したがって彼ら剣闘士は、各々、腕を磨くのと同じくらいに努力して、これも生き残るため、派手な個性をアピールしようともする。派手な鎧兜で身を飾る者、勝利した直後に敗者の心臓を口で引きずり出すパフォーマンスをやってのける者、不思議な形の刺青を入れる者──。シークなどになると、「自分は古代王朝王族の末裔である」などという大見得を切っている。
「今度、おれとやろうぜ、オルバ。手前に本当の戦い方ってのを教えてやるよ」
「興味ねえ」
「ははん、おれが怖いのか」
「ああ、怖い。怖いな。だから失せやがれ」
「手前」
相変わらず猫背で飯をかっ喰らうオルバを、ギリアムは背中から小突いてやろうとした。「よせ!」とゴーウェンが制する。騒ぎとなると、剣闘会所属の兵士がすぐさま駆け込んでくるので、ギリアムは顔を赤くしながらもひとまずは引き下がった。
「そういえば、妙な新顔どもがあらわれたな」
しばらく経ってから、ゴーウェンがふと思い出したように言った。オルバも見かけた、あのタルカスの後ろにいた連中のことを言っているらしい。
「妙って? 髪の毛の間に角が、ズボンの後ろに尻尾のふくらみがあったとか?」
剣奴のカインがまぜっかえす。一年前から収容所へやってきた少年で、年恰好はオルバとよく似ている。腕力も剣の腕もからっきしだが、手先が器用で、特に拳銃やライフルの扱いに長けていた。
「竜人族の生き残りがいたなんて、そんなロマンチックな話じゃない」
「竜人だろうと、ゲブリンだろうと、いまさらどんな奴があらわれたって、いまさら驚くようなことじゃないだろ。ここは剣奴商会だぜ、あらゆる人種の見本市だ」
「もっと単純な話さ。ただ、どいつもこいつも剣の腕がからっきしの、ろくに使えない連中ばっかりだということだ」
「なあんだ」
カインがつまらなさそうに背伸びしたが、
「その、ろくでもない連中を、タルカスが嫌な顔ひとつしないで買い取ったのが何より解せないんだよ。妙に上機嫌でいやがったしな」
「ほう」
「確かに。金貨のきらめきで常に目がくらんでいたいタルカスの大旦那にしては、何より妙な話ですねえ」
「上機嫌? あれでかよ」
昼間のタルカスの様子を思い出してオルバは言ったが、
「つき合いはおまえより長いさ。タルカスがあれだけ上機嫌なときはな、決まって大金を手にできるチャンスをものにしたときだけだ」
「また、貴族どもが見に来るんだろう。天覧試合ができるとか、その程度だろうさ。その新顔たちも、大方貴族に頼まれて買わされた口だ。メフィウス帝朝に逆らった政治犯って可能性もある。人前で、竜にむごたらしく喰わせてやってくれという依頼なんじゃないのか」
「顔色が読めんから、おまえが言うと妙な迫力がある」
「それより、新しい本はどうした? 頼んでから三ヶ月にはなるぜ」
話の興味を失って、オルバは別のことを訊いた。他の連中はそれぞれ別の話題で盛り上がっている。明日になれば、同じ商会の剣闘士同士でも戦わされる可能性のある者たちだ。そんな彼らと必要以上に親交を深めようなどという考えは、オルバの頭にははなからなかった。
「ああ、仕入れてきたさ。明日には届く。……しかし、いまさら改まって言うことじゃないが、おまえも変わってるな。ここの連中なんざ、たとえ文字の読み書きができたとしても、一生に果たして一〇〇字以上読むかどうか怪しいもんだ」
ゴーウェンは鳥皮をむしりながら、じろりとオルバを見やった。
「時々、おれでも無性にその仮面を剝ぎ取ってやりたい衝動に駆られることがある。その下にはどんな素顔があるのか。若い、無軌道なだけの小僧っ子かと思うときもあれば、戦場をいくつも乗り越えてきたような冷徹さをうかがわせるときもある。昨日のこともそうだ。ソゾスに臆しもせず、また、的確な行動をした」
「褒められているのかどうか」
「褒めているさ。おまえ、剣を取って自分で戦うより、よっぽど冷静に状況を見ていたな。実際、指導者向きかもしれんが、かと思えば、歴史や人物に関しての本が好きで、ひと晩中読みふけるような、そしてその知識を鵜吞みにする、青びょうたん気質のところもある」
はじめて会ったときから、つまりタルカス商会に買われたときからオルバは顔を仮面で覆っていた。以来、一度たりとて脱いだことがない。当然、皆、その理由を知りたがる。素顔を見たがる。素性を怪しんでくる。
最初の頃、ゴーウェンを悩ませたのは、そうした好奇心や猜疑心に対し、オルバが拳で応えていたことだ。半年も過ぎる頃には「魔法使いに呪いをかけられた」というその場しのぎの言い訳を考えつき、やがて一年後には誰もからかいの目的でそんなことを訊く人間はいなくなった。稀に、新顔が尋ねてくることもありはしたものの、いまのオルバには無視することもできた。
「本を読んでいて得することがあるか? 少なくとも、おれの生まれ育った場所では、どれだけの書物を所有していても尊敬を勝ち取ることなどなかったがね」
「猿人かゲブリンの出身みたいな言い方だ」
「言葉を選べよ、オルバ。おれがおまえに特別優しいように周りから思われるぞ。それでも構わないなら、おれも態度の選びようがある」
冗談の通じない男のように振る舞うのは、ゴーウェンの愛すべき癖だ。オルバは忍び笑いを洩らしたが、皺深い剣奴養成係は不意に真顔になった。
「剣奴ってのは、普通、その日一日を生き抜くだけで精いっぱいだ。中には、娑婆に出たところで、どうせまた罪を犯さなければ生きていけないからと、剣奴隷の身分に一生甘んじようとしている人間もいるくらいだ──もっとも、そいつの『一生』とやらはごく短いだろうがね──が、おまえは違う。おまえだけは殺し合いに溺れもせず、未来を見据えている。この先というものを考えている。なあ、おれはそんな男にどう言うべきだろう。未来など捨てろと言うべきか。そんなものを後生大事に持っていてもつらいだけだと。それとも望みをこそ大事に持てと言うべきか? それは生き抜く力になるからだと」
「こっそり酒でも引っかけたか、じいさん。饒舌だな」
「真面目な話さ」
ゴーウェンは頑固に首を振った。やっぱり酔っている、とオルバは断じた。普段なら、「じいさん」などと呼ばれて黙っているゴーウェンではない。
「おまえが戦っているのは誰だ? 他の剣奴か、自分自身か、それとも別の、何か目的があるのか?」
「知らねえよ」
少年のように言い捨てて、オルバはそっぽを向いた。それこそ子供のように動揺している心の内を見透かされたくなかった。
食事を終えると、オルバはさっさと食堂を出た。収容所において、剣奴たちが自由に行き来できる場所など、食堂と寝室くらいしかない。寝室とはいっても、家畜にあてがわれた厩舎と大差ない場所だ。その隅っこで横になりながら、オルバは自分の手を眺めていた。
あれから二年だ。今日はやたらとそう思い返す。自分で確認しなければ、その「二年」という数字にも実感が持てない。「二年」の間、オルバは血と臓物と鉄の臭いに包まれながら、かろうじて生き抜いてきた。
しかし、殺して、生き抜き、それらをくり返していって、そしてその先には何があるのか。
オルバは寝返りを打った。床に当たる硬い仮面の感触にも慣れている。タルカスの言うとおりだ。奴隷の身分から解放されたとしても、自分にいま以上の「賢い」生き方などできはしないし、ゴーウェンは何か勘違いをしていたようだが、おれは未来に望みなど持ってはいない。あるとするならば──。
牙を剝いた形になった空洞の下で、オルバはぎりっと歯嚙みした。
(生き抜いて、そして何をするか、だと?)
決まっている。この闘技場で飽きるほどにくり返してきた、殺戮、血、戦い、殺し合い。途中で「もういい」などとは思わなかった、「もう楽になろう」などと、決して思いはしなかった。
得体の知れない怒りが、仮面の向こうの双眸に粘り気のある光を与える。
(取り戻す。奪い返す。そしておれから奪った奴らに、おれがこの二年で殺してきた連中の断末魔すべてあわせてもなお足りないほどの苦痛を、たっぷりと味わわせてやる)