先生、今日から同い年ですね?

実験三『経過観察ですから!』 ①

 午後になると、学園の空気がガラリと変わる。

 この黎明学園では理事長の方針で、午前中は普通の学校と同じような授業や行事が行われている。

 生徒達には才能を伸ばすと同時に、ちゃんと高校生らしい青春を送ってほしいという考えからだ。

 だが、午後は違う。

 校舎全体が静まり返り、研ぎ澄まされた緊張感に満ちている。

 午後は自由学習の時間。生徒たちはそれぞれの専門分野に打ち込み、研究や実験、論文執筆などに集中する。

 中には数百億円にもなる器材を扱う者もいれば、海外の著名な研究者とオンラインでミーティングをしている者もいる。

 今この瞬間にも誰かが世界を変えるような発見や発明をしているかもしれない。そんな空気に自然と背筋が伸びる。

 ──しかし。


「経過観察です! 経過観察ですから街に遊びに行きましょう!」

「わかった。わかったから引っ張るな」


 その張りつめた空気をぶち壊すような声が廊下に響いていた。

 午前の授業が終わるやいなや、くすりは待ってましたとばかりに悟を昇降口まで引っ張っていった。

 自分の分と一緒に悟の靴まで持ってきて「ほらほら行きますよ!」と、まるで遊園地をせがむ子供のような笑顔。そんなくすりに悟は苦笑いする。


「経過観察はまあわかる。だが、なんでそれで街に繰り出そうって話になるんだ?」

「校内だけじゃ実験として不十分です! 今度はもっと青春っぽいこと……つまり街に繰り出してのデート! それで先生の精神変化を観察します!」


 それっぽいことを言いつつキラキラと目を輝かせているくすりを悟はジト目で見つめた。


「……それ、ただデートしたいだけだろ」

「ちっがいますっ。これはれっきとした研究です。観察は全ての研究の基本なんですから!」

「……研究と言い張ってデート代、学校の経費で落とすつもりか?」

「ギクッ……。い、いいじゃないですか〜。ちゃんと観察結果は後でレポートに書きますから〜」


 悪びれないくすりに、悟は大きくため息をついた。

 午後の時間は生徒が研究のためなら自由にしていいとされ、校外活動も禁止されていない。

 でもだからといって、デートするのが研究かと言われると流石にちょっと苦しいだろう。

 だが、悟は今回はくすりの口車に乗ってみることにした。

 くすりの言うとおり若返り薬を飲んで以降、自分の精神は確実に変化している。まるで肉体に精神が引きずられているような感覚が確かにある。

 肉体が若返った場合、精神も同じように若返るのか。若返り薬を研究する上でこれは外せないテーマだろう。

 そして何より、くすりは天才だ。世界を変えるような研究をしている真っ最中なのも確かで、この子なら本当にただのデートから何か重要な情報を拾いかねない。


「……わかった。だが研究のつもりでちゃんと観察し、気付いたことがあったらレポートで提出するように」

「ホントですか!? やったぁっ!」


 無邪気に喜ぶ姿にまた少し心がざわつく。こんなことで喜んでくれるなら、もっといろんなことをして、もっともっと喜ばせたい。そんな考えが頭の中をよぎってしまう。


(こういうのも若返りの影響なんだろうか……)


 そんなことを考えながら、悟はくすりと共に街へと繰り出していった。



「しかし、デートって言ってもどうするんだ? 自分で言うのも何だが、俺はそういうのにはめっぽう疎いぞ?」

「あ、その辺は大丈夫です。せんせ……じゃなくて悟くんには私と超王道なデートをしてもらいます」

「王道なのか」


 くすりのことだから、てっきりものすごいところに連れて行かれたり何かやらされたりするかと思って身構えていたのだがそうでもないようだ。


「王の道と書いて王道。間違いないから王道って言うんです。ま、何だかんだ言っても女の子って、大好きな男の子とのベッタベタな王道デートに憧れるものなんですよ?」

「そ、そうか」


 ……もう何度も言われているのだが、未だに『好き』とはっきり言葉にされるとドギマギしてしまう。

 そんな動揺を隠しつつ質問を続ける。


「で、最初はどうするんだ?」

「そうですね〜。最初はお洋服でも買いに行きましょうか」

「……服?」

「はい。いや、このまま制服デートっていうのも全然ありなんですけど、流石に平日の昼間ですし、悟くんは周りの目とか気にしちゃうでしょう? だから先に制服は脱いじゃおっかなって」

「それなら一度寮に戻って着替えたら良くないか?」

「もー、わかってませんね。女の子は好きな男の子にコーディネートしてもらいたいものなんです。ほらほら、行きますよ」


 きゅ、と手を繫がれた。指先がからまる。くすりは嬉しそうに歩幅を合わせてくる。

 少し頰が熱くなるのを感じながら、そのまま悟は手を引かれて近くのブティックへ向かった。


 ガラス張りの店内。やわらかな照明の下、くすりは研究の時に負けず劣らずの真剣な顔で服とにらめっこしていた。


「えっとえっと、悟くん的にはこういう清楚系が好きですか? それともこっちのカジュアル系?」


 くすりは両手に服を広げ、首をかしげて見上げてくる。


「お、俺に聞くのか?」

「はいっ。さっきも言ったじゃないですか、今日は悟くんのコーディネートでデートしたいんです」


 近くでその言葉を聞いていた店員さんが『あらあら』と実に微笑ましそうにしていた。

 また頰が熱くなるのを感じたが、ここでドギマギしていてはますます付き合い立ての初々しいカップルみたいになってしまう。


「じゃ、じゃあ清楚系で」

「了解ですっ! ……なるほど、悟くん的にはこういうのが好み……と」


 くすりは小さなメモ帳に何やら書き込むと、ぱたぱたと試着室へ入っていく。

 カーテンの向こうから衣擦れの音。よからぬ想像をしてしまわないように心を無にしたまま待っていると「準備できました」という声が聞こえてきた。

 少し間を置いて、シャッとカーテンが開く。


「ど、どうですか?」


 白いブラウスに、ミント色のカーディガン。膝丈のチェックのスカート。

 派手さのない、いかにも清楚系という服装。だが自分で選んでくすりに着てもらったという付加価値のせいだろうか? 何故だかすごく魅力的で、つい視線が吸い寄せられてしまう。


「……似合ってる。うん、とても可愛い」


 素で感想を言ってしまうと、たちまちくすりは耳まで顔を赤くした。


「……〜〜〜っ! ありがとうございます悟くん! じゃ、じゃあ次も悟くんセレクト、お願いしてもいいですか?」

「え、まだ着るのか」

「王道デートはこういう彼女のミニファッションショーが付きものなんです!」


 理屈はよく分からないが、本人が楽しそうだし……正直、悟ももっと見たいと思ってしまっているので何も言えない。


「じゃ、じゃあ……そこの、ワンピース……とか?」

「はぁい!」


 それからさらに六着ほど着てみて、結局、最初に着た服に落ち着いた。

 タグを外してもらい悟セレクトの清楚コーデに着替えたくすりはくるりと一回転。期待がこもった目で悟を見上げる。


「悟くん悟くん、似合いますか?」

「ああ。よく似合ってる」


 もう何度も言ってやっているのに、くすりは両手を頰に当てて顔をふにゃふにゃにして喜んでいる。……そんな姿が、どうしようもなく可愛く思えてしまう。

 そうしているとちょん、とくすりが悟の服を摘まんだ。


「あの、その……他にも選んでほしいのがあるので、もうちょっとだけ、付き合ってもらってもいいですか?」

「ん? ああ、別に構わないが……」


 そうしてくすりに導かれるまま歩いて行く。くすりが向かった先は……。

 ──女性用下着売り場だった。


「ちょっと待て!?」


 悟が慌ててブレーキを掛けると、くすりはモジモジしながら悟を見上げた。


「せ、せっかくだから……ぜ、全部、悟くんにコーディネートしてほしいなって……」