マネキン型の充電クレイドルに、頭・両手・胴体・脚のデバイスが装着されていた。
「あれを着けて遊ぶ。本体はこの筺だから、出力デバイスとコントローラーに当たるかな」
「おお……おおおー!?」
纏火が嬉しそうにマネキンまで走る。
そして頭に被る防具型総合出力デバイス──HGを脱がし、手に取った。
「すごー! まんま面包じゃん!? わはっ、このコントローラーとかもめっちゃ拳サポ!」
「メンホー……ケンサポ?」
「空手の防具!」
にーっと笑い、纏火が拳を掲げる。
「あたし、空手やってたんだ。伝統派空手」
時雨は目を丸くする。確かに運動部っぽい雰囲気はあるが、まさか武道とは。
「意外だ。こんな落ち着きないのに……」
「あはっ、よく言われる。でもねえ、伝統派空手ってぐれ兄が想像してんのと結構違うと思うよ? 武道ってよりスポーツって感じカモ。試合中ずーっとぴょんぴょんしてるし」
「へえ……じゃあ着け方とかは大丈夫そうか?」
「んむ! いけそう!」
念のためしばらく様子を見守るが、確かにスムーズだった。これなら大丈夫だろう。
「じゃあ俺は出る。そのまま待っててくれ」
「えっ、どこ行くの?」
「2P側で準備。ホロッセオは中が繫がってるように見えるけど、実際は分かれてるからな」
これはプレイ中に身体が接触したり、熱くなったプレイヤー同士がリアルファイトに発展するのを防ぐためだ。いくら時代が進んでも、ゲーセン内で灰皿と怒号が飛び交っていた頃から人間の本質が変わるわけじゃない。こういう所は徹底されているのだ。
時雨は2P側に入り直し、デバイスを順番に装着していく。
まずは爪先から踵、膝までを覆うLG。
胴体に着けるBG。
頭から耳まですぽっと覆うHGを被り、
最後に拳グローブとグリップ型のコントローラーが一体となった操作デバイス──グロコンを両手に着けて、準備完了だ。
「纏火。聞こえるか?」
『──なぬっ、ぐれ兄!? 脳内に直接……!?』
「なわけないだろ……。HGにマイクとスピーカーが付いてるんだ」
『も……勿論知ってたけどね? 貴様を試した。中々やるようじゃな』
「……はいはい。もういいから、両手のグロコンの指に当たってるボタンを全部、一気に握りこんでくれ」
『ほーい。握ったー!』
「この状態で起動命令を言うとゲームが始まる。後に続いて言ってくれ」
深呼吸を一つ挟み、呟く。
「〈戦闘開始〉」
自分を中心に、激しい竜巻が巻き起こる。
それは現実の小さな筺の中から、人を戦いの異世界へ送る風だ。
やがて風が止み、視界が開けると──、
『──Legendary Fighters Ⅳ!』
時雨たちは土煙が漂う、広大な闘技場の中心に立っていた。
あちこちに多様な武器が刺さっているこの無人の遺跡は、かつて伝説上の生物たちが誇りを懸けて戦ったとされる戦場であり、その魂が未だ眠る聖地だ。
そこへ導かれてやって来た戦士たちが、《伝説獣》の魂が宿った武器を手に戦う──。
それが『レジェンダリー・ファイターズ』シリーズの基本設定だ。
「うおおおおおおーっ!? 何ここ!? やばっ!? あははっ、すご──────っ!!!」
でっかい声に振り向くと、場所に不似合いな制服姿のまま纏火がはしゃいでいた。
向こうの方でも時雨を見つけたようで、
「あっ、ぐれ兄! ここマジでやばくない!? あはははははは!」
手を振って全力ダッシュしてきた。
「バカ、止まれ!? じゃないと──」
──ごぉんっ!!!
「あ痛ぁああああぁぁぁ──────っ!?」
「……どっかしらぶつけるぞ。現実はゲーセンのホロッセオなんだから」
「先言っといてよぉぉぉ……!」
纏火が顔を押さえて地べたでごろごろ悶えている。結構いい気味だ。
まあ顔なら、HGの強化液晶で守られてるから何ともないだろう。
「今時やらかす奴がいるなんてな……。普段、VRゲームとかやらないのか?」
「やんないよぉー。おら、機械苦手だもの」
(……ゲームのこと『機械』って言う時点でそうだよなあ)
完全に異世界の住人だ、と改めて実感する。
だがそんな人間がわざわざ「やってみたい」と言ってくれているのだから、業界の末席に身を置く人間としては嬉しいことだった。
「じゃあ早速、《伝説獣》を選ぼうか」
「おー! ……《伝説獣》って?」
「伝説の生物の魂。普通の格闘ゲームだと操作キャラを選ぶんだが、『レジェ』シリーズはVRF──VR格ゲーだから勝手が違う。戦うのはキャラじゃなくて自分自身だから、そのために力を貸してくれる相棒を選ぶ訳だ」
「ほうほう……なーる」
「《伝説獣》は武器に宿ってる。だから武器選びとも言えるかな。刀、槍、斧、杖……とにかく色々あるから好きに眺めてみて、ビビっと来たものがあれば選ぶといい」
「りょ! じゃあ操作方法教えてー」
了解、とささっと操作を教えてやる。
そのついでに、衣装のカスタマイズ方法も教えてあげた。
従来の格ゲーだとキャラごとに衣装やカラーバリエーションが決まっているが、VRFにはその縛りがない。和服だろうがドレスだろうが好きに選び放題で、これをアバターとして売るのがVRF興行の大きなシノギになっている。
ちなみに今はご新規さん歓迎キャンペーン中で、結構な額のゲーム内通貨が配布される。
その金を使って、纏火は楽しげに戦闘装束をカスタマイズしていた。
「──おけーい! ぐれ兄、レジェも服も決まったよー」
「OK。じゃあ次は、操作スタイルを決めよう。説明続きで悪いんだが──」
『レジェⅣ』には二つの操作スタイルがある。
それが【ゲーミング】と【フィジカル】だ。
【G】はグロコンのボタン入力メインで自分を操作する、旧来のゲーム的操作スタイル。
【P】は現実の自分の動きをそのままゲームに反映する、新たな格闘的操作スタイルだ。
「で、これから始めるなら【P】一択。普段ゲームをやらない人なら特にな」
「ほうほう。その心は?」
「直感的で簡単、しかも強い、何より楽しい。いいことづくめだからだ。運動神経いい奴だったら、基本ルールを押さえるだけでいきなり経験者と戦えたりもする」
「へえー……! ちなみに【G】は?」
「ゲーム的にできて身体が楽な点は最高だが、難しいのでまずオススメしない。まともに動けるようになるまで何十時間単位の練習が要るし、とにかく初心者には厳しいんだ」
「ふんふん……でも、【G】を選ぶ人もいるんだよね?」
「そうだな。旧シリーズからやってる人は大体が【G】だ」
「それイズなぜ?」
「操作が身体に染みついちゃってるから。昔は操作スタイルが【G】しかなかったんだよ。そこにこの『レジェⅣ』から、【P】っていう凄く革新的で面白いものが出てきた」
そのお陰で、と時雨が万感の思いをもって言う。
「今、こんな爆発的に流行っている訳だ。新規参入のしやすさが段違いだからな」
「へええー……! じゃああたしも【P】にすんね。ゲームよく分かんないしさ」
その方がいい、と重たく頷く。
これで選ぶものは9割選び終わった。
「あとは召醒口上を決めて呼び出すだけだ」
「召醒口上……ってナニ?」
「レジェ選びのショートカット機能兼、このシリーズの名物みたいなもんだ」
今みたいに使う《伝説獣》や衣装、それから操作スタイルを毎回選ぶのは時間がかかるし、面倒臭い。そこで活きるのがこの召醒口上というキーワードだ。この言葉を予め設定した上で《伝説獣》に呼びかけると、登録しておいた内容を一瞬で呼び出すことができる。
「実際にやって見せるか?」
「おおっ! 見たい見たい!」
じゃあ、と時雨が咳払いを一つして、
「──挑め。《紅炎竜》!」
口上を詠む。
すると地の底から激しい炎の柱が立ち上り、時雨を包んだ。