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クロード・アングラットが近隣の人々から慕われているのは、山の一件を見てもあきらかであった。アリオンが手中にしたばかりの領地だというのに、意外にも思われるが、もともと山深く、複数の国境が入り組んでいたこの地には、無法者どもが群れをなしてやってくることが多く、村々が荒らされることもしばしばだった。領地を与えられたばかりの時期、クロードは自ら率先して馬を走らせ、兵を指揮して、無法者の根城一つ一つを叩き潰した。さらには、村々に連絡用の早馬と兵を置いて、事あらば、城からすぐさま援軍を派遣できるよう、道も整備させた。この土木作業には領民を数多く用いて、彼らにわずかばかりではあるが給金も出したので、農閑期の民に──家畜や放牧地を持たない寒村の民には特に──喜ばれた。
レオはよく、ウォルター、ジャックの兄弟から、
「おれも父上とともに馬を駆って、山賊どもをばったばったと槍で突き伏せたんだ」
という意味のほら話も含めて、父親のことを自慢された。
その、クロード・アングラットに夜の山中で拾われてから。
レオ・アッティールの様子も次第に変わってきた。
まず、学問に打ち込んだ。もともとアトールにいたときから学ぶことは嫌いではなかった。彼には二つ歳上の、実の兄ブラントンがいる。その兄ブラントンも学問好きで有名で、レオにはいい目標になった。兄が十歳で読破したという書物に七歳で取りかかり、兄が十三のときに独自解釈を発表して話題を呼んだ古い文献を何度も読み込んで、十歳のときに兄とはまた異なる解釈をもって論文を書いた。誰にも見せることのない、つまり誰からも評価されない、ただの自己満足に過ぎなかったが、もともと彼には学問に対する並々ならぬ熱情があったのだ。
それを取り戻した。彼は授業中誰よりも積極的に発言して、誰よりも的確な答えを口にし、そして僧から出された課題ことごとくに、他の者が思いつかぬ視点から論文を書いた。
教育係の僧はいたく感激して、
「いまからでもアリオンの大学機関に推薦できる」
とお世辞を口にするほどだった。
面白くないのはウォルターとジャックだ。山での一件があって以来、しばらくは大人しくしていた兄弟だったが、レオが目立ってくると、その芽を潰そうとふたたび反抗心を燃え立たせた。ただし近頃は父のクロードも領地に留まっていることが多かったので、あまりおおっぴらにレオをいじめることはできない。
そうなると、彼らが唯一力を振るえるのは、武芸の鍛錬のときだ。兄弟は以前よりもなお激しくレオに当たった。学問はともかく、腕力や体格の面となると、少しやる気が出たくらいでその差を覆せるものではない。
さらにいえば、レオはアトールにいたときより武芸全般を苦手としてきた。身体の線が細く、筋力も弱い。こればかりは、兄どころか、同年代の少年たち相手にだって太刀打ちできなかったくらいなので、自分でも、
(向いていない)
と齢十一にして思い知っている。
自然、ウォルターとジャックもやたらと組み手の相手にレオを指名したがった。
アリオンにはカバットという独自の格闘競技がある。円形の競技場で、双方とも上半身裸で組みあう。相手を円の外へ押し出すか、相手の背中を地面に押しつければ勝ちとなる。首の下ならば、金的以外への突きや蹴りも認められていた。アリオンでは大規模な大会が催されることもある人気競技であり、組み手の鍛錬にもよく用いられていた。
力自慢のウォルターはやすやすとレオを投げ飛ばした。兄に比べるといささか非力な印象のジャックも、教官の見えないところでこっそり肩や肘をレオの顔にぶつけてくる。
ところが。
レオは武芸にも本気になった。勝てないからといって、最初からあきらめはしなかった。投げ捨てられても、鼻や口から出血しても、土を蹴りざまに何度も立ち向かった。
勢いは時に勝機を生む。少なくとも、端からあきらめているときよりはレオも勝ち星を拾えるようになった。せいぜいが十本挑んで一本勝てるていどだったが、これがつづくと、アングラット家の兄弟もやすやすとレオを指名できなくなった。いままで簡単にあしらい、散々に小馬鹿にしてきた手前、万が一にでも負けるのが恥ずかしくなったからだ。人前で敗北を喫するのが恐ろしくもなって、ついには、
「レオとはやりたくない」
「あいつのカバットは乱暴なんだ」
などと不機嫌な顔でこぼすようになった。
──このように、文武ともに励みつづけたレオ・アッティールだったが、だからといってそれは、アトール公国公子としての自覚が芽生えただの、アリオンの文武を吸収していつかは一矢報いてやろうという気概のあらわれだの、といったことではない。
事実はむしろまったくの逆だ。あの夜、
「アッティールの姓を心に預けてみろ」
クロードからそう投げかけられた言葉は、レオにとっては衝撃的だった。
それは、自分がアッティール以外の人生を歩む可能性とてある、ということをも意味している。アッティールでなくなるとは、つまり、一人、夜の山中に放り込まれたとき、大勢の掲げる火でもって迎えられ、毛布でくるんでもらえる存在ではなくなるということだ。火も毛布も、自力で手に入れるしかない。
いまの自分には到底不可能だとレオは痛感している。すなわち、
(姓を失ったとき、ぼくは死ぬ)
とてつもなく恐ろしい考えであるのと同時に、レオにとって、とてつもなく心地のよい考えでもあった。命を野っぱらに捨て去る覚悟さえ決めれば、いつでも広々とした地平に身を躍らせることもできるのだと、そう思いいたったとき、レオ・アッティールは涙ぐみたいほどの気持ちになった。山中ではじめて「死」を自覚したときと同等だ。
だから、レオは、日々の修練に励んだ。夢中にさえなった。アッティール以外の人生を思うとき、彼は夢の世界に遊ぶ心地になっていた。学問に励んでいるときは、多数の書物と学友に囲まれている未来の自分を想像し、武芸に励んでいるときは、ただ一本の槍をかい込んで戦地に立つ一兵卒の自分を想像した。
が──、必ずといっていいほど、その瞬間、幸せな想像を阻害する感情が、胸のなか、特定の場所にあらわれた。黒いよどみにも似たその感情は、レオがアトール公国を発つ寸前のとある記憶と直結していた。ようやく四肢に巡りかけた血の熱さが、一気に凝結するほどの寒々しさを感じた。レオは、意識してその感情を心身の外へと追いやった。これはこれで、身体を鍛えあげたり、小さな文字の羅列を目で追ったりする以上の苦労と努力が──すなわち、それ専用の鍛錬が──必要となった。
どのような種類のものであれ、日々の鍛錬がまったくの効果をあげぬということはない。
レオは次第次第に、そのよどみを追いやる術にも長けていった。より、文武の修練に励むことができるようになった。ただし、そのよどみは完全に消えることもなかった。意識をして、つまりは無理をしてレオから切り離されたその感情は、月日を追うごとにいつしか目鼻立ちや独自の手足をもそなえて、もう一人のレオ・アッティールの姿を形成すると、遠くから感情のない瞳でじっと自分を見つめているような気がした。
(わかっているだろう)
そいつは、音をともなわない声で囁きつづけていた。
(わかっている、わかっているとも、レオ・アッティール。おまえにはわかっている──)