わたしで童貞捨てたくせに
第三話 素っ気ない後輩の本性 ①
週明けの月曜日。
宏太が休み明け特有の倦怠感を引きずりながらリビングに顔を出すと、母のリリーと咲良が朝食を食べながら、仲睦まじそうに談笑していた。
「――でね、会場も満員で、すご~く可愛くてかっこよくって! やっぱ生の迫力は違うよ~。ここ最近は歌やパフォーマンスのレベルも上がってて!」
「お母さんも言ってたなぁ。たまにネットの広告で見かけるし、今来てますねー」
「そうなの~、ほんと小さなとこで頑張ってる時から応援してるから、嬉しくて!」
どうやらリリーは、先日の推し活について咲良に話しているようだった。
咲良の両親は共働きなので、どちらも朝が早いことがある。昔からそういう時、咲良は宮町家でしばしば朝食を共にすることがあり、珍しいことじゃない。
幼い頃から家族ぐるみの付き合いをしているだけに、リリーと咲良の中は良好だ。
宏太は話に熱中する二人へ、欠伸交じりの挨拶を投げた。
「ぉあよ」
「あら、おはよう宏太。今、お味噌汁温めるわね」
こちらに気付くなり、リリーはパタパタとキッチンへ向かう。
ダイニングテーブルに用意されている朝食は、焼き鮭に出汁巻たまご、ほうれん草のおひたしにごはんとみそ汁という、お手本のような和食だ。
宏太が自分の席に座ると、咲良はキッチンで鼻歌交じりに朝食を用意するリリーを眺めながら、どこか感心したように呟く。
「こうなんていうかさ、おばさんって、キャラ立ってるよねー」
「あー……」
なんとなく、咲良の言わんとすることを察する宏太。
東欧生まれの宏太の祖父の血を色濃く引き継ぐ、見た目のほほんとした感じのリリーは、天然物の赤みがかったブロンドの髪をしている。目や肌の色素も薄く、顔も彫りが深く、日本人離れした目鼻立ちだ。さらに見た目も若々しく、宏太と並ぶと少し年の離れた姉弟で通じるほど。そのくせ目の前の朝食同様、和風なものが好みときた。
「おまたせ~」
ややあってリリーが宏太の分の朝食を用意し終え、皆で食事を再開する。
そしてリリーは咲良を見て、なんてことない風に言った。
「そういや咲良ちゃん、アイドルとか興味ないの?」
「いやぁ、あまり。クラスの子たちでそういうの好きな人はいっぱいいますけど」
「そっちじゃなくて、皆の前で歌ったり踊ったりする方よ~」
「……へ?」
突拍子もないリリーの問いかけに、素っ頓狂な声を上げる咲良。
リリーはなおもニコニコしながら手を合わせて続ける。
「だって~、咲良ちゃんってかなり可愛いでしょ~。聞いたわよ、こないだモデルにスカウトされたとか~。学校ではもう既にアイドル状態なんじゃない?」
「いやいやいや、勉強で手一杯で歌や踊りを身に付けるなんて余裕はとても……っていうか、宏太は笑うなっ!」
「わはは、ごめんごめんって!」
つい咲良がアイドルとして歌って踊る姿を想像して噴き出したら、当の咲良から不機嫌そうな顔をして足を蹴とばされるのだった。
朝食を平らげた後、宏太と咲良はリリーに見送られながら宮町家を後にした。
最寄り駅から電車に揺られ、高校のある駅へ着く。
駅の改札口から吐き出され、学校へと向かう生徒たちの顏は、休日を惜しむかのように気怠い表情をしている。宏太もまた欠伸を嚙み殺していると、猫背になった背中を咲良に叩かれた。
「ほら、シャンとしてください!」
「痛ぅ~、もうちょい加減しろ」
宏太が涙目抗議をするも、咲良はやけに神妙な顔を返してくる。
一体どうしたのだろうか? 宏太が首を傾げると、咲良がこっそり耳打ちしてきた。
「ね、あの新入生スカート短すぎるというか、太ももエロくない?」
「朝から何を見てんだよ……」
宏太が呆れた顔を向ければ、咲良はテヘッと舌先を見せた。
咲良とそんな他愛ない話をしながら学校を目指す。
周囲を歩く新入生と思しきまだ新しい制服の生徒たちも、どこか物憂げな顔をしていた。だがそれは、彼らが学校に慣れてきた証でもあるだろう。
去年の今頃の自分はどうだったかと思い返すと、幼い頃からと同じように、咲良と今のようなやり取りをした記憶が蘇り頬を緩める。
その咲良はといえばスッと伸びた背筋で涼やかな微笑みを湛え、歩く所作も美しく、皆の注目を集めていた。何人かの顔見知りがあいさつ代わりに手を振ってくれば、にこりとした笑みを浮かべ振り返す。ただそれだけでその場に大輪の花が咲くかのよう。
まさに生徒の模範、優等生。
いつも通りの朝、これまで幾度となく繰り返してきた光景。
隣の宏太が内心いつものことながら、普段二人でいる時や今朝のリリーとの態度の差に眉を顰めていると、ふいに咲良が不思議なことを呟いた。
「つくづく思ったんですけど、私って主人公じゃないですよね」
他の生徒の目がある手前、猫被りモードで口ずさむ幼馴染の言葉に、宏太はよくわからないなといわんばかりに眉を顰める。
「どういうこと?」
「昨日の映画を観て、改めて思い知ったんです。私たちの歳って、物語に出てくるキャラと同じ年頃じゃないですか」
「それはまぁ、そうだが」
高校二年生、十六歳。確かに咲良の言う通り多くの漫画やアニメ、ラノベといった創作物の主人公たちと同年代だ。しかしそれがどういうことかと宏太が続きを促すと、咲良は視線を空に移し、どこを見るでもなく呟く。
「物語の主人公たちと違って、自分の部屋を絶海の孤島の城に繋げられたり、御曹司のオレ様イケメンが転校してきたり、学校によくわからない部活なんかあったりしませんし、毎日特にアクシデントがあるわけじゃなく、平穏無事。代り映えない毎日だなぁって思いまして」
「一応ここに、家がお隣同士で部屋も窓越しで顔を合わせられる、絵に描いたような幼馴染がいますが?」
「ふふっ。それならなおさら、少女漫画やラブコメの主人公になれそうにありませんね」
言外に、もう付き合って別れたからと告げる咲良に、宏太は少し困ったように答える。
「俺は別に、今の生活は気に入ってるけどなぁ」
すると咲良は虚を突かれたかのように何度か目を瞬かせた後、言い訳するように述べる。
「わ、私も別に現状へ不満があるわけじゃありませんからね? ただ何て言いますかその、物語の主人公たちのように、何か
「イイコト?」
「はい。ありふれた日々を変えてくれるような、特別な何か」
「ふぅん。……それってある日、テロリストが教室を占拠したり、爆破されたりしないかなぁって妄想するのと似たようなものか」
「も、妄そ――まぁそれと似たようなことかもしれませんですけど」
「ははっ、咲良って昔からちょっと夢見がちなところあったよな。お姫さまになりたいとか、魔法を使えるようになりたいとか」
「~~~~っ⁉ わ、忘れてくださいっ」
「痛っ⁉」
宏太が揶揄うと、咲良は頬を羞恥に赤く染めながら照れ隠しとばかりにわき腹を抓る。咲良は時々何かの作品に嵌った時、少し夢見がちなことを口走ることがちょくちょくあった。きっと、今回は週末の映画の影響を受けているのだろう。
滅多に見せない幼馴染の姿に宏太がなおもにやにやしていると、咲良は拗ねたように頬を膨らませそっぽを向く。
そしていつしか学校に辿り着いていた。咲良は、なおもぷりぷりとしたまま。
――少し言い過ぎたかも。
そう思った宏太が何か声を掛けようとした時、昇降口に人だかりが出来ていることに気付き、疑問に思ったことが口から零れた。
「何だアレ?」
「さぁ? あまり面倒なことじゃないと、いいんですが……」
二人は顔を見合わせた後、その場へ向かう。
咲良の願いも虚しく、近寄ると人垣の中心部の方から「何とか言えよ」「このビッチ」といった、思わず顔を顰めてしまうような女子生徒たちの罵る声が聞こえてくる。



