殿様気分でHAPPY!

一章「鬼が来りて」 ⑤

 そんなのはあとで個人的にでもやれば済むだけの話だ。もし今回も一馬が何かたくらんでいるようだったら、壬琴は彼を新品のサンドバッグにして女子空手部にでも売りつけてやるつもりだった。

 そして、高等部一年生の身体測定が終わりをげた二時間後──。ほう後をげるチャイムが広々とした校舎内に鳴りひびく。

 生徒会室で書類をまとめていたみづきが、その紙のたばをとんとんとつくえに打ちつけてかどをそろえたところだった。

 がらっとドアが開き、ことが入ってくる。


「しっつれいしマース……あれ、だれもいないの?」

「さっきまでさんがおられましたけれど。あいつめ、おかしい、何かある、と言い残して去っていきましたわ」

「うーん。やっぱり皆そう思うよなあ」

「なぜです?」


 しんそこそうにみづきは小首をかしげた。長机の中央にあったポットに手を伸ばし、お茶の葉をきゆうに入れる。学校の備品なのでもちろん安物だが、みづきがれると、ただそれだけで何だかどうの達人に淹れられた高雅なぎよく、という感じがする。


「『なぜです』って、だって、何にもなかったんだよ? まあ、この二時間、新聞報道部のマークは外れなかったし、彼らによると、かずはずっと学校に居残って、友達とウノだか何だかやってたみたいだけど」

「ということは、何もないのでしょう? はい、お疲れさま。おあがりなさいな」

「あー……うー……、うん」みづきにうながされて、壬琴は素直にみを手にする。「みづきねえは不思議に思わないの? これだけのけいかいかせたのはみづき姐本人でしょ」

「そうですね。不思議といえば不思議ですけれど」


 みづき自身も湯吞みを両手でかこう。みづきのそれは全面に白いテープを巻きつけてある奇妙な品だ。のせいか、みづきの表情がふわりとやわらいだように見えた。


「でも、何もなければそれに越したことはありません。わたしはあそ一馬がようやく次期当主としての自覚を持ちはじめたのだと思っているのです」

「えーと、でも、夕べはさあ、ほら」

「〝ゆがみ〟におびえてしまうのは致し方ありません。実際に、一馬さんは二度〝歪み〟にまれかけているのですから」


 誰かさんと同じこと言うなあ、と思いつつ、壬琴はうなずく。


「だからといって、これからしきを浅生家に任せてはいけない、というのではなく、だからこそ、これからああいう場を持たせていくべきなのです。力のない一族のたみは確かに異例かもしれない。ヅチをどうするか、という問題もあります。おそらくさんが受けぐことになるでしょうが、しかし、前例にないからといって、うろたえるばかりでは何も進まないし、ないがしろにすることもあってはなりません。そう……わたしは、壬琴さん、言ってしまえば、一馬さんを尊敬している部分もあるのです」

「何と」


 本気でびっくりしたことあやううくみを落っことしそうになった。かずを尊敬。そりゃ、おけらだってあめんぼだって生きているんだから、何かしら、尊敬できる部分もあるかもしれないが。にしたって。

 みづきは湯吞みを手にしたまま窓へ目を向けた。ほう、そろそろ部活動がはじまる時間帯だ。遠くから生徒たちの活気が音となって聞こえてくる。


「女子武部連の皆さんにはごめいわくをおかけしましたが、彼女たちだって、こういう結末が本当は一番望ましかったはずですよ」

「うん、まあ、理屈はそうなんだけどね……。でも、何つうかさ、言っていい?」

「何でしょう」

「みづきねえって、変わったよねえ」

「そうですか」

「そりゃ、あの一馬の鹿だって変わるかもしれないけどさ、みづき姐のほうが変わったって、あたしには思えるな。昔はさ、もっと──」

「やっほー」


 ほがらかな声とともにふたたびドアが開いた。入ってきたのは中等部の黒いブレザーを着ただ。


「やっほー、ではありませんよ、美亜さん。ほかだれがいるのかわからないのに、きちんとしたごあいさつをなさい」

「あはは、ごめんなさい。それよりさ、兄貴、今日は何かやらかした?」

「いや、それがさ──」

「いま、ちょうど、一馬さんも成長したと二人して話していたところです。何事も起こらない、安らかな一日でした」


 みづきが言い、壬琴はふたたびぎょっとなった。何となくいまの言いようにおどろきを感じたのだが、理由までは自分にもわからない。


「へっへえ。だと思った。壬琴姐も気づかないなんて、結構、兄貴にしちゃ工夫したほうなのかもね」

「? どういう意味だよ?」


 壬琴はみづきと顔を見合わせる。と、美亜はかばんをごそごそあさり、中から一本のビデオテープを取り出した。


「これ、なーんだ?」



3──

 新聞報道部のマークが外れたのを知ると、一馬は席から立ち上がった。


「んだよ、勝ち逃げかよ」


 ふてるはやかわを無視して、かずが向かった先はちようかく室だ。教材用のビデオを返却するために準備室のかぎは預かっている。無論、このためにわざわざ自分から返却を申し出たのだ。

 準備室に入るとあんまくを引いて、一馬はかばんから八ミリ用のビデオテープを取り出した。

 ふっふっふ、と不敵に笑いつつも、彼は昨夜ゆうべの苦労を思い出していた。

 ことたちがはなれのに入りたいと言い出したとき、一馬はめんどうくさそうな顔をしながらも、内心では「やった!」とかいさいをあげていた。どうせが二人をさそうだろうということは想像がついていた。そして、いつものごとく妹が自分を使用人同然にこき使うだろうということも。

 あそ家の離れには、まきいてかす古いタイプの風呂があった。家のそれよりもかなり大きく、周囲にちくりんがあってぜいがあるというので、お客さんには大変好評だ。好評なのはよろしいが、そのための薪拾いや、火をおこす役、火の番をするのはいつも一馬の役目ということになっている。

 けむいのと暑いのとをまんしながらじっと火の番をするのは、当然のことながらぎよう以外の何ものでもないが、今回ばかりははちきれんばかりの期待感に胸が踊った。


「ねー、おっきいでしょ?」


 一馬が大量の汗をいている最中、中からは三人娘の声が聞こえていた。


「あ、本当だ。こりゃいいなあ。こんなでっかい風呂、家にも欲しいよ」

「欲しいのは薪拾いと火の番人もでしょー。いまなら兄貴もつけてあげるよ。ワンセットレンタル料三〇〇円」

「あっはっは、きよせいしたあとでもらおうかな」


 あんにゃろう。ぎりぎりと奥歯をみしめていると、


「ねえ兄貴ィー、もっと熱くしてよ」


 と中からリクエストが飛んでくる。へえへえ、と一馬はうなずいて、まめたんかまにくべはじめた。

 しかし、苦労ばかりでなく、中の会話を聞いているだけでも、これはこれでなまめかしいものがある。


「おねーさん、相変わらず男らしい身体からだつきしてますなあ」

「何だよ、もう。わかってるからいいんだよ、筋肉ばっかり、って言いたいんだろ」

「でもこうして間近で見ると、女の子だよね。くびれとかすごい。きたえてるからかな。胸も……うぐぐ、一年前くらいまではお仲間だと思ってたのにー」

「へっへえ。胸に関していえば、美亜のほうが男みたいだもんな」

「あーっ、ひどい! いいの、発育ちゆうなんだから!」


 うむむ。何がどうなって、ナニがそうなっているものやら。一馬は想像力をたくましくしながら聞き耳を立てていた。


「みづきねえは、すんごい肌きれい。わっ、壬琴姐、見て、見て」

「おっ。バスタオルの合間にくっきりと胸の谷間が!」


 何ィ。思わずかずのどがぐびりと鳴る。鳴ったそのとき、


「何ですか、二人とも。おではしゃが……あっ」


 あっ、て何だ!? 思わず一馬はかまに顔を近づけすぎて、あちゃちゃ、と、熱風に吹き飛ばされる勢いで後退した。


「もう、さん。タオルを返してください」

「ダメダメ。どうせ兄貴は外にいるから何も見えないって。……ぅわお」


 ぅわお、とは何だ。そんなにすごいのか、とひとりで息巻く一馬。と、


「ねーえ、兄貴聞こえてる? 兄思いの妹が、官能小説家ばりの表現力で、みづきねえたいを描写してあげよっか?」


 それはいい! と思っても、もちろん声に出せない一馬である。あははは、とくつたくのないことの笑い声が聞こえる。学校でやら、一族でやらの彼女はとかくりんぜんとしているというか、たからづかじみたイメージがあって、そのせいかとっつきにくい印象もあるのだが、仲のいい二人といっしょにいるときは普通の女子高生と変わらない。