殿様気分でHAPPY!

一章「鬼が来りて」 ④

しきちゆうで居眠りして、おまけに怖い夢を見たんだか知らないけれど大声出して」くすりと笑う女子生徒のしん。「まさくんの精神集中がけたせいで、菊理くくりひめさまはいったん〝ゆがみ〟を排除せねばならなかった。外法士のリーダーといえど、定められたおきてによってひと月に〝歪み〟を降ろせる回数は決まっているわ。菊理媛さまの顔にも泥をって、さぞかしいい気分でしょうね?」


 かずは無言だ。背が低く、そのくせくまのようにごつい体格をした男のほうはともかく、いやがおの女子生徒はスリーサイズまで暗記済みだった。あんたはくびまでってやる、と内心、彼なりに前向きなてきがいしんを燃やしていると、


「まあまあ、そういう嫌味な言い方はよせ」と、しんすけはどことなく楽しそうに二人の臣下を制した。「浅生一馬とて、好きで〝歪み〟を怖がったわけではあるまい。何しろ、彼はその生涯の中で二度も〝歪み〟にまれそうになったのだからな」


 通り過ぎていく生徒たちは、彼らのやり取りに一応は無関心をよそおっている。一族同士の、とわかる会話は本来禁じられているからだ。


「そうでしたわねえ。家の次期当主は、ほかの一族より早くに一度目の儀式を行うもの。だけれど一馬さんの場合は八歳のそのときも失敗、一三歳の二度目も失敗。わたくしはいま、一族の長い歴史書をひもいて、こういう前例が果たして本当になかったのかどうか、調べさせている最中ですわ。長い長い歴史の中、すうおく単位で一族の人間がいる中、まさか彼ひとりだけがそうであるはずがありませんからねえ。だって、もしそうだとしたら、本当に救いようがないんですもの」

「そりゃいい。よかったな、一馬。おまえのような能無しがひょっとしたらひとりくらい……」

「能天気で楽しそうだな、どめまとい


 廊下の向こう側から歩いてきた女子生徒がやにわに言った。どこかで聞いたようなその台詞せりふみようを呼ばれた男女が「何」と振り返る。

 スポーツバッグを肩に引っかけて、どこかいきなたたずまいなその女子生徒はむらくもことだった。


「うちのクラスの前でさ、おかしな話で盛り上がってるんじゃないよ。そろそろホームルームもはじまるし、さっさと自分のクラスに戻ったら?」


 い目のまゆり上げて、きりりと言い放つ。二人はいつしゆん気を吞まれかけたが、土留のほうが先に我を取り戻してせせら笑った。


「ふン。おかしな話がどうした? 夕べの儀式には、おまえが迦具羅代表として参加していたんだろうが。群雲家もとんだはじかされたものだな。そこの男に対し、だれよりもはらわたが煮えくり返っているのはむしろおまえのほうじゃないのか?」

「お兄ちゃんにひどいこと言わないで!」


 そう叫んだのは、ことの長身にかくれるようにして立っていただ。胸の位置まで持ち上げた二つのこぶしに、八の字に配置してややうちまたになった足。あれは確か──かずは息をむ──かがみの前でもう練習していた『こうのぽおず』だ。ごていねいに目はうるっとしていて、ほおもうっすら上気している。その手には可愛かわいがらのハンカチに包まれた弁当ばこがぶら下がっていた。


「お兄ちゃんにお弁当を届けに来たのに──ひどい、お兄ちゃんをいじめているなんて」


 かいりよくは抜群だった。うるうるとしたせんに当てられ、うっ、と、どめは口ごもる。周囲の視線も痛い。あっという間にれんな少女を泣かす悪者に仕立てられた土留のいかつい顔が真っ赤になっていた。


「壬琴くんの言うとおりだ。そろそろホームルームの時間だな。さあ、いつまでも遊んでいないでいくぞ」


 しんすけはとっとと二人を置いて立ち去っていった。二人のしんがあわててついていく。

 美亜はいかにもほっとしたようにため息をつき、それから弁当箱を一馬に差し出した。頭の左右でわえた長い髪をらめかしつつ、


「はい、お兄ちゃん。早起きして作ったんだから、残しちゃダ・メ・だ・よ」

「………………………………………………………………………………………………………」


 そんな妹のがおを間近に眺めること数秒。ひたいに怒りの血管が浮きはじめたので、一馬は仕方なくそれを受け取った。壬琴はすでに教室に入っている。「じゃあね」とにハートマークでもつきそうな声で言い置いて、美亜もけ去っていった。


「いい妹だなあ。おまえ、幸せもんだよ」


 しみじみとはやかわが声をかけてくる。無論、思われたくて、美亜はわざわざ弁当を二つ持っていったのだ。上級生の票までかせいで、いったい妹が何をやらかすつもりなのかは一馬にも不明だ。せんきよにでも出るつもりかもしれない。


やつ、今日の身体測定でくぎを差しに来たのかと思ったけど、何かようが違ったな」

「今年は大人おとなしくしておくよ。みづき──じゃなかった、くさなぎさんにも言われたしな」


 二人して教室に戻りながら当りさわりのない会話をする。彼の早川家ももちろん結界のたみであり、昨夜ゆうべしきには彼の父親が来ていた。が、学校ではあくまでも級友としての二人なのだ。


「生徒会長に? 朝っぱらから呼び出しらったのか」

「じゃなくて。昨日、草薙さん、家に泊まったからさ──」


 儀式のついでに、とは説明せずにそれだけ言うと、今度は教室内がしーんと静まり返ったのに一馬は気づいた。男女の区別なく、全員がこちらを白い顔で見つめている。「鹿」と小さく壬琴が口にした。


「生徒会長が泊まっただと!?」

「貴様の家に!?」

「いやあああーっ! みづきさまが汚されるぅ!」

「泣かないでっ、けい! みづきさまはそんなかんたんに汚れやしないのよ。毒虫が近づいた程度で何かが変わるような、そんな安っぽい方じゃないわっ」

「そうね、そうよね、かずだもんね。一馬相手にどうこうなんてありはしないものね!」

「一馬はだけど、妹さんはしっかりしているわ。大丈夫、そうよ、大丈夫よ!」

「いいや、ひとつ屋根の下にいたってだけで、おれは許せん!」

「死ね! 頼むから、今日といわず明日といわず、いますぐ首をっ切って、死ね!」


 さつさえうず巻く教室内を、一馬はひたすら逃げ回るとなった。これも、人望というやつだ。


 その日の高等部は、四時限目から異様ともいえるほどのけいかい態勢がかれていた。

 中心となっているのは、無論、ことが副リーダーをつとめる女子武部連の皆さんである。五時限目からの身体測定にあわせ、けんしつ周辺はもちろん、そこへ通じる廊下はすべて検問が設置され、通りかかる生徒は男女の区別なく生徒手帳の提出がづけられた。一昨年おととし、一馬はじよそうして保健室に堂々ともぐりこんだけいれきがあるためだ。

 竹刀しないたずさえた女子剣道部が検問を守れば、女子柔道部員が周辺のパトロールを行い、弓矢で完全武装した女子弓道部と女子アーチェリー部が、去年の二のまいけるため、どこぞの鹿たれがい登って来れそうなかべの前にじんる。

 女子フェンシング部、女子空手部──とにかくあらゆる武道系の部がぼうえい陣をになっている。そして武部連ではないものの、新聞報道部が四時限目からの一馬の動きを望遠カメラでぴったりマークしているので、その辺の情報収集にも抜かりはない。そうしたかんぺきじんの中、変わったところでは、最悪の事態に備えて『くろしろじゆつ研究同好会』が一馬のじゆさつに動きはじめたといううわさまであった。

 副リーダーの壬琴のもとへとそれらの情報はちくいち届いている。が、正直に言うと、今回の件、決して壬琴は乗り気ではなかった。別に、のぞかせてもいいじゃん、見せてやりゃいいだろ、ってなことではなく、馬鹿一匹のために何もそこまでしなくとも、というのがほんなのだ。

 壬琴本人は覗かれたことも、とうさつされたこともない。彼女のほとんど野性じみた本能のせる技で、邪悪なせん気配けはいは決してのがさないのだ。そうした点も、彼女のやる気をぐ理由のひとつだった。


「まあ、痛い目見せたほうがいいとは思うけど」