A/Bエクストリーム CASE-314[エンペラー]

1 追憶 recollection ③

 本人もサングラス程度に思っているらしい。ボギーは以前、わいいワンピース姿の彼女が、跳ね上げたかつこうのコレを装着したままアンディとデートしている所に出くわしてせんりつを覚えさせられたことがある(ろん、その場は他人のフリをして足早に立ち去った)。

 その保護面のもうまく投影装置が、キットに〈チャリオット〉の全状況を伝達する。


「ゴ、前」


 上昇する〈チャリオット〉機体上面を、壁面が放つものとは違う、淡いにじいろの光が照らし始める。その光は、目指す球体内部の頂点をわずかにけずるように張られた、直径十四、五メートル程の、虹色の水面のようなものから来ていた。


境界面ボーダーフエイス、通過」


 キットの声とともに〈チャリオット〉はその虹色の水面、『境界面ボーダーフエイス』を越えた。

 と突然、

 世界が変わった。

 くぐったはずの虹色の水面も、彼らを包んでいた球体空間も、足元にあったはずの巨大なリアクターも、一つのものを除いて、すべてが大空になっていた。頭上には、鋼鉄とコンクリートの構造物が、無限をさつかくさせる規模で広がっている。

 空が足元に、地が頭上にあるのだ。

 そして、その足下の空に、きよう名残なごりのようなものが一つ、残されている。

 消えた虹色の境界面ボーダーフエイスふちる形で、こうこうと白く光り輝く、巨大な光の輪……それはまるで使のようだった。


「〈ゾーン〉だつ。機体傾斜修正」


 キットの操作を受けて、〈チャリオット〉は機体をくるりとぞうに引っ繰り返した。使が頭上に現れ、機内のみような違和感が消える。


「重力せいぎよ、通常値安定……ふう」


 キットは緊張を解いた。ボギーとアンディも、


「無事帰還、か」

「いつもながら染み入るぜ、うるわしの〈ゲンセ〉の眺めはよ!」


 とそれぞれの機能で外部映像を得ながらつぶやき、また叫んだ。

 世界の光景が、正常なものに戻っていた。

 とんでもなく見事な朝。

 頭上、雲もまばらなそうてんがおおい、足下、澄んで冷たい空気の底に、連合でも有数の治安軍基地・ジェムニ記念軍港が大地そのもののようなようしている。


〈チャリオット〉の真下には、彼らがじよ作業を行なったリアクターを動力源とする重航宙母艦が、どっしりと乾式ドックにちんしている。使の『見えない向こう側』、〈ゾーン〉から動力を受給する装置である大レンズを中心にえたかんばんの上で、彼らのかんに気付いた乗員の幾人かが、手や帽子を振っていた。

 キットはそれに機体をバンクさせて答えた。答えつつ通信をオンにして、軍港管制に音声だけで一報入れる。


「ジェムニ・コントロール、こちらディビジョン・エクスターミネーターC。駆除作業完了。被害状況を転送する」

「ジェムニ・コントロール、状況りようかい……にやったな」


 声に苦笑をこめる通信手に、キットもくすりと笑いつつ返した。


「毎度のこととあきらめて。苦情は社にどうぞ」

「そうする。帰ったら美人秘書によろしくな、ディビー・EX─C。交信終了」

「苦情といつしよにご自分でどうぞ。交信終了」


 キットは通信を切ると、再び自動操縦装置を、今度は社までの航路を打ち込んで立ち上げた。シートを倒して思い切りのびをする。


「さあ……って、お仕事終わり! 帰るまで寝よ~っと」


 その真上から、同僚とのしんぼくを深めるべく、アンディが飛び掛かり、


おれも~ッゴハッ!」


 そして、あごの下に安全靴の蹴りをらってひっくり返った。その上からさらに、鉄板入りのストンピングがようしやなく降りかかかる。


「この、この、エロボットー!!」


 うるさげな声が、一応の義務のようにつっこむ。


「……安眠妨害」

「す、好きでやってんじゃないわよ、この、このこのこの!」

「おおお、俺は大好ギャッ!!」

〈チャリオット〉は己の中の騒動に構わず、一路空を貫いて飛ぶ。


    ◆


 人類は、あるとき妙な発見をして、妙な発展をげることになった。

 それは、外宇宙航行のための推進機関の研究中、実験とは全く関係のない、あるしようりゆうが、奇怪な現象を起こしたことにたんを発する。

 この現象に出くわした科学者たちは最初、せきあらわれかと思ったという。

 実験装置の上に突然、こうこうと輝く使が現れたのだから無理もない(難しく言うと、『複数のエネルギー振幅を得たりゆうが、空間にエネルギーを再放出し、それが一定のりんけいどうに、粒子を中心とした二次元状の円としてではなく、粒子を頂点としたえんすいの底面円周として、周回を始めた』、となる)。

 輪が装置の上に現れたのは、与えられたエネルギー振幅のバランスが生んだ、単なるぐうぜんだったのだが、しかしこの現象が人類にもたらしたものを考えると、しんな偶然といえなくもない。

 なぜなら、この不思議な輪は、その内側にとんでもないものを持っていたからだ。

 異空間・〈ゾーン〉への抜け道、『境界面ボーダーフエイス』である。


〈ゾーン〉は、境界面ボーダーフエイスを頂上部の断面に切り取った球状の、またその面を天頂に、外界とほぼきんこうする重力まで持つ、その内に何も存在しない、まさに『空間』だった。

 そして、この空間は、エネルギー量に比例した距離をしよう粒子から取る『使』(結局、正式な名称となった)とともに大きくなった。理論上では、無限にさえ。

 使の内にある境界面ボーダーフエイスからしか入れず、我々が住まう世界〈ゲンセ〉(とある文化圏の古語から採択された呼称)からはその存在の欠片かけらもとらえられない、しかしげんせんとして輪の向こうに広がる異次元ポケット。

 ある者は〈ゲンセ〉の拡張であると言い、ある者は極小の異次元への接続であると言い、またある者は行く先に届いていない中途はんな次元間通路であるとも言ったが、結局のところ、現象・原理そのものの解明は進まず、運用の方法だけが発達していった。

 稀少粒子のかくほうの確立、〈ゾーン〉展開機関の完成とその安定性向上、利用法のさく……

 そして、人類は得た。

 発生がようで、内包物の重さもない、持ち運びさえできる、とんでもない空間のゆうを。

 すでに地球上の生活空間がほう状態にあった人類は、そのぼうちようさきを当然外……つまり宇宙に求めていたが、〈ゾーン〉の発見はその向きを全く逆にしてしまった。

 宇宙は、ロマンあふれる『無限の開拓地』から、ただの『巨大な鉱山』へと落ちぶれ、そして地球は、『決して満腹しない胃袋』になった。

 人々の生活で〈ゲンセ〉に必要なスペースは、ほとんど〈ゾーン〉発生機関分だけでよくなった。何もかもがこの便利な空間に飲み込まれ、地球の景観はやけにすっきりしてしまった。その例外は、〈ゲンセ〉で物理的な運動が必要な、交通機関と兵器くらいのものだった。

 人類は、ついに自分たちを受け入れてくれる理想郷を見付けた……ように見えた。

 ところが、

 それとも、もちろん、と言うべきか。

 世の中というのは、うまい話だけで事がんだためしがない。

 無菌の理想郷と思われた〈ゾーン〉には、やつかいな怪物がっていたのだった。


〈ゾーン〉内の大エネルギー所在地のみに現れ、破壊と機能不全をもたらす、怪物。

 人はこの怪物に、前現代の大戦で同様の悪事を働いたとされる空想上のものの名を付けた。


〈グレムリン〉と。


    ◆


 環太平洋地域の西の縁、南北に長いとうしよ区画の主要都市にあるディビジョンじよ商会。

 その社長室に、A/Bは帰ってすぐしゆつとうした。

 依頼者の被害額が少なければ出頭はせずに済むが、そうなった試しはない。よって結局、これは二人にとってこうれい行事と化していた。

 その行事の開催場所である社長室。

 自身の居場所であるマホガニー製の大机に置かれた『社長』の立て札を、まるで彫像の題名であるかのように思わせる、完全無欠の社長の姿をした男がいる。定番の美人秘書まで、きちんとかたわらに立たせていた。