殿様気分でHAPPY!

一章「鬼が来りて」 ②

「そうですか。一応、女子武部連に更衣室のけいは命じてありますが。ことさん、それがに終われば何よりですね」


 話を振られた壬琴が「う、うん、まあ」と口をにごす。武部連とは、剣道部、柔道部、空手部など、武道系のクラブが作り出した連盟のことだ。壬琴は高等部一年の身ながら、すでに女子武部連の副リーダーに選ばれている。あらゆるクラブから引く手あまたで、試合があった場合などは実際にそのいくつかをかけもちする彼女ならではだ。


「ええと」場を取りつくろおうと、美亜ががおを振りまく。「この前生徒会で、高等部に入った一年のアンケートったんだよね。『将来きたいしよくぎようらんがあるって聞いたんだけど、兄貴は何て書いたの? あそ家の当主だって、表向きの職業が必要だもんね」

「おれはけんじつなサラリーマンを目差すのだ」

「シェフにでもなったら?」とこと。「おまえ、これだけはなかなかのモンだぞ。サラリーマンになったって、おまえじゃ出世は一生望めないだろうし。かといってほかに何のしよくぎようが向いているかっていわれると、まるで思い浮かばないもんな。ゴザかぶってその辺で寝っ転がっているほうがよっぽどさまになる」

「ひとつめて、あとはぼろくそだな、おい。いいんだよ、毎朝満員電車にられながら会社にいくのが、おれのつつましい夢なの!」

「どうせまた、よからぬこと考えてんだろー」

「そうそう、兄貴のことだから、鉄道けい隊に目をつけられるのも早いと思うな」


 と、朝食の場がようやくなごみかけたそのとき、


「世界各国の美女を集めてハーレムキング。わはははのは」


 ぶほッ、とかずは口にしたばかりの牛乳を吐き出しそうになった。壬琴もも固まっている。みづきは相変わらずの無表情でつづけた。


ごうプレイメイト盛り合わせつき。とっかえひっかえ、あとくされ一切なし。愛のでんどう、性の教祖さま、アマゾネス軍団の首領。サタンの足のつめ」ぺらぺらとしゃべったのち、みづきはじっと一馬を見つめた。「『将来きたい職業』らんに、そう書いた生徒がひとりいました。一馬さん、これはどういうことでしょう」

「どういうことでしょうって……な、何でおれにくんでしょう?」


 むせこんだ一馬は相手のまなしと直接対決する勇気がなく、ややその上あたりを見ていた。ひと昔前のお姫さまカットみたいにおでこを出し、サイドをあごのラインで切りそろえている。いまどき古いセンスなのだろうが、みづきにはこの上もなく似合っていた。


「見くびってもらっては困ります。わたしは生徒会長ですよ。全校生徒の筆跡かんていができるくらいは当然でしょう」

「当然じゃないと思う……」

「それに、あんな幼稚園レベルの文章で、小学生レベルの内容をおくめんもなく書く生徒など、あなたくらいのものです。答えなさい、生徒会のアンケートにあんなことを書くなどと、いったいどういうお考えなのです?」


 新聞紙を広げて朝食の席との境目を作ったけんぞうの肩がふるえていた。笑いをこらえているのだ。

 一馬は内心あせった。あれはとなりの席の悪友を笑わすためだけに書いたのだが、まさかアンケート全部にみづきが目を通すとは思いもしなかった。じようだんなど彼女には通じない。一馬自身が一番よくわかっている。本当のことを答えても、うそを言ってごまかしても結果はいっしょだ。ならば……。


「……たとえば、だれかがそのアンケートに政治家、と書いたとします」


 少しのしゆんじゆんののち、一馬はそう切り出した。おお、と美亜の目が丸くなる。妹である彼女にはわかったのだ。兄があえてらいげんへ足を踏み出したことが。


「みづきさんは、筆跡でそれをだれが書いたかわかります。きようを持ったみづきさんはその生徒にわざわざ会いにいき、根り葉掘りき出そうとします。いったい、どんな政治家になりたいのか、それまでのしよくぎようはどうするのか、いやその前に大学は、一族のこともどうするのかも含めて」かずはひと息置いて、そこではじめてみづきとせんを合わせた。「……さて、その相手に答えるはあるでしょうか?」


 こともごくりと息をむ。この男はアホか、というきようを改めて抱いたようだ。

 みづきは首を横に振った。


「ありません。生徒会長といえど、そんな権限はありませんから」

「じゃあ、おれも同じです。おれもみづきさんに答える義務はありません。……でしょ?」

「いえ、わたしが訊きたいのは」

「どうしても知りたいのなら、考えをめぐらしてみることです、会長」ふっと笑って一馬は言った。「ひとつの答えの中に、その人間の一〇〇の真実がかくされていることだってあるのです。何もその人間の口から訊き出せることがすべてとも限りません。あそ一馬という人物、それほど浅くはないのです」

「そうなのですか。あなたのことなど考えたこともありませんが」


 みづきはさらっと一馬を傷つけつつ、しかし思案に暮れるように視線を宙に泳がせた。一馬にとってのそれからの数秒は、はくひようを踏む思いで過ぎていった。が食後のお茶に手を伸ばしかけたとき、


「わかりました。今回はわたしの非を認めましょう。確かに出すぎた質問でした。あなたがなぜあんな答えを書いたのか、少し時間を作って考えてみます」


 せんを戻してみづきは言った。鼻筋の通ったすずやかなぼうがなぜだかりんと燃えている。思わずかずはたじろいだ。


「いやー……まあ、あの、そんな真剣に悩まなくてもいいんですけどー……」

「いいえ。幸い、生徒会室のとなりにはめいそう室も用意してあります。本来は霊力イイロとうかつするしきのために使用されますが、生徒会役員ならば精神集中のために使用することも許可されていますので。そこでしばし瞑想にふけりましょう。出すぎた真似まねをした自分自身をいましめる意味でも」


 みづきは他人ひときびしいと同時、自分にも厳しい。だからこそからかわれるのがまんならないのだ。一馬は自分で自分の退路を断ったような気がしてならなかった。

 きゆうにお湯をそそが、そのとき、「骨は拾ってあげるから」と小声でつぶやくのが聞き取れた。


 二階の自室に入った一馬は、朝っぱらからどっと疲れを感じた。できるなら、このままベッドで横になりたい。が、学校をサボればもっとやばい状況になるのはわかりきっている。仕方なく、彼はかばんに教科書などを無造作に突っこみはじめた。

 今日は、そう、みづきの言ったとおり、身体測定の日。

 去年まではそのに余念のなかった一馬だが、今年は事情が異なる。去年、女子の着替えや測定の風景などをかくしカメラでおさめた写真などは、文化祭の裏でこっそり売りさばいたのだが、これがまた笑いが止まらなくなるほどいい売れゆきを示した。そしてその直後、生徒会に密告され、今度は涙が止まらなくなるほどのきを受けた。だだっ広い学園のしき内すべてのせいそう作業を命じられたときは、半分本気で学園からとうそうしようかと思ったほどだ。

 おれだって大人おとなになったんだから。……みづき相手にはそう言った一馬だが、確かに彼は大人になっていた。去年の教訓をかして、今年はちょっとやり方を変えてみよう、と思えるくらいには。

 彼は鞄に一本のビデオテープを忍ばせた。


「ふっふっふ」


 あやしく笑う一馬は、まさに学園中のめいいつしんに負って立つおとこその人にふさわしいがおをしていた。

 そんな彼だから、けんぞうと三人娘が、昨日の一馬のをあえて朝食の席で口にしなかった気づかいなどかんづきもしなかったのだ。