レオ・アッティール伝I 首なし公の肖像

一章 レオ公子 ⑥

 どう王朝の遺産である魔素エーテルふんしゆつし、と反発作用を起こすことで浮力を得ている船で、その通り名どおりに空を舞う。古来、一人乗り用の小型飛空ていなどは、伝令用や物見用に戦場で広く用いられてきたが、いま空にあらわれた船は、り返ったさきからエンジンを有するさいこうまでの全長が二十メートル以上。



 くうせんに関する技術はここ数年で格段にやくげたといわれ、こうして十数名ほどの人間を乗せて空を航行することのできる船が大陸各国で建造されている。

 アトールの公子であるレオも大型船をたりにするのははじめてのことであり、ましてや田舎いなかと呼んでも差しつかえのないこの地方の人間などは、飛空船そのものを目にするのもはじめてであろう。ねんれいを問わずして人々は大きなかつさいを送ってこの船をむかえた。

 アリオンが領地にして日も浅いこの地区には飛空船専用の発着場がない。そこでクロードは都から飛空船来訪の知らせを受けたとき、このバーレー川の湖を利用することをしんした。

 船は、見物客がれるような速度で降下。それでも派手に水しぶきをあげつつ、着水に成功した。

 かんせいが降り注ぐなか、船の内部から小型の飛空ていがあらわれた。人が立って操作するたぐいのもので、外装もほとんどなく、座席に直接エンジンがついているような質素さだ。ただし貴人が短いきよを移動するためのものであるから、これも人々にとってはちんなものである。

 こうして飛空艇でさんばしに降り立ったのが、今回、クロードがむかえた客人らしかった。

 遠目にも若い。まだ三十にはなっていないだろう。しかし自ら出迎えたクロードは丁重な態度で接している。

 聞けば、都のほど近くにわずかな領地を持ち、兵を指揮する将軍の地位も同時に得ている人物らしい。名は、ヘイデン・スウィフト。今回、関係の悪化しつつあるコンスコン寺院との調停役に選ばれた貴族なのだという。そのため、いったんこのクロードの城にとうりゆうすることとなった。

 レオは目を細めてこの人物をよりよく観察しようとしたが、


「わたし、あの方の前で歌をごろうしなければならないんです」


 フロリーがいった。今夜開かれるかんげいの席において、父親にどうしても「歌ってほしい」とたのまれたらしかった。


「それはいい」


 レオはがおでうなずいた。が、フロリーはまたもふくれっつらになる。


「いいことなんか、これっぽっちもありはしませんわ」

「どうして。フロリーの歌は聞く人を幸せにしてくれる。ヘイデンさまもきっとお喜びになられるだろう」

「レオ兄さままでそんなこといって、フロリーに意地悪するのだから」フロリーはうらめしげにレオをにらんだ。「あの方は王家に遠からぬ血筋と聞きました。王宮には専属の楽団や歌手の方がいっぱいいらっしゃるのよ。いまの国王さまはことのほか音楽がお好きで、アリオン本国はもちろん、うわさを聞けば外国からも招き寄せられるのだとか。そんな名だたる方々の歌声と比べられるフロリーをあわれんでくださいませ。きっと、なんて貧相でちっぽけな歌声だろうと失笑されるに決まっています」


 見た目ばかりはむすめらしくなったフロリーだが、すねる姿は子供のころと変わらない。


「フロリーはフロリーらしく堂々と歌いあげればいい。変なところに気をまわしすぎると、しゆくして、実力の半分も発揮できなくなるよ」


 レオはなだめすかした。

 その夜。

 ヘイデン・スウィフトかんげいうたげには、クロード将軍やその息子むすこたちとともに、レオも同席した。ちなみに、ヘイデン自身は供の者を一人も宴には連れてこなかった。

 近くでの当たりにするヘイデン・スウィフトは、まるで老人のようだった。

 見た目の話ではない。むしろ姿かたちはさぞアリオンのきゆうてい女たちをさわがしているだろうというほど、いかにも貴公子然としている。

 ただ、そのふんが暗かった。口数は少なく、クロードがあれこれと話をしても、いっこうに興が乗ったりを見せない。無表情、無感動のきわみで、これが実際の若さにも似ず、なにやら老成したような雰囲気をかもしている。

 それが、みようにレオの関心をそそった。反感なのか、あるいはまったく逆に好意なのか、自分でもわからない。クロードの息子二人はというと、ヘイデンの態度がなりあがりの父親を見くだしているように感じたのだろう、最初から反感をいだいたようだったが、相手が相手なのでさすがになにもいえず、むっつりと食事をつづけている。

 そしていつぱい、二杯と酒が進むうち、ヘイデンの目もとにあかのようにこびりついていた暗さがより増してきた。悪いことに、彼はその段になってレオの存在に関心を抱いた。


「アトールの公子どの。ここアリオンにいらして、どれほどにおなりか」


 注目されたことにどきりとなりながら、レオはせきばらいを一つして答えた。


「六年と少しになります」

「六年。──長いな」ヘイデンはしばがかった様子で、レオの過ごした六年を味わうみたいにいったん目を閉じたのち、「わたしではとてもえられぬ。さぞおつらかったであろう」

「いえ。アングラット家の方々によくしていただいておりますので、つらいとまでは……」

「いやしくも公王家に生まれついた方が、故国や家族から力ずくで切りはなされ、りよしゆうまがいのあつかいを受けようとは。わたしでは耐えられぬ。いや、わたしではない、わたしの身体からだに脈々と流れる歴史の大河、その血筋が決してこのようなじよくを許しはしないだろう」

「恥辱。恥辱などと、わたしは」

「なぜにせなんだ?」


 とつぜんりつけられ、それこそつかの死をむかえたかのように、レオは息一つできなくなった。ややあってから、


「どういう……、どういう意味でおおせです」

「アトールとシャザーンは申しあわせてアリオンの領内に火をかけようとした。それがたとえあと先考えぬ、物事を見る目のないばんじんこうであると後世から処断されようとも、行動を起こしたからには、アトールとシャザーンにはそれなりに考えも意気込みもあったのであろう。当然、かくもだ」

「スウィフトどの」


 クロードがあいだに割って入ろうとするのだが、はなからヘイデンは他人の声など耳に入っていない様子だ。

 レオを注視しつづけている。その視線は、まるで、どろどろとうずを巻く黒雲の向こうから白くまたたいなびかりのようだった。


「敵の首をねるか、おのが首を刎ねられるか。──その覚悟がなければ貴人はけんを手にしてはならぬのだよ。それが、旗色が悪くなると見るや、アトールはあっさりぼくの使者をよこしてきた。そのおこないにも、言葉にも、いや気息一つにいたるまで、重みというものがまったくない。そうさな、はした金で足を開く商売女も同然の軽さだ」


 レオが激しい勢いで席を立った。

 この少年にはめずらしく、顔がふんの感情に張りけそうだ。クロードの息子むすこ二人が、レオの顔を見てそろって息をんだほどだった。

 クロードも席を立ちかけた。いかに王族に近しい人間とはいえ、さすがにいまの言葉は度をしている。一方、ヘイデン・スウィフトは少年のいかりをにするかのごとく、彼の顔を見えながらしゆはいかたむけた。


「なにをおこることがある? これまでの六年、貴公はりよしゆうはずかしめにえてこられたのだろう。いま、わたしが口にしたことなど、周囲の人間すべてが無言のうちに胸にいだいていた言葉そのものだ。それに気づいていなかったともいわせぬ」

「取り消していただく」


 レオは、自分が発する声が、身体からだを通してではなく、まるで頭のてっぺんから鳴りひびくように聞こえた。それに対し、


「断る」


 とせせら笑ったヘイデンの顔は、血の色に染まったレオとはまったく対照的に、血の気が引いて青ざめている。

 レオがヘイデンのもとへ足を運ぼうとした。なにをするつもりでいるのか、自分でも定かではない。というよりも、このしゆんかん、レオは自身のれくるう感情の正体さえもはっきりとはつかめていなかった。