わたしで童貞捨てたくせに
第一話 幼馴染の裏表 ①
周囲を山に囲まれた、とある盆地の地方都市。
川沿いや街のあちこちでは、桜が咲き誇っている。
柔らかな日差しが降り注ぎ、頬を撫でる風も心地よい。
春は、過ごしやすい季節だ。
進級と共に顔ぶれが変わり、まだ少し周囲に遠慮気味な空気が漂う二年三組の教室。
開け放たれた窓から入ってくる風が、宏太の周囲と違った紅茶のような地毛の髪を揺らす。
宏太が自分の席で頬杖を突きながら、うとうととまどろんでいると、ふいにぺしりと頭を叩かれた。
「いてっ」
「宏太くんの薄情者っ」
正面に顔を戻せば、大きな瞳を釣り上げ腰に手を当て、咎めるような目をした女子生徒。
くっきり通った目鼻立ちに、スラリと伸びた手足。肌も透き通るように白く、街を歩けばすれ違う人の誰もが二度見してしまうような可憐な容姿。艶やかな長い髪を背中になびかせ、ぷりぷり怒っている様子でさえどこか品を感じさせる、大和撫子という言葉がぴったりな、楚々として少し儚げな見た目の女の子だ。
これほどの美少女に睨まれれば気圧されてしまいそうなものだがしかし、宏太は彼女の視線をさらりと受け流し、呆れたため息を返す。
「あのな、俺はちゃんと声掛けたぞ。チャイムも鳴らしたし電話もした。それに咲良自身、『あと五分~』なんて言ってたじゃないか」
「ね、寝起きの私の言葉を信じちゃいけないって、知ってますよねっ」
「知ってる。だからその後メッセージも送ったし、電話だって何回も鳴らしただろ?」
「お、おかげで遅刻しなくて助かりましたけど、先に行かなくてもいいじゃないですかっ」
「そりゃ、いつ起きるかわからないのも知ってるからな」
「うぐっ」
そう言って、咲良と呼ばれた少女は口を噤み、拗ねたように唇を尖らせる。
一方宏太はニヤリと口元を歪めて、揶揄うように言う。
「咲良って普段しっかりしているくせに、昔から時々大寝坊かますことあるよな。夜更かしでもしてんのか? なんか人に言えない趣味とかあったりして」
「~~もぅっ、知りませんっ!」
「ぁ痛っ」
顔を真っ赤にした咲良は、宏太のおでこにデコピンをし、不機嫌そうにふんっと鼻を鳴らして去っていく。
周囲からくすくすと忍び笑いと共に、「またやってる」「仲のいいことで」「一年の時もそうだった」といった囁き声も上がる。
宏太が大仰に額に両手を当てていると、咲良と入れ替わるようにして隣にやってきた男子生徒が、羨ましそうなため息を零した。
「はぁ、いいよな宏太は。宝仙寺さんと仲良くて」
「
宏太は苦笑しながら、友人である
するとこのお調子者然とした見た目の中学からのツレは鼻を鳴らし、肩を竦め、ジト目を向けてくる。
「何言ってんだ、毎日イチャイチャしてるの見せつけやがって」
「俺たち的には、いつも通りにしているだけなんだけどなぁ」
「はぁ~~、聞きました、奥さんっ⁉」
思わずといった様子で涼介が背後に問いかけると、うんうんと頷くクラスの男子たち。
宏太は内心、奥さんなのかよと突っ込みを入れながら苦笑する。
そして改めて涼介が咲良の方へ視線を向けたので、宏太もそれに倣う。
咲良はクラスの女子たちに囲まれ、話しかけられていた。おすすめのヘアオイルがよかった、昨日観た動画配信がどうこう、課題でわからないところがあってエトセトラ。
それらに対し咲良は、「すごくサラつやしてますね」「噂になってるだけあって面白かったです」「あれは私も手こずって」と、ニコリと嫋やかな笑みを浮かべて答えている。先ほどの宏太に対するどこか拗ねたような態度とは一転、見た目同様、物腰柔らかく淑やかなもの。
咲良は会話をしているだけだというのに、教室が華やぐような存在感があり、周囲の男子たちの視線を奪っていた。
ただでさえ見栄えのよい見た目だというのに、定期考査は常に一位をキープ。
体育の授業でもエース級の活躍をみせ、さらには生徒会にも所属。
まさに高嶺の花という言葉が相応しい少女といえるだろう。
事実、咲良は学園内でも名が広く知れ渡っている。つい先日、入学式では壇上で挨拶をしたこともあって、早速一年の間でも噂になっているのだとか。
涼介はつくづくといった風に呟く。
「宝仙寺さん、可愛いよなぁ」
彼の言葉に同意とばかりに、うっとりとしたため息を漏らすクラスの男子たち。
宏太もまた、誇らしげに頬を緩める。
「ま、確かに見た目は無駄にいいよな」
「無駄にって。宏太、ただの幼馴染って言う割に、そこは可愛いとか思うんだ?」
「客観的事実としてね。春休み都心部の繁華街に遊びに行った時、雑誌かなにかのモデルにスカウトされたとか」
「え、マジで⁉」
「すぐさま断ったらしいから、詳細は俺も知らないけど」
宏太がもたらした情報で、周囲がにわかに騒めきだす。
咲良は女子たちに囲まれ、奥ゆかしそうに笑っている。
涼介は感嘆の息を吐き、ジト目を宏太に向けた。
「宏太は宝仙寺さんの幼馴染ってことに感謝しないとダメだぞ。実際、宝仙寺さんと一緒のクラスになれて、ラッキーだと思ってる男子連中も多いし」
「ははっ……」
涼介の言う通り、宝仙寺咲良という少女は魅力的な存在だろう。
確かに宏太は、誰よりも咲良に近いところにいる。
それを羨む気持ちというのも、わかるつもりだ。
しかし宏太にとって、咲良はあくまで幼馴染でしかない。
そのことを
この日の二時限目の終わり際。
「この間のテスト、返すぞ~」
そんな数学教諭の言葉と共に、教室は阿鼻叫喚の声が広がった。
抜き打ちということもあり、平均点は五一点とあまりよろしくない。
涼介なんて答案用紙を受け取った瞬間、シンプルに「やば」と言葉を漏らし、青褪めて固まってしまった。相当悪かったのだろう。
時を置かずチャイムが鳴り、休み時間に突入する。宏太もまた、涼介と同じように自分の答案用紙を手に渋い表情を作っていると、ふいに背後から咲良が手元を覗き込んできた。
「難しい顔してますけど、宏太くんは何点でした?」
「うわっ、見るなよ咲良」
咄嗟に答案用紙を胸元に押し当て、隠す宏太。
咲良はといえば、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「もしかして、人に見せられないような点数だったとか?」
「……違ぇよ」
「あ、今一瞬間がありました」
「うるせーよ、そっちこそどうだったんだよ?」
すると咲良は自分の答案用紙を、ひょいっとなんてことない風に宏太の机へ広げた。
「九五。一ヶ所、ものの見事に引っ掛け問題に躓いちゃいまして」
「お、おぉ……」
そう言って咲良は、てへりとお茶目に舌先を見せる。
わかっていたとはいえ、しっかり高得点を取っている幼馴染に、頬を引き攣らせる宏太。
「隙ありっ」
「っ! ちょ、おいっ!」
すると咲良は無駄に高い反射神経で宏太の一瞬の隙を突き、ひょいっと答案用紙を取り上げる。そしてすぐさま、申し訳ない顔を返してきた。
「その、ごめんなさい……」
「何で謝るっ⁉ 六五点は別に悪くないだろっ」
「うん、平均点を考えるとそうですよね。隠すくらいだし目も当てられないくらい悪いとか、満点かそれに近い点数かと思ってたのに、エンタメ性皆無でして……」
「テストにそんなもん求めんな! それよりほら、後ろ」
「うん? ……ぁ」
宏太がひらりと手を振りながら咲良の背後を示す。そこには答案用紙を持って、そわそわした様子の女子生徒たちが居た。



