先生、今日から同い年ですね?

実験一『今日から同い年です!』 ②

 世界を一変させかねないものを創り出したというのに、当の本人は悟と一緒に青春することしか考えていない。

 その無邪気な笑顔に、悟はもう苦笑いを浮かべるしかないのだった。



 何はともあれ、そこからは職員寮から近場のマンションへの引っ越し作業や教師としての休職手続き、転入生としての入学手続き、ついでに若返った身体の健康診断などを済ませていく。

 休職や入学の手続きは理事長が根回し済みだったため異例の事態にもかかわらず滞りなく進んだ。

 健康診断も完全に……あまりにも問題なしの健康体だったため、一応事情を知らされていた医師もドッキリか何かかと困惑していた。

 そうして二日後の朝にはもう、悟は黎明学園の新たな転入生として制服に身を包んで身支度を整えていた。


(なんというか、とんでもないことになったな……)


 鏡に映るのは制服姿の自分。つい先日まで三十過ぎのおじさんだったはずなのに、今鏡に映っているのは十代後半の青年そのもの。

 まさか教師であるはずの自分が転入生として再び学校に通う羽目になるとは──一週間前の自分に言っても絶対信じないだろう。

 けれど……正直なところ、不快感はなかった。

 むしろ、トクントクンと心臓の音が高鳴っているのを感じるし、昨夜は興奮してなかなか寝付けなかった。まるで遠足を前にした小学生だ。

 新しい制服。新しい環境。新しい生活。どこか懐かしい胸の高鳴り。

 ……不覚にも、自分はこの状況にワクワクしてしまっているらしい。


(ううむ……感性まで十代相応に戻っているということか?)


 これだけでも興味深い。記憶や思考能力は完全に維持している一方で新しい環境への興味や好奇心が増している。

 一応自分は世界初の若返りの実証例でもある。後の研究のためにもデータに残したいし、そうやって自己分析していた。その時だった。

 ピンポーンと、玄関のインターフォンが鳴った。

 扉を開けると、そこには制服姿のくすりが立っていた。


「おはようございます、先生!」

「ああ、おはよう。……けどどうした? お前が住んでる女子寮からだとこのマンション、学校とは反対方向だろう?」

「そりゃあ先生と一緒に登校するために決まってるじゃないですか。なにせ初めて先生とクラスメイトとして学校に通う記念日ですからね〜」


 そんなことを言いつつ、くすりは悟の脇を抜けてひょいっと部屋に上がり込んでくる。


「おじゃましまーす。わー、ここが先生の新しいお部屋ですかー」

「こら、勝手に入るな」

「いいじゃないですか〜。今まで何度も先生の家に遊びに来てた仲なんですし〜」

「はあ……」


 ため息交じりに受け入れる。まあ確かに、くすりが家族と疎遠なこともあって小さい頃からちょくちょく家に招いていた。今さら遠慮し合う関係でもないし見られて困るものもない。

 だが──。


「?」


 悟はふと、自分の胸に手を当てた。

 心拍数が上がっている。胸がきゅーっと苦しくて、ちょっと緊張している。

 興味深そうに部屋を見て回るくすり。その姿を見ているだけで、心拍数が上がって胸が苦しくなってしまう。


(な、なんだこれ?)


 記憶を辿ってみると、この感覚は覚えがある。

 ずっと昔、悟がまだ高校生だった頃。家で飼っていた珍しい鳥が見たいと、クラスメイトの女子を家に上げたことがあったのだ。

 それまでその女子のことはあくまでも女友達。恋愛的な意味では何とも思ってなかったのに自分のプライベートな空間に女子がいるというだけでドキドキして、胸がきゅーっとして……なんならちょっと好きになってしまった。


(まさか……薬師寺のことを同年代の異性として見ているのか俺!?)


 一度意識してしまうと状況が余計に悪化する。どう見てもくすりが、以前よりずっと可愛く見えてしまう。

 目を逸らそうとしても、視線がついくすりの方に行ってしまう。スカートから伸びる脚や胸の膨らみを意識してしまう。やましい物は隠しているわけではないのに、部屋を見られるのが妙に気恥ずかしい。


(……まんま初めて彼女を家に連れてきた男子高校生の反応じゃねえか!?)


 悟は頭を抱えた。

 正直なところ、悟は自身の若返り自体はどちらかというとポジティブに考えていた。

 衰えを徐々に感じ始めていた身体が見違えるほど軽くなったし、健康診断でも健康そのもの。むしろ若返りなんていう人類の夢を一足先に体験できたとも。

 だが、これは、想像以上にヤバい。

 自分の部屋に女子がいる。しかもその女子は自分のことが異性として好きだともう知ってしまっている。

 くすりへのドキドキが止まらない。自分でも何故かよくわからないしわかりたくもないが、ベッドの方が妙に気になってしまう。


(落ち着け冷静になれ俺は三十過ぎのおじさんだぞ……!? しかもこっちは教師であっちは生徒! どう考えても駄目だからな!? 駄目ったら駄目だからな!?)


 一方のくすりは悟が心の中で七転八倒していることなどつゆ知らず、興味深そうに部屋を見て回る。そしてベッドの前で足を止めると……。


「とうっ!」


 ぴょんっとジャンプして悟のベッドにダイブした。ボフンとベッドがくすりの身体を受け止める。

 くすりはそのまま枕のほうまで這っていくと、うっとりとした顔で枕に顔を埋めてしまった。


「……先生の匂いだぁ……ふへへっ」


 やめろ、と言いたかったのだが、言葉が喉につかえた。

 くすりの無防備すぎる姿に心拍数が跳ね上がっている。自分のベッドの上で、可愛い女の子が嬉しそうに寝転がって自分の匂いを嗅いでいる。

 しかも足をパタパタさせているせいでスカートの裾がめくれ、すらりと伸びた健康的な太ももが見えてしまっている。

 目を逸らす。教師にとって女子生徒の肌など目の毒でしかない。

 ……ないの、だが……。

 つい視線が引き寄せられる。

 くすりは枕に顔を埋めていてこっちを見ていない。脚をパタパタする度に、見えちゃいけない部分が見えそうになる。

 もう少し、あとちょっとで下着が──


(いやほんとなにやってんだおれええええええ!?)


 頭の中で自分をぶん殴った。


「い、いつまでやってんだ!」


 どうにか理性を振り絞って声を上げる。だがくすりは枕を抱えたままベッドの上をコロコロ転がってやめようとしない。


「もうちょっと〜」

「やめろ、返せっ」

「む〜、先生のけち〜」


 悟は枕を引っぺがしながら深くため息をついた。


「お前のこと、もう少し大人しくて自重するやつだと思ってたんだが……」

「そりゃあ、先生に大人っぽく見られたくて今まで猫かぶってましたからね」

「……それ、言っちゃっていいのか?」

「ええ。もう一回フラれちゃいましたし、ここからはアプローチを変えるのが合理的だと判断しました」


 そう言うとくすりはベッドに座り直し、ビシィッ! と人差し指を向けてくる。


「これからは私、遠慮せずガンガンいきますから覚悟しててください!」


 悟は「はいはい」と軽く流す振りをして背を向ける。

 だが内心では思いっきり動揺していた。どうしても鼓動が速くなってしまう。くすりのことがどうしても、同年代の可愛い女の子に見えてしまって仕方ない。

 そんな子が自分にぞっこんで、これから自分の気を引くためにどんどんアプローチすると宣言しているのだ。なんというかもう……男子としてたまらない気持ちになってしまう。