殿様気分でHAPPY!

一章「鬼が来りて」 ③

2──

 一族のがいねんについて、実はかず自身もそれほど詳しいわけではなかった。

 いや、一族の存在がどのようなものであるかについては、もう子供のころからさんざんけんぞうに教えこまれてきたし、必要とあれば、一族の子供たちだけを集めた特別クラスが開かれて、学校で授業を受けることもあった。それによると、彼ら〝結界のたみ〟とは、『たいの時代、この世の定義を定めた血族であり、そののち、結界となってそれを守っている』存在なのである。


「ふぁーあ」


 校門をくぐり抜けながらおお欠伸あくびする一馬にとっては、ただのそらごとでしかない。


「よう、あそ


 校門わきに立っていた男子生徒が声をかけてきた。四人で校門を固める彼らは、そのわんしようから風紀委員と知れる。


「今日は身体測定だな。あんま、さわぎを起こすなよ」

「そうそう、立場上、何かあったら、おれたちは武部連と協力してお前を捕まえにゃならんからな」

「が、個人的なおまえのアルバイトには目をつぶり、そのふところを金でうるおしてやってもいい」


 しかつめらしく四人目が言うと、残り三人もうんうんとうなずく。期待してるぞ、とその目は訴えかけていた。


「ははは、おれも大人おとなになったんだよ、せんぱい方」


 一馬はそう言ってあきらめさせようとしたが、中等部の一馬を知っているだけに彼らはそれを信じず、がおで一馬を見送った。

 三年前に一馬がへんにゆうしてきたこの学園は、初等部から高等部までを抱え、さらに数種類の専門学校までもサポートしている巨大学園だ。生徒総数は三万人を軽く超える。そのすべてが一族の人間である、と剣三に聞かされていたが、クラス中をざっと見渡しても、廊下に出、窓から中庭を見下ろしても、別段、ほかの学校と大差はないように感じる。

 以前に彼が通っていた学園とて、一族の経営する、いわばその子弟の教育施設としての一面を備えた私立校だったが、確かそのときの一族が占める割合は二割もなく、普通の学校と違う点といえばさっきもいったような特別授業が月に一回あるかないかくらいで、ほとんど他の学校と大差なかった。

 このあま学園への転入が決まったとき、一馬は落ちこんだ。ただでさえ一族内では肩身のせまい彼だ。前の学校でも、一族の人間がクラスメートになったりすると、ことあるごとに他の生徒にはわからないいびり方をされたりもした。普通、の盟主家、次期当主相手ともなれば、おない年の子供だって、一族に関連したイベントで出会うときは敬語を強要されるものだが、その素質が何もない『能無し』では、彼らの取るむしろくだしたような態度も無理はない。

 それがあなた、一〇〇パーセントが一族って。

 みづきとことに再会したのも、このへんにゆうのときだった。再会といったって、小さいころに二、三度、これもイベントごとに会ったきりで、ほとんど名前くらいしか覚えていなかったのだが、さすがにどちらもの盟主家の中でもとびきり名家のお二人、一応はあそ家の次期当主であらせられるかずに対して、相応の態度と敬意を保っていた。


「いくら生徒全員が結界のたみとはいえ、特別なことが起こらない場合は、普通の学校と何ら変わりありません。あまりきびしい取り決めもありませんが、一応は、学校内で一族間の話をしたり、相手の家柄をせんさくしたりするのも禁じられております。あまりかたひじ張らず、一生徒として学園生活をお楽しみください」


 その頃は、まだみづきさんもやさしかったっけか……こうがんの美少年だった中学生の自分を思い返しつつ、一馬はそんなかんがいを抱いたが、ふと、あれ、そうでもねえや、と思い直した。

 むしろ、あのときはいま以上にみづきが恐ろしかった気がする。ほとんど何の感情も感じさせないあのたたずまい。見た目、顔形が整っているだけに奇妙に作りものじみた印象があった。


「ん?」


 と、一馬は庭をやたらと走り回っている一団があることに気づいた。動きを目で追っているうち、ひとりがこちらに気づいて指差してくる。皆もいっせいに一馬を見上げた。一馬としてはエールを送るつもりでにこやかに微笑ほほえんで手を振ったのだが、相手は怒り狂ったり、だんを踏んだり、指でのどっ切る「キル・ユー」のぐさをしたり。人望というやつだ。


「いや、違うだろ」


 後ろから声をかけてきたのは中等部からの悪友、はやかわだ。地の文に突っこむとはなかなかいい才能をしている。つき合いが長いぶん、単に一馬の考えがお見通しなだけなのかもしれないが。


「敵にエールを送られても、からかわれてるとしか思えんわな、普通」

「何をいう。おれは敵だなんて思っちゃいない」

「女子武部連だぜ? 早期にけいかいして、あたりを見張ってるんだろ。あそこにいるのは去年、おまえに着替えをとうさつされたゆみだし、あそこでりかかってんのは、一昨年おととしにブラジャーがけているテニスルックを撮影されただな。というかあそこにいる全員、おまえへのふくしゆうのために武部連に入った生徒ばっかりだ」


 ううむ、と一馬はじゆうめんを作った。が、彼にも言いぶんくらいはあった。


「おれは良心的なほうなんだぞ。洒落しやれにならない部分は絶対表ざたにしない。変なしゆがあるとか、だれかとの密会デートとか。それに、着替えの件にしたって、ヌードは決して流さないし、もしれてたとしてもおれははいするんだ。グラビアアイドルと同じ基準でヌードとセミヌードを区別し、ぎりぎりセミヌードくらいなら公開にふんぎるというわけだな」

「そう誇らしげに胸を張られてもな。いったい、どういう基準なんだよ」

くびだよ!」彼は力説した。「乳首こそが最終ぼうえいラインなんだ。『ついに脱いだ!』って写真週刊誌の見出しにおれが何回だまされとた思ってるんだ、この野郎。両手でかくすいわば手ブラをしてたり、れたTシャツ越しに、うーん、そういわれると、目をらせばうっすら見えるような、くらいのけレベルCだったり。そうやってファンをそそるんだ、あおるんだ、商品価値をあとへとつなぐんだ。乳首をさらすというのは、いわばもうこれ以上見せるものはないワ、っていう最終段階。だから彼女らはかくすんだ。隠し通すんだ。それでおれはさとったのだ。いくらとうさつだからって乳首だけは絶対だ、とな!」


 汗を散らし、目を血走らせ、こぶしを振り上げる。ふと気づいてみれば、はやかわはさっきより三歩ぶん、かずきよを置いていた。む、と我に返った一馬は廊下をそろりと見渡してみる。朝っぱらから「乳首、乳首」とれんする男へそそぐにふさわしいせんの山が彼を出迎えた。

 じとっとした冷や汗が首の後ろにいた。と──、


「能天気で楽しそうだな、あそ


 男の声で呼びかけられる。そちらを見やった一馬はいやな顔をしそうになったが、すぐに、


「よっ、しんちゃん」


 とおうように返事してやった。一年上のせんぱいに対してかなり気さくな態度だ。親しみをこめたあいさつなのだが、相手には一馬のその親愛の情がいつもながら伝わらない。


「貴様」


 とすごんだのは、当の「新ちゃん」ではなく、その後ろにしんのごとくひかえていた二人組のほうだ。「新ちゃん」は、よせ、というように手を出して彼らの怒りを押しとどめた。

 その偉そうな態度といい、非の打ち所なく整った顔の作りといい、この生徒会副会長どのにはどこか昔ながらの良家の武士を思わせるたたずまいがある。また、彼も一馬がへんにゆう時に再会した一族のメンバーのひとりで、実際に家の若さまなのだからあながち遠くかけはなれたイメージというわけでもなかった。


「いつものことながら、人をった呼び方をする。おまえごときに『ちゃん』呼ばわりされる筋合いはない。きちんと、『八咫しんすけさま、おはようございます』と言えんのか」

「やだチンのスケさまお早うございます」

「よし……」もっともらしく新之助はうなずきかけたが、「ま、待て! 何だそれはっ!?」

「チンのスケさまは少々アレがお早いらしい。女の子に嫌われるタイプだと推測されるが」


 生徒会副会長は顔を真っ赤にした。背後に控えていた二人の男女のほうは、もはやかくしようもない怒りをおもてに乗せている。確か、二人とも八咫家に仕える家のあとりだ。


「……っと、いつものごとくおまえの鹿につき合っていられるほどひまじゃない」相当の怒りをみこんだのだろう、いくぶん苦しそうな声で新之助はそう言った。「おまえのところが取り仕切った昨夜ゆうべしき、今度、場と日時を改めてもう一度やることとなったぞ。ぶん、近いところでぼくの八咫家で行うことになるだろうがな」

「これも前例のないことだぞ、一馬」にやりと笑ったのは男のほうの臣下だ。「いくつめいな前例を作れば気が済むんだ? あそ家とて、歴史のある一〇八つの盟主家だというのに、おまえのせいでどんどん一族内のランクが落ちている」