先生、今日から同い年ですね?
実験三『経過観察ですから!』 ②
「い、いや、だからって下着は……そ、そもそも俺はこういうのまったくわからないぞ!? クソダサいのとか合わないやつ選ぶかもしれないぞ!?」
「……そ、それなら、その……悟くんなら……試着した姿、見てもらっても──」
「見ない! 見ないからな!」
顔を真っ赤にして両手を振る悟。近くにいた店員さんが『あらあらうふふ』と完全に見守りモードの微笑みを浮かべている。
くすりは恥ずかしさに目を潤ませながらも、子犬のような上目遣いで見つめてくる。
「だめ……ですか?」
「う……ぐう」
──どうやら自分は、くすりのこういうおねだりにとことん弱いらしい。視線を走らせ、近くのマネキンが着ていた白い下着を指差す。
「じゃ、じゃあ、あれで……」
すると待ち構えていた店員さんが『待ってました』とばかりに寄ってきた。
「かしこまりました〜。サイズはこちらでよろしいですか?」
店員に問われ、くすりが小さく頷いて耳打ちする。その際くすりの胸のサイズが聞こえてしまって、必死に真顔を装った。
それからほどなく、二人はブティックを出た。
悟はもうなんだかくすりの方を見られなくて、前だけ向いて街を歩く。
一方のくすりは脱いだ制服が入った袋を抱え、恥ずかしそうに頰を染めつつもご機嫌だ。
「これで全部、下着まで悟くんのお好み通りですね?」
「……おう」
「……ドキドキ、してくれてます?」
悟は答えずに明後日の方を見る。
くすりはそんな悟を見つめながら満足そうに笑っていた。
それからもデートは続く。
──なんというか、新鮮な体験だった。
平日の真っ昼間。本来なら多くの人が仕事や学業に勤しむ時間に、自分はくすりとデートしている。
ほんのちょっぴり罪悪感はあるけれど、それ以上に優越感や背徳感を感じてワクワクしてしまっていた。
(どう見ても経過観察、してないよなぁ)
くすりを見ながら心の中で苦笑い。
街をぶらぶら歩いてウィンドウショッピングしたり、別々のクレープを買って「一口食べさせてください!」と定番のあれをやってきゃーきゃー悶えたり。
経過観察という建前を完全に忘れている。どう見てもデートを楽しんでいるただの女子高生だ。
(……そして、俺の方もこの状況を悪くないと思ってしまっている……と)
やはり、感性が若い頃に戻ってしまっている。完全に、初めて彼女ができた男子高校生みたいなムーブをしてしまっている。なんだかもう転げ回りたくなってくる。
そんなことを考えながら歩いていると、くすりの肩が軽く当たった。
最初は偶然かと思ったが、くすりは距離を取る気配がない。歩きにくいだろうに肩が当たる距離をキープしている。明らかに意図的だ。
手の甲を触れあわせてきている。ほんのり頰を染めて上目遣いにチラチラ、何かを期待する視線をこちらに向けている。
朴念仁な自覚はあるが、今朝みたいに手を繫ぎたいとねだっているのはわかる。
だが教師として、自分から女子生徒の身体に触れるわけにもいかない。
悟がくすりのおねだりに気付かない振りをしていると、痺れを切らしたようにくすりの方から手を握ってきた。
小さな手。温かくて、細くて、柔らかくて。でもほんの少し震えている。
「い、嫌なら振りほどいてくれていいですから……」
……その言い方はずるいと思う。
ここまで一生懸命アプローチしてきたが、実際のところ迷惑がられていたりしないかと不安でいっぱいなのだろう。
それでもくすりは自分の気を引こうと必死にアピールしている。たとえそれがちょっと強引な方法だったとしても、邪険になどできるわけがない。
凄いな、とも思う。
曲がりなりにも悟はくすりを振った男で、くすりは振られた側だ。普通なら心が折れて距離を取ってもおかしくない。
なのにめげずにこうやって一生懸命アプローチしてくる姿は凄いし、眩しいなと思う。
もちろん恋愛関係になるつもりはない。あくまで自分たちは教師と生徒の関係だ。そこは譲ってはいけない。
けれど彼女の一途な気持ちに、少しぐらい付き合ってやるのも決して悪いことではないはずだ。
……などと偉そうなことを頭では考えていたのだが、一つ大きな問題がある。
さっきから顔が火照って熱いし、心臓がドキドキして仕方ないのだ。
くすりの手が柔らかいし、めちゃくちゃいい匂いがする。周りからの視線が恥ずかしいのだが、どこか誇らしい気持ちにもなってしまっている。なんだか足元がふわふわして落ち着かない。
くすりがチラチラと上目遣いにこちらの表情を窺ってくる。
悟の顔が真っ赤なのに気付いているのだろう。嬉しそうに「えへへ♪」とふにゃふにゃな笑みを浮かべる。
(かわいい……)
ついそんなことを思ってしまう。
悟が手を振り払わないことに気を良くしたのか、くすりは繫いだ手を嬉しそうににぎにぎと握ってくる。
「ふふ、先生の手……おおきいですよね。硬くて、ゴツゴツして、男の子の手って感じです」
そう言うくすりの手は、まさに女の子の手という感じだ。
すべすべとした感触と、微かにしっとりとしたぬくもり。そんな小さな手が、積極的に一回り大きな自分の手を握ってくる。指先の動き一つ一つに心がざわつく。
それにくすりの肩が、さっきまでたまに触れ合う程度だったのに今は服越しにしっかりと体温が伝わってくるほど密着していた。
肩と肩がぴったり重なっている。布越しに、くすりの柔らかな身体を感じられてどうしてもドキドキしてしまう。
少し身を引こうとするが、その分くすりがぴっとり寄ってきて離れられない。
くすりは悟と比べると身長も低いので、肩を寄せてくると自然とその頭が悟の顔の近くに来る。髪から香るほのかに甘い女の子の匂いに、ガリガリ理性が削られる音がする。
(待て待て待て……これは危ない兆候だぞ……!)
自分は三十過ぎの独身男性。倍も歳の離れたくすりにドキドキするなどあってはならない。
今は見た目こそ高校生カップルに見えるから周りも微笑ましげな視線を送ってくれているが、これが元の姿だったらパパ活か何かにしか見えないだろう。通報されたって文句は言えない。
頭ではそう思っているのに、若返った肉体はくすりの手の柔らかさに早鐘のように心臓を高鳴らせている。脳はまるでフィルターをかけるようにくすりの姿を可愛らしく、異性として魅力的に見せてくる。
そんな時、ふと進行方向にとある喫茶店の看板が目に入った。
某有名喫茶店。美味しいコーヒーと、『君、写真よりデカくない?』と言われるほどのドカ盛りメニューで有名な喫茶店だ。
「す、少し休憩しないかっ!?」
どうにか一息つきたくてそんな提案をした。正直もう精神的に限界だ。
しかしその瞬間、くすりが「ひゅえっ!?」と変な悲鳴をあげ、顔を真っ赤にしてフリーズした。
「きゅ、きゅうけい、ですかっ!?」
「ああ、駄目か?」
「い、いえ全然駄目じゃないです! 駄目じゃないですけど……こ、心の準備が……」
「心の準備? ああ、くすりは初めてか」
そう聞くと、くすりは不安そうに頷く。
無理もない。あの店のドカ盛りメニューはSNSなんかでもよく紹介されている。全部食べきれるか不安なのだろう。
だがしかし、そこは向こうも考えている。ミニサイズのメニューもちゃんとあるし、食べきれなければ持ち帰りもできる。
「大丈夫だ。俺が教えてやるから」
「は、はい……っ」
くすりはガッチガチになりながら返事する。何やら小さなメモ帳を開いて必死に深呼吸している。
喫茶店に入るだけでそこまで緊張しなくても……。
そう思っているとくすりはコンビニの前で足を止めた。
「あ、あの、ちょっとコンビニ寄ってもいいですか? じゅ、じゅんびとか、しないとだめですし……」
「準備? まあ、いいが」



