A/Bエクストリーム CASE-314[エンペラー]

1 追憶 recollection ②

 彼らは、巨大な球体状の空間の中にいたのだった。

 薄明かりは、この球体の壁面から放たれているが、物質の持つ存在感が、この壁にはない。まるで光そのものが彼らを包んでいるような、しかしいかにも頼りない、それはあいまいな壁だった。

 一方で、二人の足下には、その壁とは逆の……遠ざかりつつもなお、大きく己をするにびいろの物体がある。彼らがその表面を飛んでいた時には大地とも感じられたそれは、やがて巨大でいびつな金属かいとしての全景を現す。薄明かりの空間の底をめるそれは、まるで鋼鉄の心臓だった。

 これこそ、最も高効率の発電機として世に普及する〈対固定単極子モノポールじゆんかん〉。発明者の名を取った通称〈カーソン・リアクター〉だった。

 ボギーはその全景に一点、黒々と穿うがたれた穴を見つけて、強化服の肩を小さくすくめた。


「やれやれ、あれじゃ自動管制区画は丸ごと入れ替えだね」


 穴を空けた張本人は悪びれた様子もない。お気楽に答える。


しちめんどうくさい破損部分のチェックもはぶける、新型区画を入れて機関管制もよりえんかつになる、おまけにえもよくなる。いいことずくめじゃねえか」

「社長にもそう言いなよ」

「薄給をこれ以上けずられてたまるか」


 その二人の掛け合いに、


「ほらほら、漫才それまで!」


 と、元気のいい少女の声が割り込んだ。

 二人の頭を押さえる形で、宙に浮く全長一〇メートルほどの砲弾型の機体が現れる。

 連合治安軍からなぞのルートを通って彼らの会社に払い下げられた、最新鋭のマーベル級強襲突撃艇。社では〈チャリオット〉と呼んでいる、こつな兵員輸送のための小型ゆうていだ。

 そのモスグリーンの機体のコンテナ両側面には、しゆに白のふちりで、でかでかと『ディビジョンじよ商会』の文字が主要十言語で並べ書かれている。はっきり言って、違和感が爆発していた。


「さっさと帰るわよー!」


 少女の声とともにその後部ハッチが開いて、無骨な回収用アームが二つ突き出された。空間認識器官で互いの相対位置を計測、同調するや二人を素早くつかみあげて、艇内に引き込む。

 回収された二人は、強化服の強制排除機構イジエクターによって乱暴に、コンテナ内部の乗員デッキへと、で放り出された。


「うぉわっ!」

「つっ!」


 二人はこの、後ろから蹴り飛ばされるような強制排除機構イジエクターが、当然好きではない。

 彼らを追い出した強化服はすでにハンガーで幾つかのブロックに別れて自動整備状態に入っていた。着装しているときはたのもしい〈PSG[I]2 ブラックゴースト〉全制空戦用強化服ヴアリアブル・マンフアイターめんそうも、追い出された後では、やけにこくはくに見える。

 この酷薄な二つの死神を壁画のように塗り込めて奥一面をめるハンガー、そこから伸びるパイプとコード、両側面の壁をほとんど埋めてそびえる各種武器ラック等、狭苦しいコンテナ内は見事なまでのさつばつさで彼らを迎えていた。

 そこでゆいいつ平らな場所、すなわちゆかの上に座り込んだ二人は、おのおの打った場所をさする。


「ちっくしょう、そういつもいつも強制排除イジエクトするこたねえだろうが!」


 アンディは不満たらたらにインナースーツのてつべんを引っ張って、汗だくの頭を出した。かたそうな金髪がばらばらと広がる。年のころ二十はたち前後。大柄であらけずりな、男前タイプの青年だった。全体に子供っぽい明るさと軽さを持っている。印象としては大きなやんちゃぞうといったところか。


「……も少しやさしくしてほしいな」


 同じく頭を放り出したボギーがため息をついた。こっちは年の頃十六、七で中背細身の少年。ざんばらにしたこげちやの髪にとがったりんかく、鋭い目線と、妙にすさんだようぼうをしていた。言葉や動作のはしばしにこなれた雰囲気があり、少年という生き物の持つ頼りなさが全く感じられない。

 言いつつ立ち上がってほこりをはらう二人に、


「効率優先!」


 と、また元気のいい少女の声が。

 ハンガーの対面、デッキの入り口から、昔のばんきんこうが使うようなごつい鉄の保護面が突き出された。それがカコン、と上に跳ね上がって、あどけなさの残る少女の顔が現れる。整った顔立ちをしているが、まだ美人というよりはわいらしいのレベルだ。


「いつ次の仕事が入るか分からないでしょ? 機械でできる整備は輸送中にませとくの」


 少女は、色気のない作業服を着込んだ小柄な体をきびきびと動かして、二人の間を通り抜ける。歩くたびに、ひっつめて後ろに垂らした髪がしつのようにぱたぱたと跳ねた。最後に小気味よく調子を付けて、ハンガーわきのディスプレイをのぞき込む。

 その小さな背中に、アンディが不満げな声をぶつけた。


「次い? よしてくれ、この二日で三件だぜ。過重労働だ」


 てんじよううパイプにぶら下がるように腕をかけて、子供のようにをこねる。


「な~、キットからも社長にこうしてくれよ。この会社は社員へのいたわりが足りねえ、って」

「やあよ。あんたと違って、このサーキット様は優良社員で通ってんだから」


 少女『サーキット』、略してキットはあっさりきよし、画面に指示を打ち込み始めた。

 武器ラックにもたれかかっていたボギーが、なく言う。


「抗議なら一人でハンストでもしなよ。だれにもめいわくがかからない」

「空腹は分解処置の次に嫌いだ!」


 アンディは、はっきりきっぱりと答えた。


「補助燃料のせつしゆなんかにごしゆうしんかい、ミスター・アンドロイド」

「へ、おめえの方はあじのねえ人生を送ってるみてえだな、ミスター・サイボーグ」


 二人は、きらりぎろりとにらみ合い、また薄く大きく笑い合う。

 そこにキットが、画面から目を離さずに声をかける。


「でもアンディ、あんたぶっ放すのは『三度のメシより好き』なんでしょ?」


 画面に表示された戦況記録によると、アンディの弾薬消費量は、最後の一匹との戦術判断が出たあと、異常な上昇を示している。例によって。

 アンディはようやくぶら下がっていた手を放して、真剣に考える。


きんだけど……ま、そうだな」

「あんたの仕事はぶっ放すこと、何の問題もないじゃない」

「好きなことにも適量ってのがあんだよ」

「よく言うわ。ご飯は底無しに食べるくせに」

「飯に適量があるか!」

「……やれやれ」


 ボギーは二人のじゃれ合いを置いて、さっさとデッキから出た。

 その先は、やはり狭苦しい操縦室だ。

 キットの空けた左側前部の機長席に飾ってある猫の人形以外は、全くの実用一点張りの造り。元が軍用なのだから当然ではある。

 ボギーは自分の指定席、右側後部座席の二人用シートに倒れこんだ。

 すぐにアンディもやってきて、大柄な体をその指定席、ボギーの反対側の左側後部座席に沈み込ませる。


「ちぇ~っ、なんでえなんでえ、みんなして社会弱者のロボット君をいじめやがって。人権よう協会に、ウチの会社は霊魂原理主義者ソウル・ナチユラリストそうくつです、って訴えてやろうか」


 霊魂原理主義者ソウル・ナチユラリストというのは、アンディのような人造の存在も要件だいで生命になり得る、という一般常識を、いまだに受け入れようとしない頭の固い連中のことだ。もちろんボギーやキットは違う。

 ボギーはそのぎぬに、ころびながら簡単に返す。


「社長に名誉そんぎやくこくされるだけだね」

「そうそう」


 当座の処置を終えたらしいキットが、デッキから出てきざま追い討ちをかける。


「社長ならやるわよ。ばいしようただばたらきだけでめばいいけど」

「う~」


 うめくアンディを無視して、キットは機長席についた。手慣れた動作で上下の計器を操作して自動操縦を解く。いつものように、マニュアル操作を規定付けられている境界面ボーダーフエイス通過の、きっちり十秒前。


境界面ボーダーフエイスまでヒト・マル。出るわよ」

「どーぞ」


 A/Bがハモって返事する。

 キットが保護面を下ろした。境界面ボーダーフエイス越えは無害だから、その対策というわけではない。単にこのゴツい保護面が、無改造で融合視界クロスサイトを備えていない彼女の通信機器だからだ。軽合金製なので見た目ほど重くはない。