──俺より強い奴に会いに行く。
どんな武道家が言ったか知らないけれど、そいつも負かして問い詰めたい。
もしも『俺より強い奴』が、世界中探しても居なかったら。
あたしは一体、どうすればいい──?
「おォォオ────────りゃああああああッ!!!」
『止め!』
『赤、上段蹴り、一本!』
わあっ、と日本武道館が沸き上がる。
だが周りが沸けば沸くほどに、纏火の熱は逆に冷めていった。
(……おもんな)
もう勝負は付いている。それでも緩まず構えを取るのは、武道家としての礼儀だけではない。僅かな望みを捨てられないからだ。
相手がもし、纏火の求める『俺より強い奴』だったなら。
こういう崖っぷちでこそにやりと笑い、最後まで諦めないはずだから。
(……え?)
しかしそんな纏火の望みは、最悪の形で裏切られてしまった。
こともあろうに、対戦中に相手が涙を流し始めたのだ。
「なにそれ」
つい漏れてしまう声。不思議と纏火は笑っていた。
泣きたいのはこっちの方だろ、と怒鳴る気力すらもはやない。
(──ああ。もう、いいや……)
胸の中で揺れていた炎が、ふっ、と消える。
その瞬間、試合終了のブザーが響いた。
【2065年度 全国高等学校空手道選手権大会 組手の部 女子個人 決勝戦】
【赤:武宮 30 ─ 0 青:神崎】
【優勝──武宮 纏火/私立葵坂高校 2年生/16歳】
空手を始めて三度目の全国。そして三連覇。もう十分だ。
「──やーめた」
それきり武宮纏火は、二度と空手の世界に戻らなかった。
× × ×
「──纏火。起きて。……纏火ってば」
「……んぅー?」
私立葵坂高校、2年F組の教室。
友人の花咲めぐみに揺すられて、纏火は机で目を覚ました。
「……今は西暦何年、何月じゃ?」
「2065年の7月末です。4時間授業、全部寝太郎くん」
「わはっ、超ウラシマ!」
けらけら笑っていると、丸めた教科書で「寝過ぎ」と頭を叩かれた。
それなりに痛いけれど、夢見心地は覚めない。
踏んでしまったガムみたいに、あの冷めてしまった瞬間が脳裏にこびりついている。
(……あーもう。マジ最悪)
三秒経ったらすぐ忘れる。親にも「人生一筆書き女」と揶揄されるぐらいのライブ感で生きてきたのに、あれだけは未だに引きずっているのが本当に嫌だ。
ちなみに、原因は分かってる。
「──今日は、何してヒマ潰そっかなあ……」
インハイ決勝が終わってからというもの、燃えられるものが何もないからだ。
けらけら笑ってても、空っぽになった胸が切ない──なんて自分が言っても、「はいはい」と流されるだけだと分かっているけど。
(誰か、助けてくんないかなあ……)
反動で染めた髪をくるくる弄りながら、しばらく雑談で退屈を凌ぐ。
話は自然と、もうすぐ迫る夏休みの方に転がっていった。
基本的に、強い所の部活は高校3年の夏まで現役で戦える。しかし纏火は「もういい」と衝動的に引退を決めたので、今年の夏休みはずっと暇なのだ。……燃え尽きてるのに。
「めぐみーん。おらは一体何をすれば……」
「知らん。彼氏でも作ってイチャつけば?」
「はっ、興味ねえ。オラより強え奴いんの?」
「なんで基準が強さなんだよ。ラグビー部のマッチョに声掛ける?」
「ノンノン、分かってないなあ。そういう強さは求めてないの」
はーっと纏火がため息をつく。
何をしてても思い出すのは、やっぱりあの冷めてしまった瞬間だ。
「心の強え人が好き。ヤバい化物が相手とか、ピンチのときほど、逆に笑えるような人」
そんな漫画みたいな人、居ないんだってのは身に沁みた。
それでも理想は捨てられなくて、このままずっと拗らせるんかなあと沈んでいると、
「じゃあ会いに行く?」
「……へ?」と目を丸くする纏火に、めぐみがAR共有を求めてくる。
ポケットから拡張眼鏡を取り出してかけると、ブラウザに公式サイトが映っていた。
「『ZIPANGチャンピオンシップ 2065』?」
「『レジェⅣ』っていう超流行ってるゲームがあって、私最近観戦にハマってんの」
めぐみにしては珍しい浮かれ顔で、彼女は言った。
「今度、一緒に観に行かない? めちゃくちゃ強い人たちがいっぱいいるよ」
× × ×
〈さあ、互いに倒しきりが見えている状況! 息詰まる地上戦!〉
〈歩き投げっ! ……しかし抜けてッ!?〉
〈弾を……ああーっ!? ここで飛びだぁあ────っ!?〉《フルコンだぁあああ!》
【──ULTIMATE ARTS Ⅲ:禍衝】
【──K.O.!】【SAKURABA WIN!】
「「うおぉおおおおおお────────っ!!!」」
後日、初めて連れてきてもらったVRF観戦は最高だった。
纏火は普段、ゲームをやらない。勿論『レジェⅣ』のことも全く知らない。
それなのに、ちゃんと面白くて驚いた。
(アホのあたしでも分かるぞ。このゲーム……!)
空手と同じ一対一の戦いだから見所に迷わないし、体力ゲージを見ればどっちが勝っているのか素人でも分かる。それにド派手なエフェクトが付いた必殺技は見ているだけでカッコいい。コンボの応酬は空手の型みたいで面白いし、何より攻撃を受けたり躱したりの丁々発止がとにかくひりつく。
「おもろいなあ……! ねえめぐみん?」
「きゃぁあああああ─────っ♡ ゼノン様ぁぁああ──────っ!!」
目がハートになっていた。様子がおかしい。
「ど、どしたん? そんな好きなの、あのゼノンって人」
「そう! 私の推し! もう超イケメンで爆裂カッコいいの!」
がっ、と両肩を掴まれる。
「すっごいんだよ? 私らと同い年なのに、誰も敵無しの最強なんだから。もう出る大会出る大会全っ部優勝してるの。超カッコいい! しかも可愛い! ほんとに最強ッ」
「お、おう……」
勢いがすごい。推しなんて出来たこともない纏火にはピンと来ない。
(……最強、か)
しかしその称号を冠する奴は、違う世界の人間でも興味はあった。
しばらく纏火は、彼に注目して試合を観戦する。
【──PERFECT K.O.!】【XENON WIN!】
(……なーる。こりゃ強いや)
このリーグ戦を通して、まだ1ゲームも落としてないという完璧ぶり。どこがどう強いのかまでは素人の纏火にはさっぱりだが、それでも絶対的な一強であることは分かる。
手前味噌だけど、自分と同じだ。だからどうしても気に掛かる。
あの人は、つまらなくないのかなって。
面白くないって、冷めたりしないのかなって──。
〈おっ、見てよカメコさん。あのゼノン選手の顔〉
《はは、本当だ。珍しい》
《笑ってますね。面白くてしょうがないって感じ。……やっぱ彼には特別なんでしょうね》
《伝説の男──時雨との一戦は》
「……伝説の男? ねえねえめぐみん、この時雨って人は?」
「あー……」と、めぐみが生返事する。
「何か、昔は強かったらしいよ。でも今は全然だね。あたしが『レジェⅣ』のシーン追っかけだしたのって最近だけど、あの人はいつ観ても負けてるし叩かれてる」
「へえ……」
「まあ、いわゆる功労者枠ってやつじゃない? もう終わってるけど切るに切れない的なさ」
そこまで悪し様に言われると逆に気になって、纏火は伝説の男とやらを追い始める。
紅の竜をその背に従え、炎の能力と大剣を振るって戦う軍服姿の青年。もう終わったと言われている割には、あまりにも若すぎるように見えた。
【──ROUND1……FIGHT!】
『我ァぁああああああ──────────ッ!!!』
青年は吠えて、自分から攻めていく。肩で息をして、必死の形相を浮かべ、命を燃やすかのような勢いで攻め続けていく。……しかし、