし)げた。


「纏(てん)火(か)『姐(ねえ)』ってナニ? 姉ちゃんてこと?」

「ああ……すいません。方言か。格ゲー界(かい)隈(わい)では『〜さん』って言う代わりに何とか兄、何とか姐(ねえ)、って呼ぶんですよ。兄さん姐(ねえ)さんの略ですね」

「へえー! じゃあ時雨(しぐれ)さんは時雨(しぐれ)兄ってこと?」

「そうなりますね」と応えると、纏(てん)火(か)は咀(そ)嚼(しやく)するように、時雨(しぐれ)兄、時雨(しぐれ)兄……と繰(く)り返(かえ)し、


「『ぐれ兄』でもイイ? こっちのがラヴい!」

「ラヴい……? まあ、お好きにどうぞ」

「りょ! じゃあぐれ兄、おれたち今日からブラザーね!」


 そういう意味の兄じゃない。この女かなり適当である。

 だがヘンに堅(かた)い相手よりも、よっぽど気楽でやりやすかった。


「ちな敬語いらないし、呼び捨てでいいよ? 上の人に丁(てい)寧(ねい)にされると逆に違(い)和(わ)感(かん)カモ」

「……そうか? じゃあ、纏(てん)火(か)で」

「もしくは『てんちゃん♡』ってラヴく呼んでくれてもよい!」

「却(きやつ)下(か)で」

「ヒュウ……! クールぅ♪」と纏(てん)火(か)はおどけて、


「だがそのヨユー、果たしていつまで保(も)つかな? このウルトラ美少女を前にっ!」


 ピースサインを目につけてウインクしてきた。動きがうるさい。

 核(かく)融(ゆう)合(ごう)で動いてんのかってぐらい、とにかく元気潑(はつ)剌(らつ)でやかましい女。

 それが纏(てん)火(か)の第一印象だった。


× × ×


 まずは筐(きよう)体(たい)に硬(こう)貨(か)を投入……というのは昔の話で、今のゲーセンはタッチ決済が普(ふ)通(つう)だ。

 時雨(しぐれ)はホロッセオの横側面──入り口扉(とびら)があるサイドに纏(てん)火(か)を連れていき、扉(とびら)についたタッチ液(えき)晶(しよう)を指す。


「ここで払(はら)う。最近は1クレ100円だ」

「かしこまり。でいや!」


 纏(てん)火(か)が紅(あか)いスマホで決済部にタッチすると、扉(とびら)がスライドして開いた。

 2065年はAR/VR全(ぜん)盛(せい)だが、個人端(たん)末(まつ)の在り方はスマホから大きく変わっていない。ただしその使われ方は変わっていて、現代人は端(たん)末(まつ)をほぼ見ない。ペアリングしたデバイスでAR展開・操作するのが主流で、ポケットから出すのはこうしてお金を払(はら)ったり、写真を撮(と)ったりするときぐらいだ。

 一(いつ)緒(しよ)に中に入ってドアを閉めると、ふっ、とゲーセンの騒(そう)音(おん)が消(き)え失(う)せた。

 空っぽの部屋。天(てん)井(じよう)を見上げる纏(てん)火(か)の「おおー……」という声が反(はん)響(きよう)する。


「空っぽじゃん。あたしのハートか?」

「こう見えて最(さい)先(せん)端(たん)の知性と技術が詰(つ)まった筺(はこ)だが……」

「オッ、じゃああたしのアタマの方か。こう見えて学年一位なんだよ?」

「な……何ぃ!? マジか!?」

「下から一位だけどねぇ〜♪」


 得意げに人差し指を立ててつんつんしてきた。へし折りたい。この指。

 しかし大人の余(よ)裕(ゆう)で何とか堪(こら)え、ホロッセオの隅(すみ)を指差す。


刊行シリーズ

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