弾丸のような、二つの飛翔。
曖昧な明暗に行く手も霞む空を貫く、二つの飛翔。
位置を上下わずかに違え、排気炎も吐かず、噴射煙も引かず、ただ驀進する。
二つの、死神のように不吉な、黒金色の強化服。
無表情な仮面、武骨な四肢、大きく張り出した両肩、これ見よがしの武装……その全容は、腹に筒を抱えて飛ぶ蝙蝠を思わせる。
足下には、緩やかな湾曲に彼方を隠す鈍色の装甲板が延々、大地にも似た存在感を持って広がっている。その装甲板の後ろに流れ行く様が、死神たちに飛翔の恐ろしいまでの速度を実感させる。
長時間、機能を全開にしたままの両肩の荷重力推進機が悲鳴を上げている。
身を護る空力制御バリヤも耐久許容限界ぎりぎりだ。
張り詰めているものを眼前に置く感触が背筋を凍らせ、頰を熱くする。
しかしその頭の中、戦いに必要な部分は、異様なまでに冴々としている。
それぞれの意識に計器を溶け込ませた、本人にしか解けないパズルのような融合視界に灯るカウントが、ダウンしてゆく。
(3、2、)
(さーん、にーい、)
強化服の腹に据え付けられている〈ジャックポット〉大口径プラズマ火砲の長い筒先が、そろって標的の出現予定座標を指向している。
(1、)
(いち!)
バゴッ、と片方の死神の腹から、エネルギーの怒声をあげてプラズマが飛ぶ。
(0)
一瞬遅れてもう片方の死神の腹からも、プラズマが奔る。
遙か前方、装甲板が弾けて、中から『何か』が飛び出そうとする瞬間、
先行したプラズマが、その『何か』をぶち抜いた。
「!キュキュキュ■≡ビュ!?」
『何か』が、機械の作動音を幾重にも重ねたような耳障りな絶叫をあげて、巨体をひねり出す。その瞬間、次のプラズマが当然のように、どでかい穴を空ける。
「・・■─・・・ギュ!」
続け様の砲撃に身をよじったその『何か』は、機械とも生物ともつかない奇怪な物体だった。コードやパイプに内臓を混ぜ合わせたかのような白っぽい体組織は、無機質特有の乾いたざらつきを持っているが、同時にやわらかくのたうってもいる。
さらに異様なのは、その怪物の胴体(?)の先端に、金属製の頭蓋骨が、触角のように掲げられていることだった。
それが、さっと巡って周囲の状況をつかむ……前に、凄まじい爆発が断続的に起こり、怪物は業火と衝撃波に翻弄された。
それは、死神たちが通過のついでにばらまいた〈ホットビーンズ〉小型散布爆雷の仕業。
怪物があげる三度目の絶叫も届かない遠方で、死神たちはスラスター全開噴射の力技で反転運動を行ない、標的への驀進を再開する。
その一つ、黒金に青いラインと【B】の文字を刻んだ死神が、指向光通信で平淡な声を送る。
《アンディ、も一つ》
《あい、さぁ!》
黒金に赤いラインと【A】の文字を刻んだ、もう片方の死神・アンディが、こっちは威勢よく返した。
各々、〈ジャックポット〉の砲口を標的に指向させているが、装甲板の湾曲に沿って飛んでいるため、まだ射界は得られない。
と、融合視界内に警報が走る。
【B】の死神は、軽く確認する。
(高熱源反応、誘導路は……正面)
怪物の持つ熱線兵器の筒先が自分たちに向けられている、ということだ。
互いに射界を得た瞬間が勝負だ。
アンディは苦笑した。
(ちっ、反転がちいと真正直すぎたか……しゃあねえ、回りこむの面倒だしな!)
思いつつ、大きく叫ぶ。
「ボギー!」
《ん》
ボギーと呼ばれた【B】の死神は、必要最小限の声を指向光通信で返し、思念を凝らす。
(……グン)
思念が、空間を飛ぶ。
互いが射界を得る、その瞬間に。
「・・・■≡ゴオアア!」
怪物も金属の頭蓋骨から、咆哮とともに真白い熱線を吐き出していた。
が、その高熱の怒濤は、A/Bの、はるか頭上を通り過ぎただけだった。
それは、熱線の放射源である金属の頭蓋骨が、
グン、
と半度ほど傾いた結果。
特殊技能者ボギーの『精神力による物理干渉』、いわゆる念動力の発現だった。
「っただき!!」
この間に、外しようもない至近に迫っていたアンディが、トリガーを絞る。
一撃、プラズマが金属の頭骸骨から胴体までを串刺しに焼き砕いた。
まとわり付くプラズマのかけらを振り払って、二つの死神は大きく飛び上がった。
アンディが強化服の中で一息ついた。
《ひゅーう、終わった終わった! 帰ろうぜ、ボ……》
《待った、転移だ》
《おぉっと!?》
相棒の声にアンディは吐息を飲み込み、融合視界の計器に意識を集中した。
眼下、大地のように広大な装甲板の上で、極微の時空震が起こっている。巨大な燃え滓のようになった怪物の輪郭が、ぼやけ始めている。空間ジャンプ……転移の前兆だ。
仕留めかけた獲物を逃がすのは駆除屋の恥だ。
ボギーは空中に静止し、強く静かに、言う。
《止める……!》
その語尾に力がこもった瞬間、怪物のぼやけた姿は、己を覆っていた泡をはじけさせられたように、唐突に輪郭を取り戻した。
一座標に完全固定した自身を震わせることで周囲に空間のひずみを生み、そこに滑り込む。これが判明している限りの……分かったような分からないような、転移の原理だ。この時空震を起こしている状態は、空間のひずみが壁となって、互いに何もできなくなるのだが、例外が一つだけある。
つまり、ボギーの『精神力による物理干渉』、念動力だ。
この力は、完全固定状態を揺るがし、時空震の発生要件を失わせ、空間律を補正回復させる云々……まあこれも要するに、転移を邪魔する、ということだ。
ともかく今や、怪物の輪郭は元の存在感を持ってうずくまるのみ。
《お引き止め、どーも!》
アンディはフェイスガードの下で大きく笑みを作った。特殊技能者たる相棒のフォローは、いつもながらありがたい。
「ほいじゃま、改めまして盛大に!!」
アンディは叫ぶや、逃走を封じられた怪物に向けて、右二の腕に外付けされた筒型の簡易ランチャーから、クルミ大の砲弾を射出する。
ボゴッ、と緊張感のない音とともに怪物にめりこんだ砲弾から、強酸化エチレンの濃密な霧が噴射される。その霧が怪物の体内から周囲をコンマ数秒で満たし、
爆発!!
「ブラボー!」
アンディは衝撃波と高熱の中で消滅する怪物に、ひどく陽気な弔辞を投げ付けた。
膨れ上がる大火球を見るボギーは、わずかに首を振って、呆れた様子を示した。
「……〈パニッシャー〉気化燃料炮弾……過剰サービスだ」
「なあに、〈ジャックポット〉でぶち抜かれても転移したがるような元気モンだ。過ぎたくらいがちょうどいいのさ」
「天にも昇る気分、か」
「そーゆーこと」
アンディはにやりと笑って返した。
言い合う間にも、二人の両肩の荷重力推進機は、運動状態を『上昇』に変えている。
低速で舞い上がる彼らの周囲には景色がなく、ただ無機質な薄明かりが空間を満たしている。その不思議な眺めが、じわじわと先細りするような奇妙な圧迫感を増していく……と、やがて複雑な光の乱反射が、その圧迫感の正体を視覚の中に現した。