わたしで童貞捨てたくせに

第一話 幼馴染の裏表 ④

 現に本の確認はゆっくりで、「これ、話題になってたから気になって!」「ハードカバーって高いから、自分で買うには中々手が出しにくい」と咲良に話しかけている。

 そして咲良もまた、「映画になるらしいですね」「私も買う時は文庫版を待つことが多いです」と楽し気に言葉を返せば、会話も弾むというもの。

 人当たりのよい咲良は、こうして庶務の仕事先で話が盛り上がることも珍しいことじゃない。


(これはしばらく、時間がかかりそうだな)


 あまり興味のないジャンルの会話で、彼らの輪の中に交ざれそうにない宏太は、こっそりとこの場を離脱する。

 退屈しのぎに何かないかと、当てもなく図書室内を散策することに。

 最近入った雑誌、それから各種図鑑、世界の遺跡や河川の写真集など、主に文字があまりないものをチェックしていくものの、どれも特にピンとこない。

 漫画があれば一番いいのにと思いつつ、さすがにそれはないよなと鼻を鳴らす。

 するとその時、一人の小柄な女子生徒が目に入った。

 上履きの色から一年生、書架の上の方へと手に持つ本を戻そうとしている。

 微笑ましくも危なっかしいなと思った宏太は、彼女からひょいっと本を取り上げ代わりに書架へと戻し、にこりと微笑む。


「これでいい?」

「へ? あ、ありがとうございます」

「図書委員の子?」


 宏太が女子生徒のすぐ傍にあった移動式小型書架ブックトラックに目を向けながら問うと、彼女はコクコクと頷いた。


「はい、そうです」

「手伝うよ」

「え、でもその……」

「手持ち無沙汰なんだ。時間潰しさせてよ」


 そう言って宏太が受付の方へと視線を促せば、そこにはお喋りに夢中になっている図書委員の男子と咲良の姿。事情を察した女子生徒はくすりと笑う。


「ふふっ、そういうことでしたら。返却の仕方ですが――」

「背表紙に貼られているシールを参照にして、でしょ?」

「はい」


 図書の返却も、去年何度か咲良と手伝ったことがあるので、お手のものだ。

 あまり量があるわけじゃなく、手分けをすればほどなくして終わる。


「これで終わり、っと」

「助かりました」


 律儀にお礼と共に頭を下げる女子生徒に、宏太はなんてことないよとひらりと片手を振る。

 そして彼女の視線が、チラチラと自分の髪に向けられていることに気付く。

 宏太の髪は、紅茶のような日本人離れした色をしている。咲良と一緒だと、彼女の方が目立つから霞んでしまうものの、人目を引くのも確か。

 宏太は自分の髪をひと房掴み、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「これ、地毛なんだ。珍しいでしょ?」

「え、そうなんですか⁉」

「母方の祖父が東欧の人だから、それで。触ってみる?」

「へ?」


 唐突な宏太の提案に、女子生徒は目を瞬かせる。すると彼女はしばし「うぅ~」っと悩ましい唸り声を上げた後、好奇心に負けたのか、おずおずと確認してきた。


「そういうことなら、ちょっとだけいいです、か……?」


 女子生徒がおっかなびっくりと、しかしそわそわした様子で手を伸ばしてくる。

 宏太が触れやすいように膝に手を突き屈み、頭を差し出す。

 するとその時、二人の間に底冷えするような声を浴びせられた。


「宏太くん、また、、ナンパをしているんですか?」

「ぴゃあっ⁉」


 思わず飛びのき、驚きの声を上げる女子生徒。

 宏太は声の主である咲良へ、抗議の目を向けた。


「誰がナンパだ、誰が。ただのちょっとしたコミュニケーションだろうが」

「はぁ、昔から目を離すとすぐに女の子に声を掛けるんですから……気を付けてくださいね? この人、口が上手い上、意外と手が早いですから。ぺろりと食べられちゃいますよ?」

「おい、風評被害!」


 しかし咲良は宏太を無視して女子生徒を案じ、諭すように話しかける。

 それでもあわあわと目を回す彼女は、やがて耐え切れなくなったのか、脱兎のごとく逃げ出した。


「す、すみませんでしたっ!」

「あっ」


 その姿を呆然と見送る宏太。

 咲良は「ふぅ」と息を吐き、くるりと身を翻す。


「はぁ~……用事は終わりましたから、教室に戻りますよ」


 宏太は慌てて後を追い、廊下へ。

 そして先ほどのことの不満を咲良へぶつける。


「おい、さっきの子に変な勘違いされたらどうする!」

「知りません。口説いてたところを邪魔された八つ当たりですか?」

「だから口説いてないって! ただ話をするきっかけにだな」

「スキンシップを図ろうとしたと」

「うぐっ、まぁそう受け取れるかもだけど」

「ほらやっぱり」


 言い負かされ、宏太は言葉を詰まらせる。

 昔から口げんかで咲良に勝てたためしはない。

 だから宏太は幼稚だと自覚しつつも、子供っぽい言葉を返す。


「ったく、咲良は昔からそういうところ、可愛げがないんだから」

「むっ、どうせ私は可愛くないですよーっだ。そういえばさっきの子、大人しくて従順そうで可愛かったですねっ。胸も大きかったし、宏太くんああいう子がタイプなんですねっ、知らなかったなぁ」

「んなこと言ってねぇ! はぁ、そういうところが可愛げねぇって言ってんの!」

「ぷいっ」


 そう言って咲良は拗ねたように顔を逸らす。と同時に、チラリと周囲に視線を走らせる。

 そして咲良は誰もこの場にいないことを確認してから、サッと宏太の傍に身を寄せ、底意地の悪い笑みを浮かべて耳元でこっそり囁いた。

 


「そんな私で、童貞捨てたくせに」


 


「っ⁉ おま、それは……っ⁉」


 いきなり過去のことをバラされ、慌てふためく宏太。

 咲良はその反応に満足したのか、楽しそうにくすくすと笑った。

 

 

 放課後、この日は生徒会で使用するボールペンやノートといった文具類の発注だけを済ませ、早々に帰宅した。

 もちろん咲良も、さも当然のように一緒に宮町家へと入ってきて、いつもの習慣で帰宅の挨拶を口にする。


「ただいま~、っと」

「俺んだが?」

「つまり、私ん家みたいなもんでしょ?」

「ったく」


 そう言って咲良はにししと歯を見せ、外での優等生然とした顔でなく、どこか子供っぽい無邪気な感じで笑う。トトトと軽い足取りで階段を上り、迷うことなく宏太の部屋へ。

 咲良はそれなりに整頓されている部屋の適当な場所にスクールバッグを置き、膝立ちのまま急かすようにバンバンとローテーブルを叩く。そしてベッドに腰掛け靴下を脱ぎながら言う。


「ほら、今日のテストの復習するよー。そこまで悪くはなかったけど、良いってわけでもなかったんだから」

「はいはい」

「もー、来年は受験生なんだからね、わかってる? 今のうちから準備しとかなきゃ、最後に焦るのは宏太自身なんだからね?」

「わかってるって」


 学校では見せないくだけた口調の幼馴染に、宏太は苦笑しつつ本日返却された答案用紙をローテーブルに広げた。すると咲良が傍にやって来て、肩をぴったりとくっつけて座る。

 いつもの二人の距離感で咲良は宏太が間違えた箇所を見ながら、一つ一つ要点を説明していく。成績優秀な咲良は、教え方も的確でわかりやすい。ことあるごとに勉強を見てくれるのは、お節介と思いつつも助かっているのも事実。


「以上、あとは自分で解いてみて。もしわかんないとこあったら、声掛けてよ」


 咲良は本棚へ移動し「あ、これの新刊出てたんだ」と呟き、ある漫画を抜き出しベッドの上にごろりと寝転がる。スカートも際どいところまで捲れあがり、角度によっては下着が見えかねない。しかし咲良はそんなことはさして気にした風もなく、機嫌良さそうにパタパタと足を動かしている。

 宏太は咲良の無防備な姿に、呆れたため息を吐いた。


(ったく、学校の連中がこの姿を見たらどう思うやら)


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