烙印の紋章たそがれの星に竜は吠える

一章 鉄と血 ⑤

 したがって彼ら剣闘士は、おのおの、腕をみがくのと同じくらいに努力して、これも生き残るため、な個性をアピールしようともする。派手なよろいかぶとで身を飾る者、勝利した直後に敗者のしんぞうを口で引きずり出すパフォーマンスをやってのける者、不思議な形の刺青いれずみを入れる者──。シークなどになると、「自分は古代おうちよう王族のまつえいである」などというおおを切っている。


「今度、おれとやろうぜ、オルバ。手前てめえに本当の戦い方ってのを教えてやるよ」

きようねえ」

「ははん、おれが怖いのか」

「ああ、怖い。怖いな。だから失せやがれ」

「手前」


 相変わらずねこめしをかっ喰らうオルバを、ギリアムは背中からいてやろうとした。「よせ!」とゴーウェンが制する。騒ぎとなると、剣闘会しよぞくの兵士がすぐさま駆け込んでくるので、ギリアムは顔を赤くしながらもひとまずは引き下がった。


「そういえば、みようしんがおどもがあらわれたな」


 しばらくってから、ゴーウェンがふと思い出したように言った。オルバも見かけた、あのタルカスの後ろにいたれんちゆうのことを言っているらしい。


「妙って? かみの毛の間につのが、ズボンの後ろに尻尾しつぽのふくらみがあったとか?」


 けんのカインがまぜっかえす。一年前からしゆうようじよへやってきた少年で、としかつこうはオルバとよく似ている。わんりよくも剣の腕もからっきしだが、手先がようで、特にけんじゆうやライフルの扱いにけていた。


りゆうじんぞくの生き残りがいたなんて、そんなロマンチックな話じゃない」

「竜人だろうと、ゲブリンだろうと、いまさらどんなやつがあらわれたって、いまさら驚くようなことじゃないだろ。ここは剣奴しようかいだぜ、あらゆる人種の見本いちだ」

「もっと単純な話さ。ただ、どいつもこいつも剣の腕がからっきしの、ろくに使えない連中ばっかりだということだ」

「なあんだ」


 カインがつまらなさそうに背伸びしたが、


「その、ろくでもない連中を、タルカスが嫌な顔ひとつしないで買い取ったのが何よりせないんだよ。妙にじようげんでいやがったしな」

「ほう」

「確かに。きんのきらめきで常に目がくらんでいたいタルカスのおおだんにしては、何より妙な話ですねえ」

「上機嫌? あれでかよ」


 昼間のタルカスのようを思い出してオルバは言ったが、


「つき合いはおまえより長いさ。タルカスがあれだけ上機嫌なときはな、決まって大金を手にできるチャンスをものにしたときだけだ」

「また、ぞくどもが見に来るんだろう。てんらん試合ができるとか、その程度だろうさ。その新顔たちも、おおかた貴族に頼まれて買わされた口だ。メフィウスていちように逆らった政治はんって可能性もある。人前で、竜にむごたらしく喰わせてやってくれという依頼なんじゃないのか」

「顔色が読めんから、おまえが言うと妙なはくりよくがある」

「それより、新しい本はどうした? 頼んでから三ヶ月にはなるぜ」


 話のきようを失って、オルバは別のことをいた。他の連中はそれぞれ別の話題で盛り上がっている。明日になれば、同じ商会のけんとう同士でも戦わされる可能性のある者たちだ。そんな彼らと必要以上に親交を深めようなどという考えは、オルバの頭にははなからなかった。


「ああ、仕入れてきたさ。明日には届く。……しかし、いまさら改まって言うことじゃないが、おまえも変わってるな。ここの連中なんざ、たとえ文字の読み書きができたとしても、一生に果たして一〇〇字以上読むかどうかあやしいもんだ」


 ゴーウェンはとりかわをむしりながら、じろりとオルバを見やった。


「時々、おれでもしようにそのめんぎ取ってやりたいしようどうに駆られることがある。その下にはどんながおがあるのか。若い、どうなだけのぞうかと思うときもあれば、いくさをいくつも乗り越えてきたようなれいてつさをうかがわせるときもある。昨日のこともそうだ。ソゾスにおくしもせず、また、的確な行動をした」

められているのかどうか」

「褒めているさ。おまえ、剣を取って自分で戦うより、よっぽど冷静に状況を見ていたな。実際、指導者きかもしれんが、かと思えば、歴史や人物に関しての本が好きで、ひと晩中みふけるような、そしてその知識をみにする、青びょうたんしつのところもある」


 はじめて会ったときから、つまりタルカス商会に買われたときからオルバは顔を仮面でおおっていた。以来、一度たりとて脱いだことがない。当然、皆、その理由を知りたがる。素顔を見たがる。じようあやしんでくる。

 最初の頃、ゴーウェンを悩ませたのは、そうしたこうしんさいしんに対し、オルバがこぶしで応えていたことだ。半年も過ぎる頃には「ほう使いにのろいをかけられた」というその場しのぎの言い訳を考えつき、やがて一年後には誰もからかいの目的でそんなことをく人間はいなくなった。まれに、しんがおたずねてくることもありはしたものの、いまのオルバには無視することもできた。


「本を読んでいて得することがあるか? 少なくとも、おれの生まれ育った場所では、どれだけの書物を所有していてもそんけいを勝ち取ることなどなかったがね」

えんじんかゲブリンの出身みたいな言い方だ」

「言葉を選べよ、オルバ。おれがおまえに特別やさしいように周りから思われるぞ。それでも構わないなら、おれも態度の選びようがある」


 じようだんの通じない男のように振る舞うのは、ゴーウェンの愛すべきくせだ。オルバはしのび笑いをらしたが、しわぶかけん養成係は不意にがおになった。


「剣奴ってのは、普通、その日一日を生き抜くだけで精いっぱいだ。中には、しやに出たところで、どうせまた罪を犯さなければ生きていけないからと、けんれいの身分に一生あまんじようとしている人間もいるくらいだ──もっとも、そいつの『一生』とやらはごく短いだろうがね──が、おまえは違う。おまえだけは殺し合いにおぼれもせず、未来をえている。この先というものを考えている。なあ、おれはそんな男にどう言うべきだろう。未来など捨てろと言うべきか。そんなものをしよう大事に持っていてもつらいだけだと。それとも望みをこそ大事に持てと言うべきか? それは生き抜く力になるからだと」

「こっそり酒でも引っかけたか、じいさん。じようぜつだな」

な話さ」


 ゴーウェンはがんに首を振った。やっぱりっている、とオルバは断じた。普段なら、「じいさん」などと呼ばれて黙っているゴーウェンではない。


「おまえが戦っているのは誰だ? 他のけんか、自分自身か、それとも別の、何か目的があるのか?」

「知らねえよ」


 少年のように言い捨てて、オルバはそっぽを向いた。それこそ子供のようにどうようしている心の内をかされたくなかった。

 食事を終えると、オルバはさっさと食堂を出た。しゆうようじよにおいて、剣奴たちが自由に行き来できる場所など、食堂と寝室くらいしかない。寝室とはいっても、ちくにあてがわれたきゆうしやと大差ない場所だ。そのすみっこで横になりながら、オルバは自分の手をながめていた。

 あれから二年だ。今日はやたらとそう思い返す。自分で確認しなければ、その「二年」という数字にも実感が持てない。「二年」の間、オルバは血とぞうもつと鉄のにおいに包まれながら、かろうじて生き抜いてきた。

 しかし、殺して、生き抜き、それらをくり返していって、そしてその先には何があるのか。

 オルバは寝返りを打った。床に当たる硬いめんかんしよくにも慣れている。タルカスの言うとおりだ。れいの身分から解放されたとしても、自分にいま以上の「かしこい」生き方などできはしないし、ゴーウェンは何かかんちがいをしていたようだが、おれは未来に望みなど持ってはいない。あるとするならば──。

 きばいた形になったくうどうの下で、オルバはぎりっとみした。


(生き抜いて、そして何をするか、だと?)


 決まっている。このとうじようきるほどにくり返してきた、さつりく、血、戦い、殺し合い。ちゆうで「もういい」などとは思わなかった、「もう楽になろう」などと、決して思いはしなかった。

 たいの知れない怒りが、仮面の向こうのそうぼうねばり気のある光を与える。


(取り戻す。奪い返す。そしておれから奪ったやつらに、おれがこの二年で殺してきたれんちゆうだんまつすべてあわせてもなお足りないほどの苦痛を、たっぷりと味わわせてやる)