腹は立たない。どころかニヤニヤしてしまう。
根拠なき自信は若者の特権だ。昔の自分を思い出して、何だか眩しい。
(……さて。実際、どうする?)
堕ちたとはいえこちらはプロ。覚えたての初心者に本気なんて出せる訳がない。
しかしぬるい接待はごめんだという気持ちも、かつて少年だった時雨には分かる──。
「よし、じゃあこうしよう。本気でやってもいいが条件がある」
「条件?」
「簡単だ。本気を出すに足る相手だ、って証明してくれ」
まあ要は、と時雨が刀を構える。
「俺を楽しませてみろ、ってことだ」
──無理だろうけどな。
そんな言葉が内心で続く。なぜならもう、長らくそんな瞬間に出会えてない。
最後にゲームをして『楽しい』なんて思えたのは、いつのことだっただろう──。
「……あはっ。いいねえ、それ」
纏火が笑うと、獣のような犬歯が覗いた。
「ひっさしぶりに熱くなれそう。いつ始める?」
「10秒後、ラウンドがタイムアウトになる。それで1─1になるから、最終ラウンドで勝負でどうだ?」
「分かった。……それじゃあ」
纏火が深々と礼をして、
「──お願いします」
顔を上げると笑みは消えていた。
肢体からすうっと力が落ちていき、反動でその場で二度跳ねる。
──とん、とん。
纏火が構えたその瞬間。
死神に肩を叩かれたように、時雨の肌が粟立った。
(ッ──こいつ、やっぱり只者じゃない!)
【──FINAL ROUND……FIGHT!】
「──我ァぁああああああ────────────ッ!!!」
開幕即、纏火が獅子のような雄叫びを上げる。
対戦格闘ゲームの枠組みには存在しない奇襲に、時雨はいきなり虚を突かれた。
その一瞬を嗅ぎつけて、近距離間合いに纏火が鋭くステップイン。
ぐっ──と体重を後ろ足に溜めて、
「おォォォ──────────りゃぁああああッ!!!」
身体を斜めに傾け、強烈な上段蹴りをぶっ放した。
キャノン砲のような勢い。もろに喰らった時雨は吹き飛び、ステージ端──後方限界の透明な壁に身体を強かに打ち付け、バウンドして戻ってくる。
(バカな……!? 【足刀蹴り】か!?)
このゲームの深奥とも呼ばれる裏要素──秘伝技だ。教えてないのになぜ撃てる!?
困惑しながら立ち上がる時雨に対し、纏火は瞬時に前ステで間合いを詰めてくる。
(うお……速い!)
「──やあッ!」
拳を打ち下ろしての追い打ちが起き上がりに重なる。
時雨は咄嗟に下段ガードで受けようとするが──失敗。拳が「がすん!」とヒットする。
(っ……特殊中段! だからなぜ撃てる!?)
「まだまだ────っ!!!」
右、左と拳を突いてそのまま軸足でくるりと回転、回し蹴りに繫げる三連撃が時雨にヒットする。通常技から通常技へと繫がる特殊連携──ターゲットコンボと呼ばれるものだ。
有力な連携なら、プロの時雨は全て覚えている。
だが、こんな連携は一度も見たことがない。ゲームとしては想定外の技ということだ。
敢えて撃つには、補正なしの物理入力が必要。つまり──、
(こいつ……現実で格ゲーと同じ動きしてんのか!? 一瞬とかじゃなく、常に!?)
「もいっちょぉ!」
もう一度、同じ打ち下ろし中段を纏火が仕掛けてくる。
だが素人の同じ技を二度喰らえるほど、プロという人種は器用じゃない。
纏火の拳が届くジャストのタイミングで、時雨は無意識でガードを入れた。
【──PERFECT!】
拳を受けた刀の腹から青い閃光が走り、世界が暗転。時間の流れがスロウになる。
その演出時間を利用して、後方に纏火を投げ飛ばした。
「ほわあっ!?」
流石にこのまま追撃を掛けるのは悪い。時雨はバクステして距離を取る。
「わ、悪い。つい教えてないことを」
「ううん!? 全っ然イイ! ナニ今の!? 超かっけえ! あたしにも教えて!?」
「これはジャストガードと言って──」
二つのガードボタンを同時押しすると、Sガードという特殊ガードができる。
これは発動中Sゲージというリソースを消費するが、その間は上中下段全ての攻撃をガードできる。また、攻撃が当たるジャストタイミングで入力できると、先程のように暗転演出が入って攻撃を切り返すことができるのだ。
この防御システムをジャストガードと言い、プレイヤー間では俗にジャスガと呼ばれる。
「ほうほう……ジャスガ!」
「取れたら超おいしいぞ。かなり難しいが」
「えっ、何で? 丁度に押すだけなんでしょ?」
「いや。ジャスガの場合は、ボタンに合わせての物理防御も必須になるんだ」
普通のガードなら、ボタンを押していれば勝手にゲーム上の身体が動いて捌いてくれる。
だが、ジャスガを取りたいならそれだけじゃいけない。
振り下ろされてくる剣。飛んでくる弾。足下を差してくる蹴り。それらを現実でも捌きながらガードの入力を行う必要がある。
「つまりゲームと現実、両方で完璧に防御しないとジャスガは取れないんだ」
「うん…………うん?」
纏火がとぼけた顔で首を傾げる。
「普通じゃない? 何がむずいの?」
「……言うなあお前」
一回ちょっと分からせてやるか、という気持ちが鎌首をもたげる。
(強Wふっかけてやろ)
発生速度は19F(=約0・32秒)。プロでも狙って取れるのは一握りの、大刀を諸手で振り下ろす《紅炎竜》の主力牽制技だ。
これをフェイントを掛けつつ、まぐれではまず取れない実戦相当のタイミングで振る。
もしも言う通り簡単に、しかも初見で取れたらそれは間違いなく才能だ。
少なくとも躊躇なく、本気を見せてもいいほどの。
「さあ──楽しませてみろッ!」
期待を載せて乾坤一擲、時雨が重たく振り下ろした一撃の行方は──、
【──PERFECT!】
才能の煌めきのような閃光と共に、鮮やかに受け止められた。
「ほーら。簡単じゃん?」
「……ははっ!」
経験者が初心者のフリをしている訳じゃない。正真正銘の素人であることは、諸々の拙さやステゴロ一本の戦い方を見れば明らかだ。
しかし、この超人級の反射神経。補正なしで技を振れる冗談みたいな身体能力。
そして何より、対峙しているだけで伝わってくる、この歴戦の王者の如き風格──。
全てに説明が付く答えは、一体なんだ?
【──K.O!】【TENKA WIN!】
「おっしゃぁああ────っ!」
炎を猛らせ、獅子のように咆吼を上げる纏火。
その姿を見て、童心に帰ったように胸が躍った。
「お前、何者だ?」
好奇心が抑えられない。
こいつは絶対、只者じゃない。
「空手やってたって言ってたな。一体どれぐらい強かった?」
強いだろう。
強ければいい。
だって──その方が面白い。
そんな時雨の期待に応えるかのように、
「全国大会、三連覇!」
逆さまにしたトリプルピースを示して、纏火は笑った。
「──地上最強の女子高生、武宮纏火! よろしくっ!」