先生、今日から同い年ですね?
実験二『こういうの、嬉しかったりしますか?』 ①
「……冬月悟です。今日からよろしくお願いします」
悟は黒板の前に立つと短く自己紹介して頭を下げる。
いわゆる転入生の挨拶。黎明学園は特殊な学校ではあるが、こういうのは一般の学校と変わらない。
とはいえ、反応してくれる生徒は少ない。拍手してくれるのはくすりと何人かの生徒だけ。あとは寝てたり興味がなさそうだったり。
そもそも席の半分以上が空席で、高校のクラスとしては少々物寂しい。
ただ、空席が多いのはある程度仕方ないと言える。
全国から天才児を集めたこの黎明学園はその性質上、そもそもの生徒数が極端に少ないし、授業への出席義務もない。
大学などと同じように単位を取って研究成果さえ上げていればそれでいいというシステムで、むしろ毎日学校に来て授業を受けているくすりの方が珍しい部類だ。
……それも、自分と少しでも長く一緒にいたかったからだと察してしまってまた胸がきゅうっとなってしまったが。
「それでは……えーっと、冬月せんせ……じゃなくて冬月くん。薬師寺さんの隣の席に座ってください」
悟の事情を知っている後輩の女性教師が少々やりにくそうに席を指す。悟は軽く会釈して自分の席に向かった。
一番後ろの列、くすりの隣の席に腰を下ろす。悟から見てくすりは右隣だ。
「ふふ、お隣同士なら教科書忘れたときに見せあいっことかもできますね♪」
「だからってわざと忘れるのは駄目だぞ」
小声でそんなことを囁き合う。にこにこ笑うくすりは始終ご機嫌そうだった。
その様子に苦笑いしながら悟はくすりとは反対側、左隣に目をやる。
──猫っ毛の柔らかな髪がふわりと机に広がっていた。
小柄な少女が机に突っ伏してすやすやと寝息を立てている。こちらに向けている寝顔は実に無防備で、とても気持ち良さそうに眠っていた。
ホームルーム中に寝ているとは何事かと教師としては叱りたくなるが、この学校では居眠りなども基本的に黙認されている。
学校側として彼女たちに期待するのは突出した才能を伸ばすこと。
普通の学校のような授業も行ってはいるが各自の研究で疲れている場合も多いので、寝ていたらそっとしておくのが暗黙の了解なのだ。
(とはいえ、一応初対面ということになっているし挨拶ぐらいは──)
軽く肩を揺すってみると、一度寝苦しそうに目をキュッと閉じてからゆっくりとまぶたを開いた。
「……ん〜……」
柔らかな猫っ毛の小柄な少女──九条こころは、僅かに顔を持ち上げて悟の方を見た。
「…………あれ? だれ……?」
寝ぼけ眼でこちらを見上げてくる。蕩けたような声ととろんとした瞳。そのままもう一度机に突っ伏しそうだったので、悟は慌てて声をかける。
「冬月悟。今日からこの学校に転入してきた。一応隣の席なんで、よろしくな」
「ん……よろしく〜……あれ? ふゆつきさとる……? 冬月先生と同姓同名……?」
「あ、ああそうなんだ。冬月先生とは遠い親戚でな」
「ふ〜ん……」
僅かながら興味を引かれたのか、こころは身体を起こす。ふわ〜……と大きなあくびをして、眠たげな目で悟の目を見つめた。
その目が、パチリと瞬いた。
「…………へぇ」
悟は咄嗟に目を逸らす。今のこころの表情はなんというか、小さな子供が新しいおもちゃを見つけた時のようなものだった。
(ま、まさかバレてないよな?)
心理学専攻、九条こころ。小学生の頃に父親の興した宗教団体を乗っ取った異能の天才。
彼女にも盛大に振り回されることになるのだが、それは少し先の話。
さて、一癖も二癖もある生徒が多いこの学校だがもちろん普通に高校生らしい反応をしてくる生徒もいる。
「冬月って、冬月先生と同姓同名だね?」
「顔もちょっと似てる気が……」
「親戚とか? そういえば冬月先生の方は海外に出張なんだよね?」
ホームルームが終わった後、数人の女子が悟の周りに集まってきていた。
「あ〜……はい。先生の遠い親戚です。事情があってしばらくこちらにお世話になることになりまして」
「もー冬月くんお堅い〜。クラスメイトなんだからため口でいいよ〜?」
「は、はあ……」
ちなみに本名そのままで名乗っているのは、くすりのわがままによるものだ。
『偽名とかダメです! 私は悟くんって名前呼びしたいんです!』とのことで、その要望に従って本名を名乗ることになった。
とはいえ、生徒たちは「同姓同名なんて珍しいね」と言うぐらいであっさり納得してくれた。
そりゃそうだ。『教師が若返って同級生として転入してきた』などと想像できるやつがいてたまるか。というか自分も未だにこれは夢なんじゃないかとちょっと疑ってる。
「にしても雰囲気似てるよね〜! 若い頃の先生って感じ!」
「わかるー! 目つき悪いとことかそっくり!」
「ねえねえ、冬月くんってどの分野の人なの?」
「あ、ああえっと、私……じゃなくて俺は……」
ついドギマギしてしまう。元々生徒と話すのは好きだったがそれとは明らかに違う。自分は完全に、周りの生徒達を同年代の異性として見てしまっている。
別に向こうは好奇心で話しかけてくれているだけ。それはわかっているのに嬉しい気分になってしまっているし、少し緊張してしまう。
(完全に思春期男子の反応じゃねえか……!)
一番問題なのは、こうして話しているだけで自分に話しかけてくる女子達への好感度がみるみるうちに上がってしまっていることだ。
なんならちょっと好きになり始めている。単純すぎるだろ思春期男子。
その時だ。横からぐいっと無言で腕を引っ張られた。
頰を膨らませたくすりが、まるで自分のものだと主張するように悟を自分の下に引き寄せて腕を絡める。
「私が学校を案内してあげます。行きましょう、悟くん」
他の女子が目を丸くする。
「薬師寺さん、冬月くんと知り合いなの?」
「ええ。私、悟くんとは幼馴染みなんです。今朝だって一緒に登校したぐらい、とっっっても仲良しなんですよ?」
牽制するようにそう言って、くすりはぐいぐい悟の腕を引っ張っていく。
「くすり〜、この後の授業は〜?」
「欠席するって伝えといてください。今は悟くんの案内の方が重要です」
そうして悟は、くすりに引っ張られて教室から連れ出されてしまった。
「お、おい、くすり? あんま引っ張るな」
そう言うと、くすりはむすーっとジト目で悟を見上げる。
「他の子に、鼻の下伸ばしちゃ、ダメです」
「べ、別に伸ばしてないが?」
「目を逸らしながら言っても説得力ゼロですからねー!」
プンプン怒りながら悟を引っ張っていくくすり。だがしばらく進んだところでふと何かを考え込む。
「……先生、本当に若返ってるんですね。あんなに堅物だったのが他の女の子に鼻の下伸ばすぐらいになっちゃうなんて」
「だから伸ばしてな……くすり?」
くすりは頰を染めながら、そっと悟の腕に自分の腕を絡めてくる。
「じゃ、じゃあ……こういうの、嬉しかったり、しますか……?」
──柔らかい膨らみが、腕に押し当てられた。
くすりは悟の腕を抱きしめるようにして、自分の胸を悟の腕に押し付けている。
布越しでもわかるふよんとした柔らかくて温かい感触。一気に心拍数が跳ね上がった。
「お、おい……無理すんな。顔、真っ赤だぞ……?」
「む、無理なんてしてませんしっ……!」
くすりは顔を真っ赤にしながらも、ぷいとそっぽを向いて精一杯に意地を張る。だがその声はわずかに震えていて、体もぷるぷる震えていた。
それでも──ちら、と横目で悟の表情を窺う。
そして悟の頰も同じように赤く染まっているのを見て、くすりは恥ずかしがりながらも嬉しそうに口元を緩める。
「へへ……♪ 今なら、ちゃんと女の子として見てくれるんですね……?」
「うぐっ……」
なにも言い返せない。



