わたしで童貞捨てたくせに

第三話 素っ気ない後輩の本性 ②

 そんな数々の罵倒の中で〝朝熊〟という名が聞こえてくれば、状況を察せられるというもの。

 どうやら朝熊羽衣が男性関係のトラブルを起こしているらしい。先日、繁華街で危惧したような事態が起こっているようだった。

 できれば見なかったことにしてしまいたい。

 だけど咲良は生徒会役員という手前、こうした騒ぎを見過ごすわけにもいかなくて。

 咲良は大きなため息を吐きながら人波を掻き分け、この騒ぎの中心へ。もちろん宏太も咲良の身に危険が及ばぬよう、すぐ後に続く。

 そして目の前で繰り広げられる光景に、呆気にとられてしまった。


「おい朝熊、話聞けよ。どこに行くんだっつーの」

「教室」

「たっくんを誑かした言い訳しろっていってんだよ」

「何を?」

「~~っ! なんでゆうちゃんのカレシと一緒にいたか何か言えよ」

「知らない。寄ってきて迷惑」

「てめ……っ」


 複数の女子生徒から詰め寄られているというのに、羽衣はどこ吹く風と受け流し、彼女たちをまるで居ないもののよう扱い、ローファーから上履きに履き替える。

 いっそ清々しいともいえる傲岸不遜な態度に、周囲から上がるある種の感嘆の声。

 一方、言いがかりをつけていた女子たちは激昂するも、この衆人環視。さすがに彼女たちもこれ以上何かできるはずもなく、ぐぬぬと唸り声を上げることしかできず、そのまま去っていく。だけど彼女たちはその態度によって、羽衣への憎しみを募らせたのもありありとわかった。

 宏太は頬を引き攣らせながら、咲良に茶化すように言った。


「ほら咲良、イイコト、、、、起こったみたいだぞ」

「あ、あはは……」


 宏太の軽口に対し、咲良は曖昧な笑みを浮かべるしかできないのだった。

 

 

 教室に入るや否や、興奮気味の陽菜子がこちらにやってきた。


「〝白滴〟、めっちゃよかったんですけど!」

「ひなちゃんも観てきたんですね!」

「うんうん、お姉ちゃんが勧めるのもわかった! 導入からして主人公の女の子の悩みに共感できるし、すっかり引き込まれちゃって!」

「原作の小説はそのあたりの描写がもっと書き込まれていて秀逸で、私何度も頷きました」

「それお姉ちゃんも同じこと言っててさ、原作借りちゃったよ~」

「ぜひ読んでみてください!」


 咲良もまた、鞄を持ったまま陽菜子と白滴の話題で盛り上がる。

 そしてこの日は宏太も巻き込み虎の被り物を被った女の子がどうこう、子供の頃あんな不思議なお城と自分の部屋が繋がるようなことを夢想して云々、各キャラ抱えている悩みのあれこれと、ひたすら白滴の話をしていた。世間でも話題になっているだけあって、気になっていたクラスメイトもいたこともあり、彼らからも話を振られては良さを語っておすすめしたりも。

 そんな感じで訪れた昼休み。

 いつものように机を寄せてお昼を囲むなり、涼介が少し不貞腐れたように呟いた。


「オレも白滴、気になってきた……」


 顔を見合わせ、くすりと笑う咲良と陽菜子。

 宏太も涼介を茶化すように言う。


「週末、一緒に行けばよかったな」

「バイトだって言っただろ。ゲーム機買って五万円飛んだし」


 はぁ、と大きな息を吐く涼介。

 こればかりは仕方ないと宏太が肩を竦めると、涼介は片眉を上げて冷やかす。


「ま、どのみち先週末は行かなくて正解だったかも。上本町がいないと、宏太と宝仙寺さんのいちゃいちゃを、特等席で見せつけられるところだっただろうし。独り身には辛い」

「あのなぁ」


 宏太が抗議の声を上げ、隣で陽菜子が困った笑みを浮かべつつも涼介に同意する。


「あーわかる。あたしも直前まで二人のお邪魔虫になるのかなぁ、って気が引けていたところあったし。お姉ちゃんからのお誘いは、渡りに舟だったよ」

「ひ、ひなちゃんっ⁉」


 今度は咲良が友人の反応に物申すも、陽菜子はやれやれと小さくかぶりを振って受け流す。

 涼介はその様子を見てひとしきり笑った後、打って変わって別の話題を切り出した。


「ま、白滴のことは今度バイト代が入ったら考えるとして。そういや今朝、昇降口で女子の揉め事があったらしいな?」

「それあたしも聞いた。なんか一年の朝熊さんが絡まれて、人だかりになっていたとか」


 まさに今朝見たことについての話題だった。宏太は思わず咲良と顔を見合わせる。


「俺、その現場に居合わせたぞ。確かに絡まれていたけど、まるで気に留めてない感じであしらっていたというか……」

「はい、私も見ました。どういう事情かは詳しく知りませんが……その後、何かあったのでしょうか?」


 すると涼介は少し迷った後、躊躇いがちに口を開く。


「なんか彼女の黒い噂が流れてるって耳にしてさ。今朝のもそれ絡みだとか」

「それ、あたしも部活で一年と交流のある子から聞いたかも。確かパパ活してて、お金を払えばだれでもヤラせてくれるってやつ」


 陽菜子も遠慮がちに言葉を続ければ、咲良は眉間に皺を寄せて言う。


「あまり感心しない噂ですね」

「大方、振られた奴とか僻んだ奴とかが流したんじゃないか、それ?」


 宏太が続けて「どちらにせよ悪質だと思う」と繋げれば、涼介は肩を竦めながら答えた。


「オレもそう思う。けど実際にその子が何か繁華街とかで歳の離れた男と一緒にいるのを、何度も目撃されてるらしくてさ」

「あーそれ、昨日今日に始まったものじゃないらしいね」

「それは……」「それって……」


 困惑と狼狽の声を重ねる宏太と咲良。火のない所に煙は立たぬ。それについ先日、宏太と咲良も彼女がそれらしい場面に出くわしているだけに、一笑に付すことができない。

 皆でなんとも景気の悪い空気を作っていると、涼介はそれを吹き飛ばさんとばかりに、努めて明るい声を上げた。


「んなわけだからさ、変な誤解、、が広がる前に生徒会の方でも気を掛けてくれって話。こういうのもお手の物だろ、宝仙寺さん?」


 そう言って茶目っ気たっぷり片目を瞑る涼介。こうした生徒間のトラブルや悩みも、生徒会庶務に持ち込まれたりもする。去年だって何度か、似たようなことの問題の解決に奔走した。

 咲良はふふっと小さく笑う。


「そういうことでしたら、私たち、、の出番――」


 その時、廊下の方からバシャッ! と水を叩きつける大きな音が聞こえてきた。


「「「――ッ⁉」」」


 少し遅れて悲鳴にも似たような騒めきが、さざ波のように広がっていく。

 明らかに何かアクシデントが起こったのは明白。間の悪い出来事に、宏太たちは何とも言えない顔を見合わせた後、お昼を中断して現場へと向かった。

 

 

 噂の一年のモテ女子、朝熊羽衣とのファーストコンタクトは保健室と相成った。

 ベッドの縁に腰掛ける羽衣はジャージ姿。メイクも少しばかり崩れており、まだ湿り気を帯びている髪を、つまらなさそうな顔でしきりに気にかけている。

 改めて間近で羽衣を見てみる。少し幼さの残る可愛らしくも華のある顔立ちは、まるで夜空に輝く月の如く。その魅力に惹かれて声をかけられるのは、想像に難くない。それから彼女のあまりにもの存在感に、嫉妬を買うというのも。また今の羽衣の見た目はまさに、水も滴るなんとやらだ。彼女が物憂げにしている様子は、憐憫と共に庇護欲も誘う。

 なんとも厭世的な空気を撒き散らす羽衣を前に、宏太と咲良は困った顔を見合わせる。

 あの後、騒ぎを聞いて発生源の中庭に駆け付けたところ、水で濡れた羽衣が、さぞ鬱陶しいといわんばかりの表情で立っていた。見るからに尋常ではない事態だ。悪戯としても、度が過ぎている。彼女を遠巻きに見ている人たちも、どうすればいいかまごついている人ばかり。周囲からの声を拾うに、どうやら上階からいきなり水を浴びせられたらしい。

 そのままだと風邪を引きかねないし、放っておけないということで、咲良がすぐさま彼女の手を引き保健室へと連れて行って、予備のジャージに着替えさせたところだ。


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