「治安軍の部隊なら、突入したらまず政府の事業……機関の安全確保とグレムリン駆除の方を優先させる。その次は世界的偉人であるクルップ博士の救助……」
その隣、同じ姿勢で〈ブラックゴースト〉A号機に体を入れるアンディが嬉しそうに言う。
「かわい子ちゃんの救出はその次か。その点、俺たちなら真っ先に……」
キットの険悪な視線を感じて、声が小さくなる。
ボギーは構わず続ける。この少年、分析や解説の時には饒舌になる。情感には乏しいが。
「ん。公団が提示した多額の報酬は、優先事項を入れ替えろ、っていう暗黙の指示だ。ご令嬢には元軍人の護衛官が四人も付いてるっていうし、その軍もおっつけ動くだろうけど、救助はなんといっても早さが『命』だ。初動は早ければ早いほどいい」
アンディがもっともらしく首肯く。
「そうそう、一番に駆け付けて感謝のキス」
「着装」
「をもらモガッ!」
キットの指示を受けて、〈ブラックゴースト〉が収縮、合体して二人を中に包み込む。
「チェック、どうぞ」
機械のような無情の声。
「……問題ありませんです、ハイ」
「問題なし」
「了解。武装選択、A号機、どうぞ」
アンディは、おそるおそる前回と同じ、〈ジャックポット〉大口径プラズマ火砲を主武装とした重突撃装備一式を選択する。
「腹装1、〈ジャックポット〉大口径プラズマ火砲」
「了解、どうぞ」
アンディが融合視界の中で希望の武器をマークすると、キットが全体の回路の調律を取りながら、その装備搭載の指示を機器に出す。指示に従って、両壁面の武器ラックから次々と剣吞な兵器が湧き出し、死神に力を与えてゆく。
「背装1、〈ケーキワーク〉短身砲ダブル」
「了解、どうぞ」
「背装2、〈ヘッドシュリンカー〉短針銃ダブル」
「了解、どうぞ」
「腰装1、〈ホットビーンズ〉散布爆雷ラック」
「了解、どうぞ……」
長々と続いたアンディの搭載作業もやがて終わり、ボギーの番が来る。
まず、最初に主武装たる腹装1からなのだが、
「…………」
ボギーは少し考えてから、アンディと違う装備を選んだ。
それを見て、キットは少し驚く。
「〈ブルーチップ〉?」
「問題が?」
「ううん、そりゃあ、付けろといわれれば付けるけど……」
〈ブルーチップ〉は、小型多弾倉のミサイルポッドだ。射出後に化学反応で爆発する弾なので山ほど抱えていても誘爆の心配がない、というのがウリだが、射程は短い。弾を食らう可能性がある至近距離での射ち合いにならない限り、あまり役に立たない代物だ。
しかもそのマウント位置は〈ジャックポット〉と同じなので、この頼りになる大砲を下ろさねばならない。もちろん、どんな兵器が有利かというのは状況にもよるが、それでも全体的な戦闘力の低下は否めない。今回はエクスターミネーターには異例の戦闘規模が予測されるというのに……。
それでもボギーは、キットの先手を取って言った。
「勘だよ」
キットもアンディも、特殊技能者だからというわけではないが、彼の勘を信用している。結局、答えは決まりきっていた。
「……了解。まあ、どんな装備でも当たり外れの博打には違いないもんね」
観念するキットに、アンディが付け加える。
「張るのは自分の命だしな」
ボギーも頷いた。
「ん」
言う間にも、小さな三角形で組んだ鎧のような〈ブルーチップ〉が、ボギーの〈ブラックゴースト〉B号機前面装甲にマウントされる。
数秒で機器の最終動作チェックを完了したキットが、親指を立てて告げる。
「ディビジョン・エクスターミネーターA/B、発進」
「どーぞ」
二人のハモり声とともに後部ハッチが開いて、アームが彼らを豪雨降りしきるバーチカル・ランディング・ポートに下ろした。
周囲でも同様の戦闘準備が行なわれていて、暗夜のポートは豪雨とライトの中、鋼鉄の人影と喧騒を不気味に揺らめかせている。
今回は、〈ゾーン〉内で輸送艇から発進するという通常の方式と違って、戦闘要員四十七名は全員、自力飛行で〈ゾーン〉へと突入する。これは、ネウス研究開発本部の警務隊長が、各社の駆除屋のサポート要員(ディビジョン駆除商会でのキットに当たる)、EXオペレーターらとともに小型の電子統制艦で救出作戦を指揮することになったためだ。
この、急遽決まったという余計なお世話(警務隊の失点を何とか取り返したいのさ、とボギーは意地悪く言った)に、気ままな者の多いエクスターミネーターたちは一様に顔をしかめたが、スポンサーの機嫌を損ねるわけにもいかない。素直に受け入れている。表面上は。
「お二人さん、相変わらずイカしてるねえ」
と、お軽い声が雨音に混じって飛んできた。
「ヴァンプ」
「おっ、リュウセイゴー! 久しぶりだな」
ボギーとアンディが振り向いた先に、ボロの馬型自律ガンビークル〈メタルリュウセイゴー〉を引いたボロの主人がいる。自力飛行能力を持たない彼は、この機動兵器を翼に天を駆ける。天馬というにはいささか……もとい、かなりみすぼらしいが。
主従ともずぶ濡れで、まるで落ち武者の亡霊のようなヴァンプは、対する二人の、重い輝きに満ちた〈ブラックゴースト〉を、しげしげと眺める。装甲をしたたる雨が、その姿をより恐ろしげなものに見せていた。
「いつも思うんだけど……君たち、その軍でも超がつく機密兵器、どうやって手に入れてんのさ?」
「社長に聞いてくれや。ま、どーせ」
「教えちゃくれないだろうけど」
A/Bはコントのように揃って肩をすくめてみせた。
と、その時、雨のポートにサイレンが鳴り響いた。
「電子統制艦が来たみたい。じゃ、あたしはあっちに行くわ」
キットが、〈チャリオット〉から傘をさしつつ下りてきた。
サイレンに導かれるように、小型の電子統制艦(といっても全長は〈チャリオット〉の軽く十倍はある)が、バーチカル・ランディング・ポートの空けられた中央部にゆっくりと降下してきていた。単純な面で構成された寸詰まりの飛行船のような形態をしている。艦橋要員だけで操艦可能な簡易運用型だ。
その様子を見やったキットは、
「それじゃ、幸運を」
と言い置いて、返事を待たずにさっさと行ってしまう。
ボギーは、ん、と簡単に返事し、ヴァンプは帽子を振った。
アンディは、少し寂しげに遠ざかる傘を見送る。
と、その視線の先で、キットが背中を向けたまま、保護面を下ろした。
《言い忘れてたけど》
距離も雨も関係ない声が、彼だけに届く。
《頑張ってね》
ぶっきらぼうな、回路を貫く過電流の如き一声。
警務隊長やEXオペレーターらを乗せた電子統制艦が、雨の中を滝登りさながらに浮上する。その艦体下部からは通信ケーブルがのびていた。境界面は通過する光を攪乱する上、〈ゾーン〉からは妨害電波が出ているので、どうしても有線がその通信手段となる。
「全機、離陸! 本艦に続け!」
ブリッジの中央、指揮官を気取って、警務隊長が号令した。
ゆっくりと浮かび上がってゆく不細工なひも付き風船のような電子統制艦を追って、四十七の機影が一斉に飛び上がってゆく。
その行く手には、光り輝く巨大な天使の輪が。
艦橋で、緊張した声が交わされる。
「境界面通過まで三十秒」
「重力制御開始、現状でホールドします」
「通信ケーブル出入力チェック……異常なし!」
その艦橋の端、他社のEXオペレーター同様、申し訳程度にあてがわれたコンソールの前でキットが目をつむり、両手の指を組んでいる。
他者にすがり祈っているわけではない。ただ、無事であるよう願う。
その、無事を願われている側。
巨大な境界面が近付いてくる。その光景に、ボギーはデジャヴュを覚えていた。
上るにつれ、想いも胸の奥から帰ってくる。
人影と光景が閃く。
懐かしい歌が聞こえる。
(……天使の輪 天帝の船 私たちを乗せ……)