しかもグレムリンはエネルギーに反応して電波の位相を狂わせる強烈な波長……平たく言う妨害電波まで発生させるので、奥まった区画にとり残されてしまった場合、多くは通信機能にも障害を受けて、連絡不能に陥ってしまうのだ。
さて、とキットはさらに次の項目に目を移す。
『規模──14000立方キロメートル・対固定単極子六重循環型リアクター・コードネーム〈ヘクサゴン〉』
ぎょっとなった。
(て、展開〈ゾーン〉が14000立方キロ? 重航宙母艦でも1500がせいぜいなのに!)
そして、思い当たった。
(……〈ヘクサゴン〉……まさか!?)
たいして重要でもない記号として読み飛ばしていたトップ項目に目を向けた。
『船名──〈エンペラー〉調査開拓航宙船』
「うわぁ……」
思わず声になった。
「〈エンペラー〉? あの〈エンペラー〉! 凄い! あたしたちがその機能回復に一役買えるなんて!?」
その叫びと天井一枚挟んだ屋上で、ボギーは星天を見上げながら、ため息をつく。
◆
〈エンペラー〉。
無邪気な憧れに幾分かの恐怖を混ぜて、この名は呼ばれる。
四年前、星系開発公団は鼻高々に、この巨大な船を人々に披露した。アステロイド・ベルトでの資源採掘と地球への供給を行なう、初の大規模自航ステーションとして。
空間の穴蔵〈ゾーン〉にこもった人類が、久々に外に向けて放つエネルギーの姿だった。もっとも、建造の目的が穴蔵を埋める物を得ることだったのだから、単純に外向きと言い切ることもできないだろうが。
実質は資源採掘船だったこの船は、公には『調査開拓航宙船』との呼称が与えられた。
そして、お披露目の直後、とある事件が、この一種扇情的でさえある呼称をそのまま実行しようとする連中によって引き起こされたのだった。
[星追い]なる武装組織による航宙船ジャック……通称『星追い事件』である。
政治や思想の信条から作られた組織ではない。反政府勢力でもない。ただ、全く単純な夢を果たそうと結束した、有志の集団だった。
その夢とは、
「宇宙へ、無限の宇宙へ、どこまでもゆきたい」
という、純粋で、美しく、無謀で、子供っぽいものだった。
それも当然、というべきか。[星追い]の構成員は、みな十を数年超えたばかりの、夢見る少年少女たちだったのだから……いや、少女少年たち、というべきか。
[星追い]のリーダーは、少女だった。
少女の名は、『偉大なるズールー』。当時十三歳。公団で〈エンペラー〉開発の立案から運用総合計画、設計、建造までを管理主導した、超の付く天才児だった。
また、半ば公然の秘密となっているが、[星追い]の少女少年らは、公団に派遣された、連合政府の極秘特殊技能者機関の構成員だったという(星系開発公団は政府の外廓団体だ)。
実際、このわずか五、六十人程(正確な人数は秘匿されている)の特殊技能者の子らに、〈エンペラー〉建造実務が、ほぼ全て任されていたらしい。〈エンペラー〉はまさに彼女らの船だったわけである。
この子供たちの子供っぽい夢は、しかし精緻巧妙な計画と圧倒的な武力の行使によって実行に移された。連合政府はまんまと〈エンペラー〉を奪われ、危うく仇し子たちの旅立ちを見送る物分かりの悪い親の役を割り振られるところだった。
そう、危うく割り振られるところ、だった。
『星追い事件』は、計画と決行における手際の良さからすると意外なほどに呆気なく、その終幕を迎えた。
事件発生から二十時間後、衛星軌道を脱しつつあった〈エンペラー〉は、機関の不調から軍の部隊の追撃、突入を受け、ズールーはじめ[星追い]構成員、そのほぼ全員が射殺された。
子供の夢は、あまりにも儚く散った。
この、呆気なさ儚さから、悲劇的ともロマンチックともいわれた事件から四年。
修復を終えた船は、再び星天へと舞い上がろうとしていた。
……していたその矢先、またもハプニングに見舞われたのだった。
つくづく、不幸な船だった。
◆
星系開発公団ネウス研究開発本部。
世界有数の技術研究機関であり、また得られた技術によって艦船等の開発を行なう、環太平洋地域における公団の本拠地である。
その、ほんの一部とは思えない、四方見晴るかして地平線のみ、という広大な軍港区の上空。暗夜の風雨を突いて、砲弾のような〈チャリオット〉が飛んでいる。
目指す集合地、ネウス軍港区中央管制塔が、ようやく地平線上に光の線となって現れていた。
その手前にある物も。
「……でけえなあ、やっぱり」
操縦室の天井にある機関銃座から半身を乗り出させたアンディが、ため息とともに言った。
その身は、〈チャリオット〉の速度に倍化された風と雨とに叩かれている。片手に傘をさしているが、当然役には立っていない。インナースーツの上から着たフライトジャケットの上半身も、放り出した髪もびしょ濡れだった。
「やっぱり……? ふうん、アンディ、実物を見たことがあったんだ……」
機長席で言うキットは、保護面越しに補助情報として外部映像を得ている。時折、映像が吹き荒れる妨害電波の嵐に押されて乱れるが、抱く感想はアンディと同じだ。とにかく大きい。
「さすが機械でハタチのロートル、人生経験が豊富だ」
同じくフライトジャケットを着たボギーが、自分の指定席で融合視界内の外部映像を眺めつつ、からかった。
「誰がロートルだ! ニューロン・ドームは寿命の間は旧式なんかにゃならねえよ!」
「でかくて恐い眺めだなあ」
ボギーは怒鳴り返すアンディに取り合わず、簡潔に感想を述べた。
〈チャリオット〉の行く手には、まさにその通りの光景があった。
一面、暗雲を天にすえ、重い音を地平まで轟かせる夜の豪雨。
その分厚い水のカーテンを白色に染めて、中空に直径一キロメートルはあろうかという巨大な天使の輪が、不気味に浮かび輝いていた。その真下、輝きを鈍く受ける銀の船体が、特別滑走路に……そびえている。
全長十キロ余、全幅・全高一キロ弱という、質量と体積の化物。その後方に建つ、通常の尺度なら巨大とも威容とも表現できるネウス軍港中央管制塔も霞む、圧倒的な存在感。
〈エンペラー〉調査開拓航宙船。
矢のような美しい流線型。その優美な曲線の内に重力制御・推進機関をちりばめ溶かし込んでいる形態は、この船の設計者が少なくとも美的感覚には優れた人物であったということを十二分に示している。この、雨と光に包まれる人類が作った最大級の動く建造物は、恐怖を秘めた神々しさに満ちていた。
畏敬の念を隠さず、ボギーは真顔で言った。
「地表で見るものじゃないな……まるで、重力の籠に囚われた流れ星だ」
キットがくすりと笑った。
「詩人ねえ」
中に入ってきたアンディが、その肩を叩いた。ずぶ濡れの髪をかきあげ、気取って言う。
「ふっ、水もしたたるいい男……なんつって」
キットは無視した。指向光通信のスイッチを入れる。
《ネウス・コントロール、こちらディビジョン・エクスターミネーターC。バーチカル・ランディング・ポート整理空域に到達。着陸許可および進入経路指示を請う》
「……つれなさに 悲しみ混ざる 涙雨……」
「ブラボー」
アンディの悲嘆の一句を、ボギーが短く誉めた。
〈チャリオット〉をポートに着陸させた三人は、差し回しの兵員輸送車で管制塔ターミナルビルへと入った。
星系開発公団は社のお得意さんだ。艦船の〈ゾーン〉設置リアクターに取り付くグレムリンの駆除依頼は度々受けている。どこへ行けばいいのか、三人ともよく知っていた。大きなビルの中を迷うこともなく、ブリーフィングルームとして常用されている会議室の一つへと入る。