A/Bエクストリーム CASE-314[エンペラー]

1 追憶 recollection ④

 その男の、伸びのあるいい声が、机の前に突っ立つ二人組にかけられた。


「アンディ君、ボギー君」


 める調子ではない。どころか、選挙前の立候補者が街頭演説で見せるような、さんくさい明るさに満ち満ちている。


「なんでしょー、社長」

「はい」


 含めた『人類』社会に、諸権利と生活保障水準を引き換えにする『権利兌換制バーター・システム』(逆に、多くの権利は、相応の義務を伴う)という名の、が根付いて長い。

 世間に出ているほぼ全員が、自分なりのおもわくに沿って前進している。

 その望む居場所を得るため、人は能力と同等に、あるいは以上に、人格の確立……つまり、どれだけ人間ができているか、を求められている。

 こんな社会で生きる者の中には、妙な具合を見せる人間が、たまにいる。

 社員七名、超零細ながらはんじようしているディビジョン駆除商会。そのオーナーにして経営責任者……ひらたく言うところの社長、『ディビジョン』。

 この、スーツを上品に着こなす四十がらみのしんは、まさにその典型だった。


「キット君の報告書と軍港司令部からの事後通達に、せんこく目を通したのだが」

「見事なもんでしょ?」

「任務はかんすいしています」


 教育方法の超効率化によって高等専門知識を得ることが容易たやすくなったため、希望の職に就くことにも基本的に制限はない(年齢さえもだ)。しかし、得た知識を現実の問題にどう適用、応用してゆくか、という知恵ばかりは教育のようがないので、結局その職に向いた者や、経験則なれを持つ者が実績を上げ、人生を楽しんでゆくことになる。

 この、風格を漂わせる骨太なようぼうに、ゆうの笑みを絶やさない男は、まさにその典型だった。


「たしかに、見事に、完遂しているもぐ」


 もぐ、というのは、ディビジョンが伊勢エビのに食らい付いた音だ。その伊勢エビと同じ皿には付け合わせとして、なぜか分厚く切ったようかんが山積みに盛られている。二人は彼の昼飯時に呼び出されたのだ。

 ディビジョンはエビをうまそうに飲み込むと、ぎようよく口元をナフキンでぬぐった。

 さて、と再び切り出す。軽い口調で、遠回しに。


「参考までにきくが、重航宙母艦とうさい級の〈カーソン・リアクター〉自動管制区画が、いくらするか知っているかね?」

「伊勢エビとようかんは合わないんでは?」

「そのようかん、僕らに出されるときの倍は厚いです」


 沈黙。

 ディビジョンは、特にめげたりひるんだりする様子も見せず、続けた。


「君たち二人を、軍の札付き部隊や、とても名前を明かせないような非合法組織から引き抜いた私の判断は、間違っていないと思う」


 たまたま出た話題に、A/Bは横目で視線を合わせ、またはずした。あいぼうとはいえ、社に来るまでの互いの経歴は何も知らない。知ろうとも思わない。おのおの適当に返す。


「はいまったくそのとーりです」

「自分のあやまちをけんきよに受けとめる姿勢は、人として大事です」

「いや、私の判断は、神も運命も超える宇宙の絶対意志だ」


 また、沈黙。

 二人がいつこうに『そうですね』と言わないので、ディビジョンはさらに続けた。


「間違っていないとは思うが、今週の黒字は……どれくらいだね、エリー君?」


 ディビジョンの右後方に控える社長付き秘書(といっても秘書を付けているのは社長だけだが)、エリーこと『エレメント』は、たしかに美人の秘書だが、そうくくられる人種には珍しい、気さくでやさしいお姉さんである。ショートの金髪に大きな丸眼鏡メガネ、年は二十代なかばのはずだが、当人の申告はない。優しい微笑がチャームポイントだ。

 その微笑を社長に向けて、エリーは答える。


「はい。この一週間十八件の総計、諸経費差し引きで……今、社長がお飲みになられているぎよく分くらいです」

「番茶に切り替えようか」

「はい。[せみ屋]のバーゲン品がストックしてありますから、今日からでも」

「いや、せめて残り全部使ってからにしよう」

「はい。残りあと五杯分ほどです」

「昼食時だけに出してくれたまえ。そうすれば五日……」


 ボギーが、だらだらと続く間の抜けた会話をさえぎった。


「社長、茶飲みついででいいですから、話の続きを頼みます」

「ああ、そうだね……それで、だ。いかに黒字とはいえ、その程度では我が社は立ち行かない、ということだ」


 ディビジョンはみを取って、いとおしげに玉露に口をつける。


「ふ~っ。今の所は、とある方法で当座の経費をかせいでいるが、治安当局にも協力している手前、乱用はつつしまねばならない」

「……とある方法?」


 ボギーの質問は無視された。


「それでなくても、社の運営、機体の整備、私の快適性追求、弾薬の補給などの経費は、突然どこで跳ね上がるか分からない流動的なものだ。今回のようにぎりぎりの稼ぎばかりでは、非常にまずいのだよ」

「なんか、変な項目が混じってませんでしたか?」


 アンディの質問も無視された。


「そこでだ。たった今、少々ナイスな依頼があってね。受けるべきか迷ったのだが」


 ボギーがかんけつに言う。


「迷うほどならやめましょう」

「いや、迷いは提示されたほうしゆうの額の前に一瞬で吹き飛んだよ。ちり紙のごとく」


 アンディが、まゆをひそめて言う。


「ちり紙、って……おれたちの生命いのちの重さの例えですか?」

「二枚一組だ。いい例えだろう?」


 さらに沈黙。

 数秒の静止を経て、またまたディビジョンが口を開く。今度は分厚いようかんをゆうにフォークで刺しながら。


「ともかく、ぶつそうで危険な依頼だが、社の存続のためにもがんってくれたまえもぐ」


 ボギーはと知りつつもきいてみる。


「……物騒で危険? さっきはナイスとか言って……」

そらみみだろう」

『たった今、少々ナイスな依頼があってね』


 とアンディが何食わぬ顔で内蔵のレコーダーで再生したが、ディビジョンは、にっこり笑って、一言。


しよさいは追ってエリー君に届けるさせるよ」

『~ナイスな依頼ブツッ』



「その昔、『こたつこそ至高の安らぎ』という名言を吐いたネコがいたのだ」


 とアンディは言った。


「その偉大なるネコ氏に敬意を表して、おれもこたつを愛用するようになったのだよ、諸君」とまた言った。

 つまりは冬の地上社屋待機室にこたつを持ち込むためのわけなのだが、幸い社の連中は、世の真理を知るネコ氏に敬意を表することにおおいに協力的で、結果、待機室のど真ん中には、特大のこたつがけられている。待機室は二十じようきで、とこ台所トイレ付き、窓は障子張り。果てはかみだなまである純和室の造りなので、こたつはむしろ必需品のようにも見えた。

 今そのこたつは、壁掛けスクリーンを見入る社員たちによって埋められている。

 スクリーンには、この日最後の獲物……金属のがいこつを掲げたようなグレムリンの映像が、画面のタイムカウントといつしよに行きつ戻りつしている。


「これだ、とっつぁん……どっかから取り込んだんだと思うんだけど、どうだい」


 上下ジャージに水玉どてらという生活感あふれるかつこうのアンディが、せっせとミカンの皮をむきながらたずねた。画面のコントロールは自前の内蔵発信機で行なっている。

 画面が頭蓋骨のアップで止まった。画像が修正され、いんえいをはっきりさせてゆく。


「ほほう……しよつかん引き込み用のジャックがいてるな。外装用フレームじゃない。元は皮膚をかぶっていたはずじゃが」


 画面の対面トイメンという一番いい席にじんって、電子合成の声で答えたのは、こつこつな鉄の集合体。レトロムービーから抜け出た作り物ロボツト……のように見えるは、しかしれつきとしたである。

 コードネーム『フォートラン』、通称とっつぁん。今時珍しい機械そのものの体でいるのには、何か深い訳があるらしいのだが、この社における通例として、だれもそのことをせんさくしたりしない。ただ、この鋼鉄製の老人が神がかった腕前の技師で、社の機器整備担当重役を務めている(といっても、りようは助役のキット一人きり)、という事項だけを知っている。彼らにとっては、それで十分なのだ。