そこはかなり広い部屋で、正面の壁一面を使う大スクリーンと、その前に据え付けられた妙に豪華な演壇、それらと向かい合う形で無造作に並べられている椅子の列からなっている。記者会見などにも使われるので、よくテレビにも映っている部屋だ。
椅子は、まだ半分ほどしか埋まっていない。三人は適当な場所に腰を下ろした。
ボギーがさっそく椅子を逆向きにして、背もたれに体を預ける。
「共同十二社、総突入要員数四十七名か……多いな」
アンディの方は思い切り背をそらして、椅子の前足を浮かせている。
「ああ、リアクターの規模が規模なだけに、念を入れてるのかも知れねえが……詳しい状況説明は、こっちでやるってこともあるし……なんか臭うぜ」
「あれだけ大きいのなら、素直に治安軍の部隊を駆り出せばいいのにね。あたしたちがお金で使い捨てできるからかし、っわっ!?」
誰かに後から抱きすくめられて、キットは叫んだ。
「やあ、久しぶりぃ!!」
「んっ?」
「て、てめえ、ヴァンプ!」
「ああ、君たちもいたの」
驚くボギーとアンディに、それは首を回して、いかにもついでのように言った。腕はすでに離して、キットの頭をなでなでしている。
穴一つ空いたつば広帽子とぼろ布のようなマントに身を包んだクズ鉄の塊……のようなそれは、馴染みのサイボーグ『ヴァンプ』だった。所々に錆さえ浮いた棒のように細いフレームに、ぐるぐる巻きの補修テープ……何の冗談か、針金で結わえた装甲板まで見える。
「いたの、じゃねえ! いつもいつも不意打ちばかりしやがって、悪い癖だぜ」
指を突き付けるアンディにも、ボロのサイボーグは頓着なく答える。
「まま、そう熱くならないで」
アイカメラの一つ、ひび割れている方を点灯させた。ウインクのつもりらしい。
「キットちゃんがあんまり可愛いから、つい抱き締めちゃったんだな、これが」
ヴァンプは危なっかしく椅子を飛び越えると、彼らの、というかキットの隣に腰掛けた。その背に負う〈ネイル&ピック〉狙撃銃と腰の〈ハードヒット〉重拳銃(両方とも相当使い込まれている)が、重たげにがちゃりと鳴った。
ヴァンプはフリーのハンターだ。通常の駆除屋では見向きもしない格安の依頼や、表沙汰にしたくない裏の仕事を、個人で請け負って生活している。彼らの知る限り、依頼は着実にこなすし、腕も確かなのだが、なぜかその暮らしぶりは見てのとおり。体が資本というなら、この男(?)は見事なまでに貧乏だった。
自然生成脳所有者でありながら人型のボディでないのは、機械体なら多少壊れても目立たないし、放ってもおけるから……というのは本人の弁。まさか本当ではないだろうが、その姿を見ていると危うく信じそうになる。
「好意は嬉しいけど、痛いから今度からは声だけにしてね」
キットは、軽い抗議にとどめた。むやみに明るいこのボロサイボーグは、どうにも憎めない愛嬌のようなものを持っているのだ。
今もヴァンプは大げさに頭を抱えてみせる。
「全身全霊で喜びを表してるのに? そりゃないよ」
「鉄には鉄のやり方があるってことさ」
というアンディの茶々にも、
「ふ~む、ブリキの造花でも作るか」
と大真面目で答える。
「再会が楽しみ……あ、それより始まるみたいよ」
キットが指差す先、演壇にネウス本部の広報担当官が立った。いつのまにか、周囲の席もほとんど埋まっている。ざわめきは数瞬で去り、場を静寂に明け渡す。
「一人の欠員もなく参集していただけたことに感謝を、エクスターミネーターズ」
広報担当官は、いかにもな整った官僚顔を苦悩に歪めて説明を始める。
状況をデータの伝達で素早く渡さないのは、公団の記者会見慣れのせいだ。データだけ渡してはいさよなら、という『誠意を欠いた』やり方は、マスコミに受けが悪いのだ。
演壇後方にある大スクリーンに、〈エンペラー〉が映し出される。
「すでに概要はお伝えしたとおり。駆除対象は、当社所有する、アステロイド・ベルトでの半永久的な資源採掘および供給活動を目的として建造された航宙船〈エンペラー〉の動力発生機関たる対固定単極子六重循環型リアクター。コードネーム〈ヘクサゴン〉です」
広報担当官は、長ったらしい説明を澱みなく、一気に言い切った。さらに続ける。
「当航宙船は先日、衛星軌道上の無重力建艦ドックで修復を完了、重力圏内活動の慣熟航行も兼ねた物資補給のために当軍港に寄港しました。しかし、昨日2151より、〈ヘクサゴン〉内で最終調整を行なっていた作業員二十五名、および警務隊員六十名との連絡が途絶……グレムリンによる機能阻害を受けたものと思われます」
「運が良かったじゃねえの」
アンディが声をかけた。周囲の注視の中でも平然と続ける。
「就航した後、宇宙の彼方でやられるよりは、さ。今ならまだ助けに行けるぜ」
「そのとおり……ですね」
広報担当官の口調が、初めて鈍った。
連絡の途絶した者の中に、警務隊員六十名が含まれているのが問題なのだった。
この事態は、彼らのグレムリンへの対処の不手際、あるいは壊滅によって起こったのだろう。それはつまり、公団の警備態勢への見通しの甘さを露呈したことに他ならない。責任問題や外聞、損益などマイナスが大きすぎて、運がいいなどと喜んでいられないのだ。
複雑な表情のまま、広報担当官は本題に入る。
「……さて、本件の特異性に関しては、興味を持たれている方も多いことでしょう」
その場の全員に緊張が走る。
大スクリーンの映像が切り替わった。六芒星の平面図で、各所に記号や名称が散りばめられている。〈エンペラー〉に動力を注ぎ込む特大リアクター、〈ヘクサゴン〉のものだ。
「ご覧のように、〈ヘクサゴン〉に設けられた、総計六つの施設の中に、生物科学棟と機関保守管理棟というものがあります。生物が地球圏を長時間離れた場合の、〈ゾーン〉の身体的影響についての研究を行なう施設と、言うまでもなく、〈ヘクサゴン〉の保守と管理に当たる施設です」
全員、それが? という顔をする。
「問題は施設ではなく、それらの中にいる八十五名の内の二名、特定個人にあるのです」
スクリーンに、ふてぶてしそうな顔をした老人が映った。幾人かが、ははあ、なるほど、と声に出す。
「一人はハンス・クルップ博士。生物学、生命工学の世界的権威であり、連合名誉緑星賞を三度も受賞された当代の偉人です。当航宙船の生物科学棟主任として、昨日乗船されたばかりでした」
アンディもボギーも、こんなしなびた爺さんのことなど知らない。しかし、広報担当官の言いたいことはよく分かった。世界的偉人が公団の警備態勢の甘さから死んだとあっては、公団の世間的信用は失墜する。早急に救助に向かわねばならない。
(でも、それならなおさら治安軍に依頼すれば……)
と思う一同の視線の先に、また一つ、映像が出た。
「そして、もう一人」
社員証から抜き出したものらしい。正面を向いた、年の頃二十二、三ほどの若い女性の写真だった。理知的な輝きを放つ瞳が印象的な、かなりの美人だ。
会議室に口笛の大合唱が起こった。アンディももちろん混ざっている。
「機関保守管理棟主任、ユミナ・ヴァンダービルト技師長」
小さな広報担当官の声に、部屋は一斉に静まり返った。
「リオル・ヴァンダービルト星系開発公団会長、唯一の係累にして、ご息女です」
〈チャリオット〉ハンガー内で、キットは〈PSG[I]2 ブラックゴースト〉全制空戦用強化服の起動準備をしている。ディスプレイに表示されるコンディションは当然、オールグリーン。
「やっと納得いったわね」
「ん」
ボギーが例によって短く答えた。分離待機状態でハンガー内に吊るされている〈ブラックゴースト〉B号機の中心に体を据え、手足の先を入れる。