わたしで童貞捨てたくせに
第三話 素っ気ない後輩の本性 ③
こうして関わった以上、咲良も生徒会役員という立場もあって、羽衣に話を聞かないわけにもいかないだろう。
咲良はこほんと咳払いをして、少し屈んで目線の高さを合わせ、優しい声で話しかける。
「先ほどは災難でしたね」
「別に」
「……あの場には呼び出されたか何かで?」
「そう」
「相手は誰かわかりますか?」
「さぁ」
「さぁって」
「よく知らない人」
「はぁ……」
しかし咲良が問いかけるも、帰ってくる言葉は素っ気ないものばかり。会話が成り立たない。まるで今朝の昇降口で彼女が絡まれていた時の焼き直しだ。暖簾に腕押し。ほとほと困った咲良が助けを求めるような顔を向けてくるも、宏太はただ左右に
明らかに羽衣は、こちらと話をする気が無いようだった。
その証拠に、先ほどからこちらと目を合わせようともしない。手ごわい相手だ。何かされてもこういう冷淡な態度だからこそ、相手の行動がヒートアップしていく要因でもあるだろう。
(はぁ……うん?)
その時、既視感めいた何かが宏太の脳裏に引っ掛かった。
それが何かわからずまじまじと羽衣を観察すると、彼女の目がやけに泳いでいることに気付き、ますます宏太の中で違和感が大きくなっていく。
しかしそれが何か判明する前に羽衣は立ち上がり、誰に言うまでもなくぽつりと呟いた。
「制服」
「アッはい、こちらです。陽の当たるところに置けば、放課後には乾くかと」
「ありがと」
羽衣は律儀にお礼を述べ軽く頭を下げ、保健室を後にする。
やがて彼女の姿が見えなくなって気配が消えると、咲良がげんなりとした声で呟いた。
「何アレ、お高くとまっているというか何ていうか……漫研の子に頼んであの子をモデルにした、メスガキわからせもののエロ同人でも描いてもらおうかしらっ!」
「一体何を言ってんだ咲良……あと、あれはそんなんじゃないと思う」
「ふぅん?」
すると咲良が胡乱気な目をしながら、こちらの意図を探るかのように顔を近付けてくる。
気圧されつつ、歯切れ悪く答える宏太。
「いやその、なんていうかカンなんだけど……」
「カン」
そう言って咲良は何とも言えないもどかしいような歯痒いような、複雑な表情で「むぅ」と低く唸った後、大きなため息を吐く。
そして何かを吹っ切れたように、にししと歯を見せて笑った。
「なら、宏太の言う通りなんだろうね」
「信じるのか?」
「宏太って昔から色々目敏いし気が付くし、何か気になったところがあったんでしょ?」
「言い方がちょっと気になるけど、概ねそんな感じ」
すると咲良は宏太の答えに納得したのか、パンッと両手を合わせた。
「なら決まり! まずは朝熊さんについて色々調べてみましょっ」
「あぁ」
実際に羽衣と話して見ると、本人の愛想のない態度と類まれな容姿が相まって、放っておくとより大きな問題を起こしかねない危うさがあった。
生徒たちの健全で平和な学園生活を守るため、生徒会庶務として今のうちになんとか手を打つ必要もあるだろう。
そのためにはまず、彼女のことをよく知る必要がある。
宏太と咲良は早速、次の休み時間に一年の彼女の教室へ足を運んだ。
廊下側から、こっそり中を覗く。すると窓際の奥で座る、羽衣の姿を見つけた。もちろん、ジャージ姿だ。退屈そうな顔で頬杖を突きながら、スマホを弄っている。すぐ後ろの棚には、彼女のものと思しき制服が掛けられていた。乾かしているのだろうか。
羽衣の周囲は、まるで彼女を避けるかのように空白地帯が出来ていた。
一人だけジャージ姿ということもあり、完全に浮いている。
しかも昼間の件はクラスの皆も知ることなのだろう。あちこちから羽衣に対して「朝熊さんまた」「今度のはさすがに」といった囁き声と共に、彼女への好奇の視線が注がれている。誰も羽衣に寄ろうともせず、まるで腫物を扱うかのよう。
その様子を見て、眉を顰める宏太。咲良も弱った様子で宏太へ囁く。
「やっぱりというか、クラスでは孤立しているみたいだね」
「話しかけてもあの塩対応じゃ、会話も弾まないしな」
「本人何も言わないのに、こうも悪い意味で注目されていると……」
「変な噂が加速しそうだな。んで、注目されるといえばほら、咲良」
「うん?」
宏太が視線で周囲を促すと、こちらに好奇の視線を向けてくる一年生たちに気付く。
ただでさえ一年の教室の前で、二年が教室を窺っているのだ。それが一年生の間でも、美人で有名な生徒会役員の咲良ときた。彼らとしても、何がどうしたのか気になるのだろう。思った以上に目立ってしまっていたらしい。
咲良は困った顔をするも一瞬のこと、すぐさまにぱっと華やぐ笑顔に切り替え、こちらを見ていたある一年の集団の一人へと足を向けた。
「確かキミは……囲碁部の
「は、はいっ! 先日は部のことで助かりました!」
「ふふっ。こちらはただ、業務上適切に対処しただけですので。それよりも少し、お話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ぼ、僕に応えられることでしたらっ」
そう言って咲良は羽衣のいる教室の方に視線を送り、彼女に関する話を振る。どうやら周囲からさり気なく情報を集めるつもりのようだ。
美貌の先輩に話しかけられ、少しばかりだらしない顔をする一年生。そして咲良が彼だけでなく、彼の周りにも話を振れば、会話の輪が広がっていく。
顔が広い咲良ならではの聞き込みの仕方と、そのコミュニケーション能力に感心する。ここで宏太が彼らのやり取りに口を挟み、一年生たちから美人の先輩と話せる機会を潰すのも悪いだろう。この場は咲良に任せることにした。
(うん?)
その時、宏太も見知った顔を見つけた。先日、図書室で本の返却を手伝った委員の子だ。
普段なら特に気にもかけず、スルーするところだろう。しかし彼女はやけにハラハラとした心配した様子で、しきりに羽衣の方へ視線を送っている。
彼女が他の人と違う反応をしていれば、気になるというもの。宏太は自分の中にある羽衣への違和感に突き動かされる形で、落ち着かない様子の彼女へ声をかけた。
「えっと、何か困りごとでも?」
「っ⁉ あなたは、確か図書室で本の返却でその……」
「あ、うん。そういや名乗ってなかったね。俺は二年の宮町。キミは?」
「い、一年の
「では改めまして布施さん。何か心配そうにしてたけど、どうかしたの?」
「それは……」
再度宏太が訊ねるも、布施は言いにくそうに口籠る。反応は芳しくない。宏太は眉根を寄せつつ、羽衣の教室へ視線を促しながら呟く。
「朝熊さんのことを気にしていたようだったけど、彼女と何かあったとか?」
「な、何もないですっ」
「本当に?」
しかし布施が先ほどからやけに羽衣を気にしていたのは事実。彼女もその自覚があったのだろう。宏太の訝しむ視線から逃れるように顔を逸らし、バツの悪い顔を作ることしばし。
やがて布施は諦めたかのようにふぅ、と小さなため息を吐いた後、少しばかり恥ずかしそうに口を開いた。
「朝熊さんとは何もありません。それは本当です。ですが、アレを見てください」
布施に促された先は、羽衣の机に掛かっていたスクールバッグ。そこには彼女のツンとしたイメージとは少々不釣り合いともいえる、可愛らしい猫のマスコットが付けられていた。
「みにきゃわ?」
「はい、そうです! しかもあれは伸びをしているハイブチくん! イベント限定でプレミアが付いてる非売品!」
「へ、へぇ……」



