A/Bエクストリーム CASE-314[エンペラー]

1 追憶 recollection ⑤

 とっつぁんの頭部はまるごと、ふるくさい純二次元投影モニターである。その、いかにもながん親父おやじの画像が映し出されたモニターが回転した先、こたつの端でサングラスの男が、


「あわわっ、まだ三万メートルだろ、なんでヨレんだよ……!」


 などと目の前のポータブルテレビの競馬中継に向かって叫んでいる。


「ゴシップ、この映像で検索できるか?」

「ん?」


 サングラスの男・『ゴシップ』は、お軽い動作で振り向いた。

 情報端末も兼ねる幅広のサングラスがよく似合う、年齢しようの軽薄そうなほそおもてが、よれよれのワイシャツやゆるめたネクタイとあわせて、『できそこないのギャング』(アンディ評)的ふうぼうを形づくっている。

 社の経理・財務担当重役を務めているが、これも例によって、経理部・財務部とも構成員は彼一人だけ。つまり彼は社における事務がた全般を預かる身だった。しかし社の連中はもっぱら彼を、生きたデータバンクのように扱っている。


「ええと……人工がいね。そうだな、なにか手がかり程度のもんは?」

「ううむ、いて言えば、ラインの仕上げがG&Bあたりに似とるが」


 と、とっつぁんは職人として目をかせた。


「ふうん、じゃ、その周辺からあたってみるか……検索スタ~ト、っと」


 サングラス型情報端末が、ゴシップの融合視界クロスサイトに三連スロットの映像を結ぶ。


「こい、こい、こい……」


 ほんの数秒で、スリーセブンがそろった。


「おっ、さすがだねえ、とっつぁん。ビンゴだ。G&B社の〈アーリⅡ〉……欧軍機械化部隊ユーロ・マシンナリーの第四種兵装骨格だとさ」


 言うだけ言うと、ゴシップはさっさと競馬中継の観賞に戻る。


「……って、ふおおっ! 来てる来てる! 行けっ、アキラチョーラッキー!」


 その叫びは無視して、相変わらずミカンの皮を、筋までていねいにくアンディが言う。


欧軍ユーロね。どうりで見覚えがあると思った。向こうで研修やったとき、ざんがいを見たんだ」

欧軍ユーロの兵器が大洋軍パシフイカの重航宙母艦の〈ゾーン〉に、な」


 とっつぁんは、ごついじようのような鉄腕を頭部モニターの下にやって、考え込む。


「やっぱり、ほかで取り込んでからてんしてきた?」

「ふうむ、ちらほらとそういううわさを聞いてはいたが……実際に見るの初めてじゃな」

「それにしても、親方」


 と、それまでアンディの対面トイメンで、レンズらしき物をみがいていたキットが……彼女は尊敬する技師であるフォートランのことを親方と呼ぶ……口を開いた。どこかのユニホーム柄をしたジャージの上に、アンディとお揃い色違いのどてらを着ている。


「連中、だんだん取り込むものが高度化してきたと思いませんか?」

「たしかに。あんなにはっきりとした形でセンサー群を形成しているとはな。をすると、近い将来、丸ごと人型ってのが出てくるかもしれんぞ」

「おつむの方が兵器についてってねえから、どんな形でもこわかねえじゃんよ」


 軽く片付けようとするアンディに、キットは含みのある視線を向ける。


「どうかしら。センサー群や熱線兵器は取り込めたのに、脳組織……ニューロン・ドームは取り込めないってくつはないわ。そのうち、あんた程度のおつむしたグレムリンが出てくるかも……って、ああ、それならたしかに楽勝かな」


 くすりと笑ったキットに向けて、アンディは必殺技をひそかに放った。


「言ったな、この……!」

「? ……っあ、ちょ、止めきゃはははっ!」


 キットが突然とびはね、あばれ始めた。こたつの中でアンディがくすぐっているらしいが、逃れ出ることができない。


「ふはははは、見たか、我がアンドロイド流おう『片足で捕まえ片足でくすぐるの術』。人間にはできまい」

だれがするか」


 とっつぁんがモニターの中であきれ顔を作った。


「お、親っ方っひゃひゃっ、呆れてないで止めてっ!」

げんに他人を巻き込むな」

「そうそ、馬に蹴られて……ってちくしょうっ!」


 冷淡に返すとっつぁんに同調するように、ゴシップが跳ねた。馬券がばらまかれる。


「モーレツハヤミだと!? やっぱ1ワクあやしかったんだよくそったれ!!」


 アンディは勝ち誇ってさらに攻勢をかける。


「はっはっは、りつえんだな」

「ひ、ひ、し、死ぬ!!」


 と、その時、わきのふすまにられてあったふうりんが、ちりん、とすずしげな音を立てた。

 一瞬のを置いて、ふすまが音もなく開く。


「みんないる?」


 奥から、とっくりセーターに長めのキュロットという、くつろいだかつこうをしたエリーが入ってきた。

 このふすまの奥はエレベーターである。ディビジョンじよ商会の社屋は、〈ゾーン〉普及後の多くの建物がそうであるように、大部分を地型〈ゾーン〉内に収めている。


〈ゾーン〉は境界面ボーダーフエイスてつべんにして重力を生じるので、地上建築物はたいてい地型〈ゾーン〉、つまり使の発生方向を地面に向ける地下室的方式を取っている。そうすれば境界面ボーダーフエイス越えの際の重力制御がいらず、エレベーターで直結できるし、使をむやみに空中に出現させて昼夜の感覚をくるわされることもない。

 彼らがたむろしている地上社屋は、一階が〈ゾーン〉発生機関と〈チャリオット〉発進用ガレージ、二階が待機室という構造になっている。

 がいけんには看板ばかり大きいひんそうな二階建コンクリ建造物にしか見えないが、その直下の〈ゾーン〉内には高層ビル級の活用空間が広がっているのだ。彼らの社員寮(社長も含めてほかのある者はいない)もそこにある。社は最下層の社長室から地上待機室までを一本のエレベーターで結んでいるのだ。

 そのエレベーターから出てきたエリーが、丸眼鏡メガネに室内の様子を映して言う。


「なに? 楽しそうね」

「どこが? 最悪だぜ」


 ゴシップがうめいた。次の給料日まで、苦難の道が彼の目の前に延びている。

 ようやくおうから解放されてへたばるキットも、へにゃへにゃの声で続ける。


「~そ、そう、最悪~」

「エリー、さっき社長が言っていた依頼の件か?」


 とっつぁんは構わずきいた。


「ええ、たった今、その公式ようせいが星系開発公団から届いたわ。すぐ出動よ」

「うえ~!」


 アンディが悲鳴をあげた。


「なに? 依頼先、公団だったのか? 久しぶりのでかいヤマか!?」


 ゴシップは勢いよく身を起こした。踏ん張れば、特別ボーナスが出るかもしれない。

 エリーはうなずく。


「大仕事よ。不確定要素だらけで競争者も多いけど、その分ほうしゆうも大きいわ」


 エリーは全員に、依頼の要旨をまとめた紙を一枚ずつ配った。紙の端には黒い記憶素子が焼き付けられているので、アンディやとっつぁんは一瞬で情報を読み取ることができる。

 エリーは、紙が一枚余るのに気が付いた。


「ボギーは? 全員待機だったでしょう」


 キットが答える。


「ベランダでお休み中。今コールを……」


 アンディが首肯うなずくのを見て、続ける。


「かけたから、すぐ下りてくるわ」


 言う彼女の前で、記憶素子に親指を押しつけて情報を読み取っていたアンディが、ごろんところんだ。

 キットはそのぐさにふと、何かを感じた。


「どうしたの?」

「ん、いや」


 その時、アンディと同じように一瞬で要旨を読み取ったとっつぁんが、


「ほう! やっと再起動までこぎつけたか」


 と珍しく声をはずませた。

 ゴシップもとくの斜め読みで大まかな内容をあくしたらしく、口笛を吹いた。


「ヒュ~ッ♪ 改修、終わったんだな。たしかに、これにかれたら困るわな」


 キットもあわてて自分の紙に目を通す。


『依頼──グレムリンじよ(補足事項、来着後説明)』


 等、いつもの項目を流し読みしてゆく。


『状態──内部作業員および研究者との連絡ぜつ


 これも珍しいことではない。

 グレムリンは発電施設であるリアクターでエネルギーを吸収し、はらいつぱいになるとそれをばらまくために周囲を破壊しながらうろつく。その際にエネルギーの伝達やせいぎよ装置ががいされると、単純な通路の通行から境界面ボーダーフエイス越えの機器まで、あらゆる交通機構は動かなくなってしまう。