灼熱のカーテンのようなそれが去ると、時雨は軍服姿に変わり、肩に担げるほどの巨大な剣を構えていた。背後に従えた地獄の炎を操る地底の竜──《紅炎竜》が吼える。
「はい。こんな感じだ」
「おおおー……! かっけぇぇぇー! やっぱ近くで見るともっとかっけえ!」
「……? もっと?」
「ねえぐれ兄、あたしもやっていい? ってかやらせろお!」
興奮しすぎて聞こえてないらしい。仕方ないのでそのまま口上の決め方を教えてやる。
思い付かなければゲーム側に標準口上があるぞと言ったが「いーや! 自分でウルトラかっけえやつを考える!」と却下された。
気持ちは分からんでもない。このゲームをやってて一番アガるのは口上を叫ぶ時だ。
「……よーし。決ーめた!」
纏火は両腕を胸の前でクロスする。
そして帯を締めるように、ぐっ、と引いて叫んだ。
「──燃えろ、《焰王獅》!」
雄叫びに相応しい、業火の柱が纏火から立ち上る。
大地を揺るがすほどに強いそれが引くと、
「──おおお……! これが……あたしの力っ!?」
纏火は灼熱の炎を宿した手甲を着け、破れた道着に袖を通していた。
灼熱の獅子──《焰王獅》が、纏火の背後で吠え上がる。
(なるほど、《焰王獅》か。いかにもって感じだな)
手甲で包んだ拳で戦うインファイト型の《伝説獣》だ。《紅炎竜》のような長物持ちと比べるとリーチに乏しいが、その分動きも速く火力も出せる。優秀なオールラウンダーだ。
「ぐれ兄ぐれ兄っ、早くやろ!? 戦いたいっ!」
「そうだな。戦るか」
ぱちん、と指を鳴らす。それを合図に、二人の頭上に大小三本のゲージが生成される。
試合開始の中央立ち位置に両者がワープし、間の空間に大きな文字が出た。
【──ROUND1……FIGHT!】
「わはっ、始まった!」
「じゃあ簡単にルールの説明から。『レジェⅣ』のルールはシンプルで、攻撃して相手の体力ゲージをゼロにした方の勝ち。2ラウンド制で、先に2本取った方がゲームの勝者だ」
「おおー。確かにシンプル!」
「操作も試していこう。早速、俺に近づいて攻撃してみろ」
「マカセロ!」と纏火が目を輝かせて、時雨に向かってダッシュ──、
する寸前で止まった。
非常階段のマークそっくりの纏火に、時雨は鼻を鳴らす。
「賢い。流石に二回はぶつけないか」
「フッ、学ぶ女だからあたし。でもこれ、どーやって歩いたらいいの?」
「後ろ足の踵を浮かすと前進、前足の踵を浮かすと後ろに後退だ。要は進みたい方向に体重を掛けるとそっちに進む」
「ほうほう……」と纏火が前後に揺れたあと、時雨に向かって歩いてくる。
なんならそのままぶつかり続けて、頭でぐりぐり押してきた。
「おおー。ちゃんと頭にも感触あるぅー!」
「デバイス着けてる箇所はそうだな…………って、おい。いつまで押してるんだ」
「へへぇー。だってヨコ移動教わってないもーん」
「ああ、ヨコ移動ないぞこのゲーム。そもそも動けない」
「えっ!? そうなの!?」
「そうなの」と時雨は頷く。
『レジェ』シリーズは2D対戦格闘ゲームをベースとしているので、空間の管理は自分と相手を結んだ直線の前後と上下のみに限られる。シンプルだが、それゆえにひりつく間合い管理の攻防が奥深く、面白いゲームとなっている。
「じゃ、殴っていいぞ」
「へっへー。そんじゃあ、ちょっと失礼しまして──」
纏火がかるーく拳を引いて、
「せいッ!!!」
──ずどん!
時雨の腹に鋭い一発をぶちこんだ。
「おおお〜……!? すごっ、ホントに殴った感覚あるよ!?」
「全部のデバイスに衝撃センサーが付いてるからな。殴られた側にもちゃんと衝撃が来る」
「えっ、ほんと!? ねねね、あたしにもやって!」
時雨はグロコンの補正ボタンを押し込みながら、
「よっ!」
現実で前足を軽く相手の脛辺りに突き出す。これだけでいい。
そうすればゲーム世界の時雨は、深く身体を沈めたカッコいいフォームで下段蹴りを放っているように補正される。
「わはっ、すごー! ほんとに痛い!? てか凄い蹴りだね、ぐれ兄も格闘技やるの?」
「全く。補正システムってのがあってな──」
普通の人間に、格闘ゲームのキャラみたいな超人的な動きはできない。
しかしこのシステムさえあれば、省略動作とボタンの組み合わせでそれが可能になる。
「あとはガードも実際に受けなくていい。立ちガードとしゃがみガードのボタンがそれぞれあって、適切に押してれば勝手に受けたり避けたりしてくれる」
「へえー……ガードに種類があるの?」
「ある。立ちガードは中段を防げて、しゃがみガードは下段を防げる。上段はどっちでも防げるからあんまり気にしなくていい。ちなみに、このゲームの技の七割は上段だ」
「ほえー……。じゃあ上段ってそんな強くないんだ」
空手だと一番強いのに、と纏火が肩をすくめる。
「ってか下段のガードで上段受けられるって、何かヘンテコだねー」
言いたいことは凄く分かる。
が、こればっかりは慣習だから「そういうもんだ」としか言いようがない。
「あとは投げボタンだな。ガードしてると打撃は通らないんだが、投げは通る。打撃に比べてダメージは低いが、堅い相手を崩すのに有効だ。……投げってないよな? 空手に」
「崩しはありだけどぶん投げるのはなしだね。あと下段もなし。伝統派では反則なのだ」
へえ……と時雨が嘆息する。
当然だが他も違う所だらけだろう。まずは慣れてゲームを楽しんでもらいたい。
「じゃあ一回、好きに試してみてくれ。極端な話、『打撃』と『ガード』と『投げ』の三要素が揃えばすぐに試合もできるからな」
「押忍っ! お願いします!」
それからしばらく、纏火は99秒の試合時間×2R分を一杯に使って挙動を確かめていく。
途中、華やかな必殺技とかも教えた方が喜んでくれるかと思ったのだが──、
「──こう、こう……。…………こうか……。ああ、はいはい……」
「──早いと、逆に出ない? ………じゃあ抑えて……これぐらいか……」
「──これぐらいでも間に合う……。でも打つのと同時にガードは無理………なるほど……」
(な……何だこいつ。急に……?)
一気に切り替わった纏火の雰囲気に、時雨は口を挟めなかった。
さっきまでの騒がしさが噓のように静かで、いっそ不気味でさえある。ぶつぶつ呟きながら己の動きを確認する様子は、歴戦の兵士が銃の部品を確かめているみたいで──、
「──おっけぇーい! 完・全・理・解!」
急に元のやかましガールに戻った。寒暖差で風邪を引きそうだ。
纏火は燃える手甲に包んだ拳を、ぐっと握りしめる。
「じゃあぐれ兄、試合やろ!」
「え? でもまだ必殺技とかの説明が──」
「いいから! 戦ろうよ! 待ち切れん! 最低限は揃ったってさっき言ってたしさ、」
にーっと纏火が笑う。
「あたし超強えから。この身一つで十分よ!」
「……なるほど。じゃあまあ、やってみるか」
浅いうちに戦ってみるのもまた乙なものである。
ここは打ち込みダミー代わりに練習相手になってやるかと考えていると、
「あっ、ぐれ兄。ちなみに手加減は禁止ね。本気でやってよ」
「は? 何言って──」
「──だってさあ、負けてから『本気じゃなかった』とか言い訳されても萎えるじゃん?」
纏火がいつもの調子でにーっと笑う。
煽っているような感じはない。自然体でそう思っている、という感じだ。
「身一つだけで俺に勝てると?」
「そだよ?」
あっけらかんと返し、纏火がにやりと笑う。
「怖いなら、手加減してあげてもいいよ?」
「……なるほど。言うじゃないか」