わたしで童貞捨てたくせに
第二話 噂の後輩 ④
「今頃、ひなちゃんも観てるかなぁ? 週明け、話すのが楽しみ!」
宏太も「そうだな」と同意して笑う。
するとその時、注文した料理が運ばれてきた。咲良の前に濃い緑色のカレー、宏太の前に鮮やかな黄色のカレーが置かれる。それぞれにサフランライス。
珍しいカレーを前に、宏太と咲良は期待の籠った感嘆の息を吐く。そしてスパイスの香りに食欲を刺激させられ、二人はすぐさま手を合わせてカレーに取り掛かった。
「ん、クリームみたいだな。レンズ豆とか初めてだ。それに独特の甘み……これ、ココナッツミルク? 咲良の方はどうだ? 確かそれ、パラなんちゃらだっけ」
「パラクパニール、インドのホウレンソウとチーズのカレー。ん~、言葉で伝えるのは難しいや。宏太のパリップと一口交換しよ? 確かスリランカのカレーだっけ?」
「おぅ」
互いの皿に手を伸ばし、それぞれ勝手に掬って口に運ぶ。
どちらも、甲乙付けがたく、おいしい。食べる手は止まらない。一口だけという約束なんてあって無きようなもので、シェアするように食べていけばほどなくして全てを平らげる。
そして咲良が満足そうに息を吐いた。
「ふぅ、今日のも美味しかった。全種コンプリートには、まだまだこの店通わなきゃだね~」
「かなりの種類があるもんな。世界中のカレーを集めた専門店を名乗るだけある」
「初デートで連れてこられた時は、カレーとかおいおいそれはどうなの、って思ったけどさ」
「ははっ、意外と悪くなかっただろ?」
「内装だってオシャレだしね」
店内へと目を向ければ、木材をふんだんに使い、柔らかで落ち着いた雰囲気をしている。洒落た音楽も流れ大人びており、高校生にとっては少し背伸びして入るような店だ。
この店は咲良と付き合った時、初めて食事に訪れた店でもあった。
事前の下調べでデートにお勧めとされていた記事を参考にしたものの、カレーとか野暮ったくないかとドキドキしていたことを思い出し、宏太は苦笑を零す。
そしてコップの残りの水を一気に飲み干し、咲良に訊ねた。
「さて、これからどうする? せっかくここまで出てきたんだ、映画だけ見てすぐ帰るってのも、もったいないし」
「そうだね。ん~、適当にそのへんの店でもブラブラ見てく?」
「いつものように?」
「うん、いつものように」
そう言って二人は、顔を見合わせくすくすとおかしそうに笑った。
店を後にした宏太と咲良は、駅と都市公園が併設されている複合商業施設へと移動する。
様々な店が入っているので、適当に散策するには打ってつけだ。ちなみに繁華街にやってきた時の、定番コースでもあった。
ぶらりと宛てもなく歩いていると、もう既に初夏に向けての服が取り扱い始めたようなので、自然とそれらを見て回っていくことに。
ただでさえ素材のいい咲良であるが、より自分を磨くことにも余念がない。咲良はどれが一番自分を可愛く演出してくれるか、服を選ぶ目も真剣だ。
宏太もまた咲良が服を見ている傍で彼女同様熱心に、自分に合う服を物色していた。
咲良は幼馴染のひいき目を差し引いても、見目麗しい少女だ。その咲良と常に一緒なのが宏太である。少なくとも身の回りのことに気にかけ、見劣りしないようにしなければ、胸を張って隣に並べないだろう。
気を引き締め、目を光らせる。
「お?」
するとその時、これは! と思う一着を見つけた。シンプルながら、小粋な意匠を施された洒脱なTシャツだ。
サッと広げて自分の身体に当ててみれば、サイズもピッタリの模様。これはいい。
買おうかどうか迷っていると、横から呆れたような、感心交じりのため息を吐かれた。
「宏太って、相変わらずセンスいいね。やんなっちゃう」
「そうか? そこはよくわからんが、これよくね?」
「うん、いい感じに似合うよ。ったく、これだから私が苦労するってーの」
「はぁ」
宏太はよくわからないなと返事をする。
すると咲良は眉を顰めながらなんでもないと
「それよりどっちが私に似合うと思う? 迷っちゃってさ」
「ふむ……」
問われ、咲良が選んだ服を見てみる。
夏を先取りしたお嬢様然としたサマードレスに、もう一つはティアードのスカートが特徴的な女の子らしいセットアップ。どちらも咲良によく似合いそうで、捨てがたい。
「どっちも、と言いたいところだな」
「それは予算オーバー」
宏太は「だよな」と笑って、再び服に向き直る。
どちらを選んでも正解のような問題だ。
その中であえて選ぶとなると、もう一つの基準を差し込む必要がある。
「ん~、俺としてはセットアップの方が好みかな」
「やっぱり? じゃ、これにしよ」
「やっぱりって。てかそれでいいのか?」
「そりゃ、こっちの方が宏太の好みだからね」
「そこ、俺の好みで決めるのかよ」
「だって、それ着た姿を一番多く見るのって宏太でしょ? 私としても喜んで欲しいし、宏太的にも自分好みの女を目にしたほうが嬉しくない?」
そう言ってにししと悪戯っぽい笑みを浮かべる咲良を見て、宏太の頬が熱くなる。
宏太は気恥ずかしさからぷいっと顔を逸らし、「おぅ」と素っ気なく答えると、咲良はおかしそうに肩を揺らし、揶揄うように言った。
「自分好みの恰好をしてくれる、可愛い幼馴染が居てよかったね?」
「言ってろ!」
その後もいくつかアパレルショップを見て回り、結局特に何かを買うことなくアーケード街の方へと繰り出した。
朝とは違い休日昼間ということもあって、繁華街は多くの人が行き交い賑わっている。
宏太と咲良は万が一逸れてはいけないと、どちらからともなく自然に手を繋ぐ。
流行り廃りの新陳代謝が盛んなこの街は、いつの間にか初めて見る店が生えてくる。
咲良がそんな店の一つを見つけ、興味を引かれたものを見つけたのか、くいっと繋いだ手を引っ張った。
「ねね、あの店覗いてみない?」
「あれは……」
咲良に促されて見てみると、アンティークとメルヘンが融合したかのような外観をした雑貨店だ。絵本の世界を体現したかのような雰囲気を醸しており、心惹かれるものがある。
宏太は咲良と顔を見合わせ頷き合い、店内へ。
中には可愛らしいキッチン用品や、インテリアとして使えそうな一風変わったデザインの家具、身に付けると心が華やぐような花をモチーフにしたアクセサリーが並んでいた。
どれもこれも個性的で日常に彩りを与えてくれそうなものばかり。
「ね、このアロマグラスとか宏太の部屋に似合いそうじゃない?」
「お、いいな。ていうかこれ以上、咲良の私物を俺の部屋に置くな」
「えへっ、別にいいでしょ。私のもう一つの部屋みたいなものだし。あ、こっちの冷めないマグカップっての気になる」
「どれどれ……構造的に魔法瓶みたいになっているのか。む、このバスケット、部屋のこまごまとしたものを纏めるのにいいかも」
「それなら、こっちのデザインの方が合いそうじゃない?」
「でもそれだと、容量的に微妙じゃね?」
「あー、確かに」
目新しいものを前に、気分は宝探しさながら。
その後も興味の惹かれるまま商品を手に取ってみては、咲良との会話も弾む。
結局わいわいと商品を手に取って話すだけで何も買わず、雑貨店を後にした。
アーケード街をぶらぶら歩き、適当な店に入っては冷やかす。
小腹が空いたら昔ながらの古ぼけた老舗の店で、カスタードクリームたい焼きを買ってシェアをする。頭側か尻尾側かは、公正にジャンケンで決めた。
気心知れた咲良とこうして遊ぶのは、ひどく楽しい。
そんな思いがふと、言葉となって宏太の口から零れ落ちた。
「変わらないな」
「ん、何が?」
「いや、何か付き合っていた頃とその前と、そして今と、ほんと変わらないなって」
「あー、確かにね」



