学年で一番かわいい星ヶ崎さんと友だちになったら毎日密着が止まらない

第一話 星ヶ崎さんと出会い ②

 周囲から嫌われたいわけではないし、あまりに関わりを希薄にしてしまうと、それはそれで悪い意味で目立ってしまう。俺はただ気配を消して平穏に生きていきたいだけなのだ。


「うん、受け取りました。ありがとう、幸村くん」


 ……名前を間違えて覚えられているのは、まあしょうがない。

 存在感を消したことによる避けようのない弊害というやつだ。

 委員長にうなずき返して、今度こそ帰ろうと教室を出たところで、ふと廊下で友だちと話している星ヶ崎さんの姿が目に入ってきた。

 今日はやけに星ヶ崎さんが目に入るな……などと思いながら、というか彼女はいつだってクラスの中心なのだから、意識するなという方が無理があるのかもしれない。

 夜空で一番に目立つ一等星が望むとも望まずとも視界で最も輝くのは、至極当然のことなのだ。


「え、それほんと?」

「うん、そこのチーズケーキがめちゃくちゃ映えてるんだって! ひよっちも気になるって言った。よかったら陽菜っち、いっしょに行かない?」

「行く行く! わー、すっごいおいしそう! このごろごろ乗っかってるのってブルーベリーだよね? 写真を撮ってSNSにも載せたいな!」

「でしょ? それじゃあ──」

「あ……でもごめんね! 今日はちょっと約束があるんだー」

「え、そうなの?」

「うん。あ、だけどチーズケーキはすっごく興味あるから、また絶対誘ってね! 陽菜さんとの約束!」


 断りの文句すらさわやかに聞こえる。

 やはり別世界の、いやそれこそ別次元の住人なのだと思う。

 だからこの時は思いもしなかった。

 まさかこの陽キャでコミュ強で学年一かわいい女子が、違う意味で自分とは異なる世界の住人であるのだと気づかされることになるとは。

 学校を出た俺が向かったのは、電車を二十分ほど乗った先にある駅だった。

 そこからさらに徒歩で五分。

 カフェ『alone』


 今どき珍しい、少しレトロな雰囲気の喫茶店だ。

 この店は駅近にある割には静かな上に、コーヒーがおかわり自由なのが気に入っている。

 放課後は、ここで何となく時間を潰してから帰宅するのが日課だった。

 家に帰ってもだれもいないし、今となっては特に行くところもやることもない。それなら落ち着いた空気の中でおいしいコーヒーの一杯でも飲みながら動画でも見た方が、よりよい時間の使い方になるというものだ。

 それに何より、ここなら学校から離れているから、同じクラスの生徒が来ることもないというのが一番の理由だった。


「ふぅ……」


 席に身体を沈めて、ひと息吐く。

 スマホをゆっくりとスクロールさせながら、これから見る動画を探していく。

 アニメもよかったが、ひとまず今日のところは今話題の俳優が出ている映画にしようと決めて、画面をタップしようと指を伸ばしたその時だった。


「いらっしゃいませ。お二人様ですね?」


 ドアベルを鳴らして、新しいお客が入ってきた。

 スカートを揺らした制服姿の女子二人組。

 それ自体は別に珍しいものじゃない。

 だけどその片方の姿に、見覚えがあった。


「……ん?」


 100メートル離れていてもわかる、華やかな外見。

 ふんわりと香る柔らかくて甘い匂い。

 ──星ヶ崎さんだ。

 どうしてここに……?

 反射的に間仕切りの陰に身を隠しながら、そういえば今日は何か約束があると言っていたことを思い出す。もしや他のクラスメイトたちといっしょなのかと一瞬焦るも、だが隣にいるのは桐原高校の生徒ではないようだった。

 あの制服は、この近所にあるお嬢様学校として有名な女子校のものだ。

 学外の友だちなのだろうか。まあ星ヶ崎さんは顔が広いだろうから、そういう存在がいてもまったく不思議じゃないけれど……

 そんなことを考えていると、星ヶ崎さんと女子はテーブル席に座った。

 ……よりにもよって、俺の真後ろの。


「……」


 何でまたこんなところに……

 テーブルの位置関係的に、出口は彼女たちの前を通っていかなければならないため、動くに動けない。

 幸いなのは、星ヶ崎さんとは背中合わせになっていることから、ヘタに目立たなければ見つかりはしないということだった。

 しかたない。

 ここは枯れた松の木のように気配を殺して、二人が店を出て行くのを待つしかないだろう。

 顔をうつむかせながらできるだけ音を発さないようにしていると、背中から声が漏れ聞こえてきた。


「今日は付き合ってくれて、ありがとう、瑞季ちゃん!」

「あ、いえ、私も星ヶ崎さんとはちゃんとお話ししたいと思っていましたし……こちらこそありがとうございました」

「そうなんだ! うん、それならよかったよ〜……あ、『アイドル・セブンス・カラーズ』のポップアップストア、楽しかったね?」

「はい。たくさん素敵なグッズがあって目移りしちゃいました。特に『桜色フルール』のグッズの品揃えがすごくて……」

「! 瑞季ちゃん、『桜色フルール』好きなの!」

「あ、そうですね。初期からのメンバーがそろってますし、ユニットの中では一番お気に入りかもです」


 話しているのは、今期のアニメについて、か……?

 アニメ鑑賞は俺の数少ない趣味の一つであるため、そのタイトルは知っていた。


『アイドル・セブンス・カラーズ』


 一期に一つはあるアイドルもので、色とりどりの女性アイドルたちが互いに競い合いつつ成長していく王道のストーリーだ。

 それを星ヶ崎さんが話題に出したのは、意外と言えば意外ではあったが、とはいえ今は陽キャリア充でもアニメを見る層は一定数いるし、『アイドル・セブンス・カラーズ』自体が比較的一般にも受け入れられやすいタイトルでもあるため、そこまで驚くことでもない。

 ただ……


「ふふ、うれしいな! 瑞季ちゃんとこんな趣味が合うなんて思わなかった!」

「あ、はい、私もです」

「そうだ! だったら今度おそろいで『桜色フルール』デザインのシュシュを買おうよ!」

「え?」

「ほら、おんなじデザインのをおんなじ色でそろえていっしょにつけたらかわいいなーって思うんだ! あのポップアップストアってグッズに名前を入れてくれるサービスがあったから、それもやろうよ! デザインとかも種類がたくさんあるから、きっとわたしたちだけのオリジナルが作れると思う! それってよくない? いいよね!」

「あ、そ、そうですね……」

「だよねだよねー! ほら、名前入りの世界に二つしかないものをいっしょに持つって……なんか、と、の証みたいなんだもん! あ、二人でライブにも行きたいかも! 今度ツアーもあるし、二人でがっつり全通しようよ! 北海道から沖縄まで、全部いっしょに! そうしたらシュシュだけじゃなくて全身もそろえて双子コーデにして──」

「あ、あの……」

「?」

「えっと、その、提案はうれしいんですが、い、いきなりそこまでは……」


 女子のその言葉に、星ヶ崎さんがハッとした表情になる。


「! そ、そうだよね? あ、あはは、ごめん、ちょっと先走っちゃった……」

「い、いえ……」

「……」


 なんか星ヶ崎さん、いつもと様子が違くないか……?

 気になったのはそこだった。

 何というか、どことなく挙動不審というかテンションがおかしいように思える。

 そんなことを言えるほど星ヶ崎さんのことを知っているのかといわれると微妙なところだけれど、それでも教室内では彼女のよく通る声は意識せずとも耳に飛びこんでくるから、ある程度は把握している。

 少なくとも、こんな畳みかけてくるようなテンションではなかったはずだ。

 あとやけに早口なのも気になった。

 滑舌がとてもよく耳に残る特徴的な声だから聞き取りやすいものの、スピード自体は相当に速い。

 それに根本的な部分として……これが一番大きいのだけれど、何だかいまいち二人の温度感が嚙み合っていないように思える。

 それは星ヶ崎さん自身もそう感じていたのだろう。