わたしで童貞捨てたくせに

第一話 幼馴染の裏表 ②

 彼女たちはおずおずと遠慮がちに咲良に訊ねる。


「その、教えて欲しいところがあって――」

「あ、はい。そこは引っ掛けでして、まずはこっちのほうに公式を当てはめて――」

「なるほど、そうなると次は――」

「そっちで出た解は、最初のでなくこっちの式に代入して――」


 咲良はそのまま宏太の席で、先ほどのテストの解説をしだす。

 成績首位を独走している咲良は、時折クラスメイトから勉強の教えを請われることがある。

 しかもその教え方はわかりやすく、女子生徒たちに理解の色が深まると共に、次第に気後れしていた男子生徒たちも「実はここを教えて欲しくて」と訊ねてきて、勉強会の輪が広がっていく。

 宏太は内心、自分の席でやれよと思いながらも、この場の盛り上がった空気に水を差すのも野暮だと思って席を立つ。そしてテストの結果でぐったりとしている涼介の下へ足を運ぶ。


「涼介も、咲良にわからないところ教えてもらったらどうだ?」


 すると顔を上げた涼介は、ニヒルな笑みを浮かべた。


「まず、どこがわからないのか、わからないんだ」

「……え、そんなに悪いの?」

「フッ、ほらこれ」


 そう言ってチラリと見せられた涼介の点数を見て、宏太は頬を引き攣らせ深刻な声を零す。


「うわ、やばいなこれ」

「だろ? ……どうしよ」

「いや、勉強しろよ」

「だよなー」


 そう言って乾いた笑みを浮かべる友人の目は、笑っていなかった。

 

 

 体育の授業は、隣の四組と合同だ。

 本日、男子はソフトボールだった。いくつかのチームに分かれての対抗戦。

 グラウンドの広さは有限、一度に全てのチームが試合をできるわけでなく交代制である。

 だから、それなりに自由になる時間も多い。

 外野ではどこか、のんびりとした空気が流れていた。がっつり身体を動かすものもいいが、こういうまったりしたものも、授業の合間のオアシスになって悪くない。

 ちなみに宏太の運動神経は、それなりといったところ。

 とはいえ、運動部で普段から身体を動かし鍛えている人には敵わない。

 のんびりと他の試合を眺めていると、ふいに体育館の方から歓声が聞こえてきた。

 すると隣でボーっとしていた涼介が、ふと気になった風に呟く。


「うん? 何かあったんかな?」

「体育館ってことは、女子のバレーか」

「行ってみようぜ、宏太」

「おう」


 暇つぶし、といったノリで体育館へと向かう宏太と涼介。

 二人と同じようなノリで覗きに行く男子たちも多い。

 体育館に着くと、既に多くの人で溢れかえっていた。

 その人の多さに、宏太と涼介は思わず目を丸くして顔を見合わせる。

 騒ぎの原因は、彼らが上げる声ですぐにわかった。


「宝仙寺さんのジャンプ力すごっ、球速エグッ!」

「てかあのボール拾えるんだっ⁉」

「あのフェイントは、傍から見ててもわからんって!」

「ポニテの宝仙寺さんもすっごくいいんだけど!」


 実力が拮抗し、一進一退の様子を見せるバレーボールの試合は、手に汗を握る。

 その片方のチームを牽引しているのが、咲良だった。

 相手チームは周囲の声を聞くに、いつも大会の一、二回戦で敗退してばかりとはいえ、半数を女子バレー部で占めているらしい。

 そんな彼女たちと比べても咲良は遜色ない動きをしているだけでなく、巧みに指示を出しチームと連携し、皆の力を引き出している。まるで指揮者さながら。揺れるポニーテールがタクトのよう。

 それだけに咲良の活躍が目立ち、魅入られてしまうというもの。周囲からは女子たちの黄色い声と共に「やっぱビジュ良ッ」「すごく推せる!」といった声も上がる。


(咲良、女子にも人気だからなぁ)


 宏太はそうした幼馴染を称賛される声を聞いて、誇らしく思うと同時にむず痒そうに笑う。

 すると隣からも涼介の、感心したような呟きが聞こえてきた。


「すげぇな、宝仙寺さん」

「あぁ、よくあれだけ動けると思う」

「そっちもだけどほら、よく動くから揺れるというか、危険な武器を隠し持ってるというか」

「っ⁉」


 少しだらしない表情をしている涼介の視線の先を辿ると、咲良の胸へと辿り着く。

 咲良は見るからに巨乳というわけではないが、制服の上からでもメリハリのついたプロポーションをしている。女子の平均を上回る、それなりのものをお持ちだ。

 その咲良の胸が、本人の動きに合わせ、ゆっさゆっさといった感じに揺れている。

 注意深く周囲を見てみれば涼介と同じように、よく弾む咲良の胸を見てにへらと緩んだ顔をしている人が、それなりの数がいた。

 咲良はただでさえ人目を引く容貌をしており、こういう機会についそこを見てしまう気持ちも、男としてわからなくもない。

 それでも自分の目の前で、幼馴染を性的な視線で見ていることを隠さない友人に釈然としない宏太は、ジト目で涼介のわき腹を抓った。


「そんな風な目で見るなよ、バカッ」

「痛゙っ⁉ おいおい、嫉妬かよ」

「違ぇよ――うん?」


 その時、周囲から悲痛な叫び声が上がった。

 何ごとかと視線を元に戻すと、ネット前で足を庇うように倒れ蹲る、咲良の姿。どうやらブロックした際、着地でへまをしてしまったようだ。

 すぐさま試合は中断され、試合をしていた他の生徒たちもオロオロするばかり。


「っ!」

「宏太っ⁉」


 宏太はすぐさまコートへ飛び出した。周囲から突然現れた男子生徒に対する驚きと困惑の視線が注がれる中、宏太はそれらをまるで気にも留めず、一直線に咲良の下へ。


「咲良、大丈夫……ではなさそうだな」

「こ、宏太くん⁉」


 いきなり現れた宏太に、咲良は驚きの声を返す。

 しかし宏太はそれよりもと、咲良の足を見てくしゃりと顔を歪める。


「捻挫か?」

「はい、多分」

「保健室行くぞ」

「わ、ちょっ⁉」


 宏太は躊躇いもなくひょいっと、咲良を横向きに抱きかかえた。いわゆるお姫様抱っこだ。

 いきなりの宏太の行動に、咲良は驚きと羞恥の声を上げる。そして周囲からは息を呑む音。

 咲良は恥ずかしさから身を捩らすも、宏太が「暴れるな、落ちるぞ」と窘めれば「うぅ~」と小さく唸り、大人しくなる。

 フッと頬を緩めた宏太は、すぐ近くに居た同じチームの女子生徒に声をかけた。


「すまん、後は任せていいか?」


 女子生徒は機械のようにコクコクと頷く。

 宏太は咲良を再度抱え直し、体育館を後にする。

 そして宏太と咲良の姿が見えなくなった後、「「「きゃーっ!」」」と体育館を揺るがすような大歓声が上がった。

 

 

 幸いにして咲良の足は、少し捻った程度でなんともなかった。

 痛みも引けば歩行にも問題ないと、養護教諭のお墨付きも得ている。

 宏太は幼馴染の無事に、ホッと胸を撫で下ろす。

 しかし先ほどは非常に大胆かつ、目立つことをしてしまったのは事実。だが宏太としては当然のことをしたまでで、もしまた似たような事故があれば、すかさず飛び出すのだが。

 当然というべきか、皆より少し遅れて帰ってきた教室では、「リアルでお姫様抱っことか初めてみた!」「めっちゃ反応早かったよな!」「見せつけやがって」「でもちょっと憧れるよね」といった話題で盛り上がっていた。

 もちろん宏太も涼介から「よくやるよ」とニヤニヤした顔で突っ込まれたし、咲良も女子たちに囲まれ、怪我のことなどそっちのけでお姫様抱っこについて言及されて赤面している。

 そんな感じで訪れた昼休み。

 いつものように机をくっつけて作られた席で宏太は咲良と涼介、それから活発という表現がよく似合う、上本うえほんまち菜子なこを合わせたいつもつるむ友人たち四人で弁当を囲んだところで、咲良は赤く染めたほっぺを膨らませながらジト目を向けてきた。


「もぅ、宏太くんは大袈裟過ぎますっ」

「ははっ、悪ぃ。つい身体が動いちまって。でも、何もなくてよかっただろ?」

「それはそうかもですけど……あの後、皆から色々言われて大変だったんですからねっ」


 するとぷりぷりした咲良の隣に座る、中一からの友人である陽菜子が、少し意地の悪い笑みを浮かべて問う。



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