学年で一番かわいい星ヶ崎さんと友だちになったら毎日密着が止まらない
第一話 星ヶ崎さんと出会い ①
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教室の中は、朝のざわめきに包まれていた。
ホームルームが始まる前の、少しだけ落ち着きのないそわそわとした空気。
そんなどこにでもあるような喧噪に囲まれながら、俺──幸村慧は窓際の一番後ろの席で一人、何となく教室の中を眺めていた。
桐原高校一年一組。
入学式を終えてからすでに二週間ほどが経った教室内では、いくつかの友だちグループに分かれて、楽しそうな会話が繰り広げられている。
「賑やかだな……」
成績上位者たちのグループ、部活が同じ者たちのグループ、仲良し女子たちのグループ、ちょっと陰キャなグループ、などなど。
桐原高校は公立ではあるけれどどちらかと言えば進学校なだけあって、目立った不良の姿などは見受けられない。
ごく普通の、ありふれた高校の朝の風景といった様相だ。
話している内容もグループそれぞれで、昨日見た動画の話題から明日ある小テストの内容まで、様々。
ただ入学からそれほど経っていないということもあって、まだどこか探り合いのような様子も見て取れた。
「……」
そんな中、登校してきてから十五分ほどになるが、俺に話しかけてくるクラスメイトは一人もいない。
俺の机の周りだけ、ぽっかりとだれもいない空間ができている。
まるでちょっとしたエアポケットのようだ。
これはどういうことかというと……
と、そこで近くに立って会話をしていたクラスメイトの一人が俺の机にぶつかった。
こっちに気づくと、「あ、わりぃ」と軽く片手を上げて、他の生徒のもとへと戻っていく。
「ん、どしたの?」
「いや、なんかぶつかったみたいで。あの、えっと、だれだっけ? 幸村?」
「あー、おれ、話したことないや。あ、それよりさ、今日の放課後なんだけど──」
興味なさそうにうなずいて、まるで俺の存在などなかったかのように会話を続ける。
別にこれはクラスメイトたちに悪気があるわけではない。
この現状は、俺が望んだ立ち位置だ。
──友だちはいなくていい。
──いいや、むしろいない方がいい。
それが俺の目標であり、ポリシーだ。
三年間の高校生活を、野に咲く草花のように目立たずひっそりと生きていく。
そのためには友だちはいない方がいいし、教室内での存在感も野原の隅のペンペン草のようにできる限り消した方が得策だ。
そう考えるに至った理由は、まあ明確にあるのだけれど、それは今は置いておくとして。
入学から半月ほどで、その目標はおおむね達成できているといってよかった。
今のクラスメイトたちの反応を見てもわかる通り、教室で積極的に話しかけてくる相手は皆無だ。昼飯は無事にぼっちだし、部活や委員会に所属もしていないためクラス外でだれかと交流を持つこともない。
もちろん登下校も、飼い主がいなくても一匹で散歩ができる有能なマルチーズのように、堂々と一人きりだ。
やはりあれだろうか、自己紹介の時に名前と出身中学だけをボソリとつぶやいてあとはサボテンのごとく無言を貫いたのが大きかったのかもしれない。
おかげでLIMEの友だち登録は今日も無事に「0」を更新し続けている。
この丸いかたちが、俺にはこの上ない平穏と安心の象徴のように思えた。
「──あはは、うん、そうだよね! わかるわかる!」
その時、ふいに一際目立つ澄んだ声が耳に飛びこんできた。
チラリと目を向けると、そこに集まっていたのはクラスの中でも一番派手なグループ。
所属しているのは運動部のエースや生徒会の役員、読者モデルをやっている女子、派手でコミュ力おばけなギャルなどで、いわゆる一軍で構成された陽キャグループというやつだ。
その中心に──一人の女子生徒がいた。
「それでそれでどうしたの? いいからこの星ヶ崎陽菜さんに話してみなって」
「うん、どのヘアアイロンがいいのか迷ってて……」
「それだったらこっちの最新型がお勧めかな。温度が上がるのが早いし、マイナスイオンも出るから。ヘアメイクさんもいいって言ってた!」
「そうなんだ? じゃあこれにしよっかな」
「うん、それがいいよ! あ、もしよかったら今度いっしょに見にいこっか?」
そこにいるだけで周囲の空気がぱあっと華やぐ夏の星空のような雰囲気。
整った容姿に、バッチリときめられたメイク、制服の着こなしも完璧。
クラスで、いや学年で一番かわいいんじゃないかと入学時から有名で、芸能事務所に所属しているんじゃないかとも噂されている。
さらには入学試験の成績も上位で、性格は明るくだれに対しても分け隔てなくやさしいときている。
紛うことなき一等星──クラスの人気者というやつだ。
──星ヶ崎陽菜。
何か粒子でもまとっているんじゃないかってくらい艶やかな髪を揺らしながら、文字通り輝くような笑みを浮かべて、自己紹介の時に好きなことはお喋りだと言っていた事実そのままに、楽しげにコミュニケーションに花を咲かせている。
「えっへっへ〜、やっぱりそうだよね? タヌキエピソードがほっこりかわいいことに異論はないよー!」
彼女が笑えば、周りも笑う。
彼女が目を向けた先には、皆の視線も集まる。
その交友関係の多彩さから、LIMEの友だち登録の数は一〇〇〇人を越えているという噂もある。
「でもまあ、それもわかるよな……」
再度、目を遣る。
目立つクラスメイトたちに囲まれながら、なお夏の向日葵のような存在感をほこる星ヶ崎さん。
その姿はキラキラとまぶしく輝いていて、どこか神々しくすら見える。
うん、俺とは完全に違う世界の住人だ。
彼女と俺は水と油のようなもので決して交わることはないし、これから先も未来永劫そうなることはないだろう。
それはどちらが良い悪いではなくて、ただの事実だ。
そう確信して、教室内に響くやたらと耳通りのいい星ヶ崎さんの声を聞きながら、俺は机に突っ伏して寝たフリをするのだった。
春の麗らかな陽気は、眠気を誘う。
視界を遮るように揺れる重い前髪と、リムの大きな眼鏡を落とさないように注意しながら、退屈な授業を適当にやり過ごしていく。
教卓では数学の花見沢先生が、等差数列についての説明をしていた。
数列なんて社会に出た時に何の役に立つんだろうな……などとどうでもいいことを考えながら、ぼんやりと視線を前へと向ける。
その先ではちょうど、星ヶ崎さんが指名されて解答していた。
答えはもちろん正解。最後に冗談を付け加えることも忘れない。
どこからか笑いが巻き起こり、それまでどこか気だるい雰囲気だった教室が和やかな空気に包まれる。
花見沢先生も、苦笑しつつもうなずいている。
教師からの受けもバツグンだった。
「やっぱり星ヶ崎さん、いいよなあ……」
「わかる、かわいいだけじゃなくて頭もいいなんてすごくね?」
「付き合ってる相手とかいるのかな?」
周囲からはそんな声。
恋人がいるという話は聞いたことがないけれど、彼女のスペックだったらそういう相手がいてもまったくもって不思議ではないと思う。
そんなことをしている内に、あっという間に放課後になった。
教室では部活に行く生徒、連れ立ってどこかに遊びに行こうとする生徒、そのまま教室に残ってお喋りをしていく生徒などが、それぞれ思い思いに行動している。
そのどれにも当てはまっていなかった俺は、カバンを持って一人で帰ろうとしたところ、ふと呼び止められた。
「ごめんなさい、ちょっといい?」
声をかけてきたのは、クラス委員長だった。
きっちりと着こなした制服に、黒髪に眼鏡と、いかにも委員長といった外見だ。
「ん、何?」
「アンケートの提出期限が今日までだったんだけど、まだもらってなくて」
「あ、悪い、忘れてた」
謝りつつ答える。
いくら友だち「0」の学校生活を目指しているとはいえ、最低限のコミュニケーションは避けるべきではない。



