学年で一番かわいい星ヶ崎さんと友だちになったら毎日密着が止まらない

第二話 星ヶ崎さんとデート ①

 春は一年で一番過ごしやすい季節だと思う。

 暑すぎず寒すぎず快適な気温の日が続くし、梅雨に入るまでは比較的天気も安定していることが多いため、体調も崩しにくい。

 桜が咲く出会いの時期だというのもポイントの一つだ。

 ヒラヒラと舞い落ちるピンク色の花びらを見ていると、それだけでどこか心が浮き立つような明るい気分になってくる。

 周りを歩く生徒たちもそうなのか、だれもが新しい出会いに心を躍らせるかのように楽しげな表情を浮かべながら歩みを進めている。


「……はぁ……」


 そんな春の陽気に包まれたうららかな朝の光景にそぐわず、俺はため息を吐きながら通学路を歩いていた。

 気が重い。

 果てしなく重い。

 まるで焼き肉食べ放題で調子に乗ってカルビばかり食べ過ぎた時のように、ずっしりと胃の奥に何かがたまっているような感覚。

 理由は……これだ。

 ヴィンヴィンヴィンヴィンヴィンヴィン……

 さっきからポケットの奥で親の仇のように振動し続けているスマホ。

 もうわざわざ確認しなくても、それが何かは俺にはわかっている。


「……」


 こめかみを指で押さえながらスマホを取り出すと……そこにあったのは画面をみっちりと埋め尽くす大量のメッセージ通知だった。

 送り主は言うまでもない。


「……星ヶ崎さん……」


 さっきから……というか昨日の夜から、ほとんど絶え間なく送られ続けている。

 およそ五分に一通の割合。

 さらに頭が痛くなるのは……内容のほとんどが、『けーくん、今なにしてる?』『わたしはね、ごろごろしてたー!』『今日の晩ご飯、エビ餃子だった!』とか、『動画に出てる猫ちゃんのへそ天がかわいかった!』とか、『えっと……えへへ、ただ送ってみただけ。けーくん、何してるかなって♪』とか、言ってしまえばどうでもいいことばかりだ。

 いや、友だちができてうれしいというのはわかる。

 俺のポリシーとは真逆だけれど、星ヶ崎さんはあれだけ友だちを熱望していたのだから、それは少しくらいは浮かれていてもおかしくはないだろう。

 だけどだからといって限度ってものがあるんじゃないだろうか……

 そんなことをしている間も、通知は表示され続ける。



『わたし、今、家を出たところだよ! けーくんは?』

『あ、歩道橋が見えてきた! けーくんは今どのへん?』

『わたし、今、踏切にいるの! 早くけーくんに会いたいな〜』



 いやメリーさんじゃないんだから……!

 このままじゃ学校に着くまでに届くメッセージは30通を超えるんじゃないかと思われたその時、ふいに後ろからぎゅっと腕をつかまれた。


「?」


「おはよ、けーくん!!」


「……」


 そこにいたのは、にこにこ笑顔の星ヶ崎さん(実物)だった。

 長い髪をサラサラと揺らしながら、今日もそこにいるだけで周囲の視線を一手に惹きつける綺羅星のような光あふれる雰囲気を醸し出している。


「十七時間三十五分二十八秒ぶりだね! 会いたかったよ〜」

「あー、うん」

「あ、今日は一限、古文だよね? わたし当てられそうなんだよな〜。うまく答えられるようにけーくんも祈っててくれるとうれしいかも。それでね〜」

「や、ちょっと待って」


 呼吸をするように当たり前に俺の隣にぴったりと並んで歩き始めた星ヶ崎さんを慌てて制する。


「?」

「もしかしていっしょに登校するつもりなのか……?」


 俺のその言葉に、星ヶ崎さんは心の底から不思議そうに目をぱちぱちとさせた。


「? 友だちはいっしょに登校するものじゃないの?」

「いやそれはそうかもしれないけど」


 それは世間一般の友だちの話だ。

 俺たちは友だちとは言っても、それは一種の契約関係に近い(仮)のもので、表向きは関係性はヒミツにするという話だったはずだ。

 そのことを伝えると、星ヶ崎さんは「あ……」と小さく声を上げて、散歩に連れていってもらえるかと思ったら実は予防接種に連れていかれるところだったことを理解した犬のように、目に見えてしょんぼりとした表情になってしまった。


「……そ、そうだよね。わたしみたいなカスの生ゴミが朝から隣でうごめいてたら、けーくんも不愉快だよね……」


 そうじゃない。

 落ちこむ方向性が違う。

 そうじゃなくて、星ヶ崎さんがかわいくて魅力的で目立ちすぎるから、いっしょにいるとこっちまで注目されるからイヤなんだよ……と、さすがにそこまで口には出せないが、そういった旨のことを遠回しにやんわりと伝える。


「……わたし、生ゴミじゃない……?」

「じゃないじゃない!」

「……そこはかとなく生ゴミ臭が漂ってたりしない……?」

「しないって!」


 むしろさっきからびっくりするくらいいい匂いがしている。


「じゃ、じゃあ、さんざん期待を持たされた挙げ句に、すぐにけーくんに飽きられて燃えるゴミの日にぽいっと捨てられたりしない……?」

「捨てられな──え、ちょ」


 だから何だってそう誤解を招くような言い方をするかな……!

 周囲を歩いていた生徒たちの視線が一気にこちらへ向けられるのを感じて、慌てて道の端へと星ヶ崎さんを引っ張っていく。

 少し考えた結果、こっそりとこう耳打ちした。


「ほら、それは……星ヶ崎さんが、特別だから」

「えっ?」

「星ヶ崎さんは、あんまりそれを他のやつらに見せたくないんだ」


 その言葉に、星ヶ崎さんは目をぱちぱちと瞬かせた。


「と、特別で大事……? わ、わたしが……?」

「あ、ああ……」

「ほ、ほんとに? けーくんだけのオンリーワン……? 秘密兵器……? そ、そっか。そうなんだ……う、うん、それなら、仕方ないかも……」


 うんうんと大きくうなずく星ヶ崎さん。


「と、……え、えへへ〜♪」


 途端に上機嫌になってにんまりとした笑みを浮かべる。

 チョロい……いや、こういうところが素直なのはとても助かる。

 とはいえ友だち一日目の、しかも朝からこれだ。

 これから先が思いやられる……



 春は出会いの季節だ。

 様々な出会いが交錯して、新しい関係性が構築される季節。

 だけど出会いにも色々あって、人生において転機となるような晴れ晴れしいものもあれば、これはちょっと……と思われるような微妙なものもある。

 はたしてこの出会いはどっちになるんだろうか……


〝特別で大事〟が効いてくれたのか、教室では星ヶ崎さんは一定の距離を置いてくれているようだった。

 彼女はいつものようにクラスメイトの一軍たちの間で白鳥座のようにキラキラ輝いていたし、俺は俺で教室の隅の窓際で光合成をするミドリムシのようにもそもそと息をしていた。

 時折、星ヶ崎さんがちらちらこっちを見ながら目が合う度にうれしそうに手を振ってきたのは気になったが、それはもう仕方がない。

 やはり注目がないのは落ち着く。

 平穏はそれすなわち幸せ。

 学校生活はかくあるべきなのだ。

 だけど一つだけ懸念事項があった。

 それは……


「……何でスマホは鳴り続けてるんですかね……」


 さっきから、ポケットの中で鬼のようにひたすらに振動し続けているスマホ。

 ちらりと見ると、その全てはLIMEの新着通知だ。

 その数……52通。

 言うまでもなく、俺にメッセージを送ってくる〝友だち〟は一人しかいない。

 そういえばクラスメイトたちと喋りながらも何かスマホを操作していたとは思っていたけれど……



『古典、当てられなかったよ! けーくんが祈ってくれてたおかげかな?』

『あはは、さっきの数学の時間、けーくん六回もあくびしてた。かわいい♪』

『ねえねえ、時々眼鏡をくいってするのって、けーくんの癖なの?』



 三分に一回くらいは送られてくるメッセージ。

 いやこれどれだけの速度でフリックしてるんだ……


 あとどうやら、〝特別で大事〟の効果も限定的みたいだった。