わたしで童貞捨てたくせに
第二話 噂の後輩 ①
午前中、移動教室で廊下を歩いていると、ふいに涼介が訝しむ声を上げた。
「なんだ、ありゃ?」
「うん?」
宏太が釣られて涼介の視線の先を追って、窓から下の中庭を覗くと、そこには一組の男女がいた。どちらも髪を明るい色に染め、制服も着崩しており、どこか軽薄な印象を受ける。
様子を見るに、男子生徒がひたすら小柄な女子生徒に話しかけているようだ。陽キャ同士の会話に見えるがしかし、どこか緊迫した空気も醸しており、なんともちぐはぐ。
彼らの声はこの二階までは聞こえてこず、状況はつかめない。宏太と涼介がもどかしい顔を作っていると、そんな二人の様子が気になったのか陽菜子もやって来て、窓から下を覗いた。
「どうしたのー……ってあの子、一年の
「知り合いか?」
宏太がそう訊ねると、陽菜子はふるふると顔を横に振る。
「いや、全然。けど、今年一年でめっちゃ可愛い子がいるって噂があってさ。あたし、こないだもあの子があそこで告白されてるの見たかも。あ~、てかこれも告白っぽいね~」
改めて羽衣と呼ばれた女子生徒を見てみる。セミロングの波打つ髪をなびかせ、一部纏めたところに髪飾り。アーモンド形をしたぱっちり大きな瞳に、隙なく施されたメイクは涼やかかつ華やかで、小柄だがスラリと伸びた手足からプロポーションの良さが窺えた。
なるほど、確かに咲良とはまた違った系統の美少女で、噂になるのもわかるというもの。
どこかクールな感じがする彼女は、孤高の美少女といったところだろうか。
事実、羽衣は男子生徒から話しかけられているが、どこかつまらなさそうに無表情で、宏太の評した印象を加速させる。そして宏太は呆れ交じりの嘆息を零した。
「確かに、かなり可愛い子だな。それでも告白って、一年とか入学してまだ二週間も経ってないだろうに」
「ま、それだけ可愛いくて有名になってる、って話だよ」
宏太が驚いていると、いつの間にかやって来た咲良会話に入ってくる。
「私も彼女のことを色々耳にしてますよ。二年や三年の先輩も彼女のことを口にするくらい、かなり噂になってるみたいですね」
「ふぅん……」
やがて羽衣は興味がなくなったのか、ひたすら喋る男子生徒をその場に置き去りにするかのように去っていく。その時も相変わらず無表情だったが、その顔はどこか迷惑そうにも見えた。
まだ四月も半ば、新入生なら相手の人となりもまだよくわかっていない頃だろう。
それなのに告白なんて、相手の表面というか顔しか見ていないといえる 。羽衣がそんな表情をするのも、わからなくもないなと苦笑い。
一方男子生徒はといえば振られた形になり、その場でがっくりと肩を落とし項垂れていた。
いつの間にか宏太たちと同じように見ていた野次馬たちからも、やっぱりねと言いたげな、残念そうなため息があちこちから漏れている。それから「相手の男子、正直釣り合ってないよね」「それにしても、あの反応はちょっと冷たいんじゃ」という、好き勝手囁かれる声も。
そうした声を耳にした宏太は眉間に皺を作り、感じたことを口にした。
「モテるってのも大変そうだな」
すると涼介が意地の悪い笑みを浮かべ、揶揄いの言葉を投げてくる。
「あらやだ、自分は宝仙寺さんがいるから余裕ですってか?」
「んなわけねぇっての」
相変わらず咲良のことで当てこすられ、宏太は渋面を作る。涼介は宏太の抗議の視線を、肩を竦めてさらりと受け流す。
すると陽菜子が、何の気なしといった風に呟いた。
「でも実際、あたし咲良ちゃんがちょっかい出されてるところはあっても、告白されたところ見たことないかも」
「あー、確かに」
宏太が同意の声を上げると、咲良がくすりと笑って答える。
「私自身、あまり恋愛ごとに興味ありませんって態度を取っていますから。だけどやはりそこは、宏太くんのおかげですね。カレシだと思われてますので。もっとも、私もその辺りのことは色々面倒ですから、宏太くんとの関係を聞かれても、特に否定していないというのもありますが」
「おい、もしかして俺がモテないのって、咲良が俺と付き合ってるって噂を否定してないせいか⁉」
「宏太くんは否定してるんでしょう? てことは他に問題、というか普通にモテないだけなのでは?」
「うぐっ」
宏太が言葉を詰まらせると、咲良はくつくつと愉快気に肩を揺らす。
そして咲良はひとしきり笑った後、視線を前へと促した。見てみると、涼介と陽菜子の背中が随分小さくなっている。
「ほら、私たちも行きましょう」
「おぅ」
どうやら涼介と陽菜子は、二人がいうところの宏太と咲良のいちゃつきに付き合っていられないとばかりに、先に行ってしまったようだ。
宏太は内心、一言掛けてくればいいのにと思いながら、咲良と共に彼らの後を追う。
そして咲良がどこかげんなりとしたように、先ほどの会話の続きを呟いた。
「それでも私、告白されることが全くないわけじゃありませんからね?」
「そうなのか。っていうか、自慢か?」
「違いますー。そういう人って、私に付き合っている人がいることを承知の上でぐいぐいくるので、厄介な人が多いと言いますか。それに思い込みも激しくて。私のこと、無邪気で純粋で色恋沙汰には疎いから守ってあげなきゃ~、みたいな自分の勝手な理想を押し付けてきて、その……」
「あぁ……」
はぁ、と咲良は辟易したため息を吐く。
なるほど、そんな相手のことを慮ることができない人に言い寄られるのは、話も通じないだろうし、さぞ疲れることだろう。宏太も思わず、同情からの苦笑を零す。
やはり、モテるってのも大変そうだ。
そのことを再認識していると、ふいに咲良が他の人に聞かれないよう、耳元に口を寄せて悪戯っぽい声色で囁いた。
「そんな人たちに、私は処女じゃないよって言ったらどんな顔するかな?」
「っ、んなこと絶対言うなよ、バカッ!」
「てへっ」
すぐさま宏太が肩を小突いて突っ込めば、咲良はまるで反省した様子もなく、舌先をチロリと見せて片目を瞑る。
もしそんなことを言えば、一番距離の近い宏太が犯人に見立てられることは明白。一体どんな逆恨みをされるか、わかったもんじゃない。まったく、この幼馴染ときたら。
なお、ジト目を向ける宏太たちを、少し先にいる涼介と陽菜子はまたいちゃついているなと、小さく
お昼休みを告げるチャイムが鳴るなり、教室は一気に騒めき出す。
涼介も購買のパンを求め、すぐさま教室を飛び出していった。
一方、宏太たちは机を寄せ合っていつものように席を作り、のんびり他愛のない話をしながら、息を切らせた涼介の帰りを待ってお昼にする。
今日の弁当は咲良が用意したサンドイッチだ。ふんわりタマゴ、アボカドとブロッコリーの入った海老マヨ、それにレタスと照り焼きチキンという、見た目的にも彩り鮮やかでオシャレな感じである。もちろん、食べ盛りの宏太に対してボリュームの面でも申し分ない。
味だって当然、宏太の好みを押さえており、口に運べばその美味しさにぐぬぬと唸る。どうやら咲良は最近また、料理の腕を上げたようだ。
咲良はそんな反応をする宏太にしたり顔。別に勝負をしているわけじゃないが、負けていられないという気持ちが沸々と胸に沸き起こる。
宏太が内心咲良へめらりと対抗意識を燃やしていると、陽菜子が何かを思い出したように話題を振ってきた。
「そういやさ、〝
するとすかさず咲良が、少し弾んだ声で答える。
「もしかして、今週末から公開する映画のことですか?」
「それ、オレも知ってるかも。確か原作が小説で、何かの賞を取ったやつじゃないっけ?」



