レオ・アッティール伝I 首なし公の肖像

一章 レオ公子 ②

 ジャックとウォルターは将軍の息子むすこだ。他国からとつぜんやってきた『貴人』に、最初のうちこそ兄弟はどう接すればよいものやらとうわくしていた。どのような年代、きようぐうにあっても、男というのは見知らぬ相手に対してけいかいいだいて、けんせいをしあい、取るべき態度を測るものである。そしてとしが若いほどにその期間は短い。二人の兄弟もほどなくして態度を決めた。


(公子さまといったって、要は、弱い国が強いアリオンに差し出した人質だ)


 そんな風にレオをかろんじる空気が形成されたのである。

 レオ・アッティールは十一歳だった。小さな弟として可愛かわいがるには歳がいっていたし、友人にするには幼すぎた。なにより、態度が可愛くない。常にぶつちようづらで、一人、もの思いにしずんでいた。

 クロードにはもう一人子供があって、末っ子に当たるのがフロリーだ。こちらには男同士の警戒や牽制もない。じやに、


「もうひとりお兄さまができた」


 と喜んだ。

 広間での夕食の際など、母の制止も無視して、なるだけレオの近くにを引きずっていっては、アトール公国の話などをせがんだ。

 それを、レオは無視まではしないものの、ほとんどそう取られてもおかしくない態度を取る。

 なにを聞かれても、


「さあ、どうだったろう、ぼくにはわからない」

「忘れてしまった、今度思い出しておくよ」


 つれない返事しかしない。フロリーの大きな目が悲しみに沈むと、二人の兄弟はいまにも席を立ってレオにびかからんばかりのぎようそうを見せた。


「そこまでにしなさい、フロリー。公子はまだいらっしゃったばかりでアリオンの空気にも慣れておられないのよ」


 フロリーたちの母、すなわちクロードの妻エレンが、こういう場においては兄弟たちの制止役をつとめたが、彼女のいない、勉強や武芸たんれんの場となると、レオは格好の標的にされた。クロードは、東の国境付近にあるコンスコン寺院からそうを一人招いて息子たちの教育係につけていたが、このそうりよの質問にレオが答えられずにいると、


「アトールのばんじんはろくにものを知らない」


 とあからさまにさげすんだし、けんや組み手の鍛錬となると、もうこれは教官役が身体からだを張って止めねばなまきずどころか、毎回骨の一本でも折れていたろうというくらいに激しく当たってくる。

 大体レオは、アリオンでの学問にも、武芸のけいにも、最初から身が入っていなかった。自分はただ命を長らえていればいい。人質は存在そのものにのみ価値があるのであり、そしていま現在のレオには人質としての価値しかない──。


(そんな自分が)


 いま、はるばるアリオンをはなれて故国の土をみしめたところで、いったいだれが喜んでむかえ入れてくれるだろう。戦争で傷ついた兵士や、領民たち、家族である公王家ですら、誰一人かんげいはしてくれまい。特に、母親などはあのやさしげなようぼうを一変させて、まるで敵でも見るような目で彼を見つめ、ふっくらしたくちびるから矢のようにするどだんがいくのではないか。


いやです」


 あのときと同じように。


「まだ八つの子にそのような。この子はことさら身体からだも弱い。アリオンに出すなら、レオにすればよいではありませんか」


 レオはそべりながらも唇のはしを強くんでいた。

 暗がりが深くなるにつれて、背中に当たっていた地面が冷えかたまってきている。自分の体温がじわじわと土にみ込んでいくかのようだった。


(このまましずめば──)




 死ぬだろう。

 身体からだのあたたかみがいよいよ土のなかに消えるのが先か、ものとぼしくなった山をうろつくけものに生肉のにおいをぎつけられて、頭からくだかれるのが先か。

 そう考えたしゆんかん、レオはこの身が早くも粉々になって、初冬の風にさらわれるまま、いま見あげている空すみずみにまで放射されていくかのような、そんなかい心地ここちよさを覚えた。

 どうせもどる場所もなく、だれにも必要とされないそんな命なら、いっそそうなってしまえ。まだ見ぬ将軍も、その将軍の子たちもさぞあわてふためくだろう。レオがいかに取るに足らぬ存在であろうとも、一応は他国から預かった客人の身である。せっかくなりあがったという将軍もお気の毒さまだ。責任を取らされ、土地や城をうばわれるのではないか。レオはほほんだ。もともと目鼻立ちがせんさいなつくりをしているだけに、無欲な笑みを浮かべた様は童女のようにも見える。


(アトールでは)


 どうなるだろう、と想像しかけたとき、レオはせっかくの幸せなもうそうていのひびきに打ち砕かれるのを感じた。

 ウォルターたちが戻ってきたのかと思ったが、カチャカチャと金具の鳴る音がする。こしけんけいかつちゆうも身につけているだろう、とレオはそちらを見もせずに想像した。おそらくクロード将軍に仕えている兵だ。レオが長いこと戻らぬとあってそうさくに来たのだ。馬が軽く鼻息をらして立ち止まった。レオの目がはじめてそちらへと吸い寄せられる。

 しゆんかん、ぎょっとなった。馬上にあってレオをへいげいしているのは見慣れない男だった。軽甲冑に剣というちは想像したとおり。身体つきはがっしりとしていて大きい。けして浅黒く、まるで風雨にさらされたなめしがわのような印象がある。長いこと剃刀かみそりを顔に当てていないのかひげだらけで、目はぎょろりとして大きかった。


       2


 兵というより、これはさんぞくだ。

 まさか、と一瞬レオは思った。この辺りはアリオンに切り取られたばかりの領地とはいえ、だからこそクロード将軍は一帯をもらい受けた直後、へいていのためにいそがしくけずりまわったという。山深い土地であるゆえ、山賊、とうたぐいがまぎれ込むことも多かったが、クロードは彼らにいやというほど剣となまりだまかんしよくを味わわせた。そんな武勇伝の数多くはほかならぬアングラット家で耳にしたものだ。

 そのアングラット家のおひざもとともいえるこの地で山賊に出会うはずは──、と心身がしびれたようなおもちで馬上の男をながめていると、


「口がけぬか、ぞうけに男はいい放った。「こちらは人をさがしておる。レオ・アッティールという高貴なお方だ。いますぐアングラットのやかたへ連れもどす重要な任を帯びているのだが、ぞう、心当たりはないか」

「ぼ、ぼく。ぼくが、レオ・アッティールです」


 レオはこたえていた。ここで素知らぬ顔をすることもできたのに、男から放たれる野生じみたはくまれたかのようだった。すると、


「おお、左様であったか。これは無礼を働いた。おれが来たからにはもう安心だ。こちらへ」


 馬から飛び降りながら男はそうごうくずした。さんぞくまがいのようぼうが一転し、実にひとなつこいがおになる。られるようにしてレオは立ちあがり、彼の助けを得てくらへといあがった。

 男自身もふたたびあぶみに足をかける。レオは彼のこしにしがみつく格好となった。


「ではいくぞ」


 見かけからはとてもそうは思えないが、やはり彼はアングラット家のかかえる兵なのだろう。辺りの地形も知りつくしていると見えて、迷いのないづなさばきで馬を進めていく。

 しばし無言。川のせせらぎが聞こえてきたころになって、


「しかしきもわっておられるな」男はまたけに口をいた。「この時期、この山にて、子供一人で夜を明かそうとは、土地の者でも信じられぬこうだ」

「そうしたくて、したのじゃありません」

「ほう。その割に、おれが見つけたときもあせっておられる様子はなかった」

「下手に歩きまわるより、じっとその場にとどまっていたほうが、助けに来てくれる人たちを迷わせずに済むと思ったのです」