殿様気分でHAPPY!

一章「鬼が来りて」 ⑥

 みづきとて程度の差はあれ、同じだった。


「やめなさい、美亜さん」

色の髪、うっすらと桃色にこうちようしたきめ細かい肌──その辺のじよゆうなど、小便くさい小娘にしか思わせないほどクールに整ったぼうの持ち主だが、肉体の描くラインはやはり一七歳の幼さを思わせてふっくらしている。そのギャップにまた、欲情をり立てられる男性も多いだろう。しかし、あと数年もてば、それこそモデル並の……あひゃ」


 ざばあ、とな水しぶきの音。


「もう、およしなさい!」


 どうやらお湯をびせかけられたらしく、ごほごほ、と美亜のせきこむ声がする。どうした、美亜。がんれ、美亜。おにーさんはもうそうの準備をして待っているのだぞ。

 ……などと、ひとりもだえる時間を過ごした一馬である。苦労の成果はいま、この手の中に。

 彼はドキドキしながらカメラをモニターにつなげ、テープを再生した。

 、三人娘のあでやかなたいかくりしたテープである。どうせ今日の身体測定はげんじゆうけいかいかれるだろうとは予想できたし、毎年毎年同じことをしていても芸がない。そこで今回、かずら家のしきの際、家にやってくるだろうみづきと壬琴をターゲットに、カメラを設置したのである。

 無論、多少ならずともリスクをうこととなる。しかしあそ一馬は男である。あえてこんなんな道をえらぶのもまたしゆのさだめ。


「販売ルートもいままでと同じ、手当たり次第、ってわけにはいかないよな」再生スイッチオン。「足がつかないよう、こっちもしんちようにリストを当たらなきゃ」


 テレビの前にかぶりつく。すなあらしが走ったあと、いよいよ映像が現れはじめた。

 ことの動物的本能をし、カメラは一台しかけられなかった。アングルが常に固定されていることになるが、どの角度が一番三人の姿を大きく、そして具体的に映し出されるか、計算し尽くし、じゆくりよかねねた上でかずえらんだその位置には間違いがなかったようだ。見ろ、いままさにうっすらと映る肌色の物体がぶねから上がり、こちらへ近づこうとしている。

 一馬はなまつばみこんだ。いったいだれだ? ? こと? それとも──みづき? 思わず握りしめるこぶしにも力が入り、てのひらには汗が浮かぶ。


『っこらしょ』


 とその人物は声を発し、おけの上に腰掛けた。

 ぬぐい一枚でかんさつをはじめたその人物は、たくましい肉体をしていた。肩のあたりに盛り上がった筋肉に目をうばわれる。腕の張りはどうだ。腹筋などでこぼこに割れているではないか。水滴をはじかんばかりのだんりよくに満ちたあの肌。

 らしい!

 とても七〇歳を迎えようとする老人には見えない!

 くびもばっちりだ!

 ブラボー!


「アホかああッッッ」


 一馬はリモコンを投げ捨てた。……はあー、はあー、と肩で荒い息をする。モニターではあそけんぞうがあられもない姿で鼻歌混じりに身体からだを洗っていた。無論、へんしゆう前なのでモザイクなどあり得ない。マニアすいぜん間違いなし。おえ。


「何で……じいさんが?」


 ふと冷静に立ち返って、モニターを改めて見てみる。祖父は朝六時の入浴をにつとしている。一馬がカメラを設置したのが昨日の夕方で、回収したのが朝の七時。

 と、いうことは。

 これは、美亜が……。

 ガラッ。

 一馬の背後でドアが開いた。人の気配けはいがあった。もちろんそれはわかっている。が、一馬は振り向かなかった。いいや、振り向けなかった。

 この恐るべきプレッシャーは何だ!? 背を向けていてさえ、しゅおおおお、と立ち昇る煙のようなオーラをたやすく想像させるほどのきようれつな圧迫感。

 そう、これは──さつ


「一馬さん」


 声をかけられる。返事はできなかった。もう一度、


「一馬さん」


 はい、と、今度は返事したつもりだった。が、声は出なかった。

 ぎくしゃくと、油を差すのを忘れた機械けの人形じみた動作で振り返る。

 そこに、鬼がいた。

 風もないのに長い髪がそよいで見えるのはなぜだろう。二つのひとみしらじらとした光を放って見えるのはなぜだろう。何より、その手にあるものは何だというのだろう。

 長い刀身をたずさえたそのひとかげは、一歩、かずへと詰め寄った。

 一馬は身動き取れなかった。られる、と思った。死ぬ、と思った。振り上げられた刀身の影が、一馬の顔を中央から両断した。

 しゆんかん


「うぐああああッ!?」


 一馬の口から、異様な悲鳴がほとばしった。

 斬られたわけではない。しんけんを振り上げていたみづきが、はっとして部屋のあちこちにせんを飛ばしている。


「うわッ、みづきねえ、やっちゃったか!?」

「兄貴!」


 すかさず準備室内にけこんできたことも、急に足を止めた。

 そこは暗がりだった。あんまくを引いたほうの室内にしてもあまりに暗すぎる。

 一馬はから転げ落ち、床の上でのた打ちまわっていた。苦しい──。身体からだが引き裂かれそうだ。まるで巨大な両手で頭と足をささげ持たれ、ぞうきんしぼりでもされているかのようにないぞうゆがみ、あり得ない角度に骨がたわんで、さらに血液を電子レンジでふつとうさせられる。


「壬琴さん、美亜さん、ヅチを! おのれの〝定義〟を保ちなさい!」


 みづきの叫びが聞こえた。壬琴と、美亜、両者が部屋の入り口から左右に散る。ドアの左右には無論かべがあるはずだったが、なぜか二人ともすり抜けた。

 いや、壁そのものが消えていた。部屋のありとあらゆる物体がりんかくを失い、やみの中に溶けていたのである。

 一馬は見ていた。

 テレビが立ち上がり、同じく輪郭を溶かしたビデオがふわりと空にい、まだかろうじて色と形を残していたてんじよう部分が折れ曲がるのを。紙のようにうすっぺらくなった時計がうねりながら針を逆流させ、黒板がけたけたと笑い声をあげるやいなや、机やがゴム細工になってタップダンスを踊り出すのを。

 部屋そのものがかいな法則性に支配されて、その法則が部屋に新しい姿形を備えさせ、狂った芸術家しか引けないようなきよくせんえがき、あくにしか創造できないような手足を闇の中へと生み出していく。

 を一馬は何と形容したらいいかわからなかった。

 それでいて最初からわかっていた。

 鬼だ。

 みづきを見たときもそう思ったが、そんなものではない。あれこそが本物の鬼なのだ。


、おまえのヅチかずを守れ! 一馬は〝定義〟を守れないんだ!」


 ことするどい声をあげた。その意味は一馬にもわかった。そう、自分では〝定義〟を守れない。人間の存在すら保つことができない。だから自分はしきに二度も失敗したのだ。


「わかった!」


 頭上に美亜の気配けはいがあった。ふわりと何かがなびき、そのまま一馬を包みあげる。しゆんかん、一馬をおそっていた苦痛がうそのように引いていった。美亜はいつの間にか制服ではなく、うすく、白い衣のようなものをまとっていて、その衣の一部で兄を包んでいたのだ。


「ぇええい!」


 壬琴が床をり、〝ゆがみ〟の中を浮き上がる。そこでは重力の〝定義〟さえもなかった。だからといって重力を好きに支配できる、という意味ではない。むしろ〝定義〟を失った人間は自分ではどうすることもできず、一歩歩くことすらおぼつかなくなるだろう。

 が、壬琴は結界のたみだ。と同時にだ。迦具羅とは、迦具土をあやつる戦士の意。そして迦具土とは、〝定義〟を自ら定めた、この世のものでない金属生命体にして、鬼に対する最強の兵器。



 足に巨大なつばさやしたようないまのことこそ、戦士としての彼女の姿だ。ヅチのその翼は、〝ゆがみ〟のこんとんとした空間の中においてさえ、彼女の意思どおりに重力を〝定義〟づけてくれる。

 鬼と化したちようかく室がふたたびうねった。