わたしで童貞捨てたくせに

第三話 素っ気ない後輩の本性 ④

「しかも昨日は別のモノ、一部の地域のみで売られ大人気となった激レアのヘソ天キジトラ様を付けてたんですよ! 他にも幻のぼにゃーるクロちゃんとかも付けて来た日もあったし! 彼女、かなりのマニアですね。見る人が見たらわかります。あんなに無防備に付けてて、盗難にあったらと思うとどうしようかとハラハラしちゃって……」

「そ、そっか……」


 力説する布施に、たじろぐ宏太。どうやら羽衣はかなりの、みにきゃわグッズの収集家であるらしい。ちなみにみにきゃわとは、朝の情報番組内で放映されている、デフォルメされた猫のキャラクターたちの日常を描くアニメ作品だ。

 意外といえば、意外な一面。だが少しばかり親近感を覚えたのも確か。布施も完全に同好の士と認識しているようで、羽衣と話してみたいという気持ちが伝わってくる。

 宏太はこの話を聞けただけでも、大きな収穫だと思うのだった。

 

 

 その後、咲良は休み時間ごとに、生徒会の用事があるように装って、一年の教室へ話を聞きに行ったようだった。

 一方宏太は、去年同じクラスだった同級生たちを訪ねることに。

 皆も咲良の手伝いだと言えば、快く羽衣について知っていることを教えてくれた。

 やがて放課後になり多くの人が帰宅の路に就く中、宏太は咲良と教室に残り、集めた情報を交換する。咲良は一通り知り得たことを咀嚼しつつ、口元に手を当て難しい表情を作った。


「聞いた話を纏めますと、ますます朝熊さんがよくわからなくなってきました……」

「なんだかんだ呼び出しは全て律儀に応じるし、授業態度もきっちりしていて教師からの評価も悪くない。どうも性根は責任感も強いようで、これだけ聞くと優等生そのものだな」

「ですね。なら何故、あんな風に人を煽るかのような態度を取っているのか……」

「そのへん、なんとも不合理的だよなぁ」


 宏太と咲良がまいったと言いたげな顔を見合わせていたその時、教室に残っていたクラスメイトの一人が、素っ頓狂な声を上げた。


「なんだありゃ、校庭にパトカー来てるぞ⁉」

「「っ⁉」」


 宏太と咲良は突拍子のない言葉に瞠目し、思考が固まってしまう。

 他のクラスメイトたちもたちまち窓際に駆け寄り、「おい、マジかよ」「え、何か事件があったの?」とにわかに騒めき出す。我に返った宏太と咲良も、皆と同じように校庭を覗く。

 すると校門前に赤いランプを点灯させたパトカーと、昇降口に向かって歩いてくる警察官が二人見えた。あまりに現実離れした状況に、帰宅しようとしていた生徒たちも足を止め、中には警察官と共に校舎へ戻る人たちも。

 記憶を浚っても、校舎で何か騒ぎがあった声は聞いていない。しかし何か事件が起こっているようだ。それが何かわからないが、見過ごすわけにはいかないだろう。

 宏太は咲良と目を合わせた後、どんどん騒がしくなっていく教室と校内を横目に、まずは職員室へ向かった。

 

 

 器物損壊、恐喝、窃盗、名誉棄損。

 どれも立派な犯罪だ。これらが、警察が学校に来た理由だった。

 被害者は一年の女子生徒――朝熊羽衣。ことの発端は、彼女からの通報である。

 宏太が咲良と生徒指導の教師と共に警察官と合流し、現場こと一年二組の教室に駆け付けると、すぐに机の上にあるズタズタに切り裂かれた制服と、その前で無表情で佇む羽衣の姿が目に入った。それから羽衣の回りでヒステリックに叫ぶ女子生徒たちも。

 なんとか彼女たちを宥めつつ、羽衣は生徒指導室に連れて行かれ事情聴取。

 制服を切り裂かれた他、スクールバッグのマスコットが無くなっており、ロッカーからは《尻軽女》《死ね》といったメモの切れ端も見つかっていた。明らかに度が過ぎたイジメだ。

 現在、被害届をだすかどうかという話になっている。

 もしそうなった場合、犯人である彼女たちに下される処分は、生半可なものではすまないだろう。人生を左右しかねないといっても過言ではない。

 当然だが羽衣は被害者だ。彼女たちの私怨から、危害を加えられた。決定権は羽衣にある。

 しかし、学校としても大事にしたくないのも事実。

 生徒指導の教師は慎重に対応してね、逆恨みされたくないでしょと、暗に被害届を出さないよう示談に応じろと懇々と諭していた。

 もちろんその間の羽衣は、いつも通り無表情。何を考えているかは読めやしない。

 そして一通り学校としての考えを説明した生徒指導の教師は、最後に「生徒会の方でもフォローしてね」と、こちらにボールをぶん投げて去っていく。


「「「…………」」」


 後に残された三人の沈黙が生徒指導室を満たす。

 生徒指導の教師から後を託されたとして、何を話していいかわからない。

 正直、この件は生徒の手にあまっている。それでも咲良は、必死に言葉を絞り出す。


「き、今日はびっくりしました。大胆なことをしましたね?」

「…………」

「べ、別に責めているわけじゃないですよ? ただあんなこと初めてで、私もどうしていいかわからなくて……」

「…………」


 しかし、羽衣は相変わらず無反応。咲良が困ったような目で助けを求めてくるも、宏太としても渋い顔を返すことくらいしかできない。

 宏太はため息を吐きたい気持ちを呑み込み、羽衣を見てみる。羽衣はいつものようにツンと澄ました表情で、椅子に座ったまま佇んでいた。こちらのことなど、全く気にしていないかのよう。まるでさっさと話を切り上げて早く帰りたいといわんばかり。


(……あれ?)


 しかしその時、またも既視感めいた違和感を覚えた。

 それが何かを探るべくまたも羽衣を見やると、膝の上に置かれた拳からひょっこりはみ出している猫の尻尾に気付く。それには見覚えがあった。みにきゃわだ。布施が言うには非売品のレアもの。そして先ほど、彼女たちに隠され取り戻したものでもある。羽衣はみにきゃわを守るかのように、握りしめているように見えた。

 そう思うと、どうしてか羽衣の身体が強張っているようにも見えてくる。無表情な顔も、どこか緊張しているかのようだ。もしやと思った宏太はゆっくりと羽衣に近付き、彼女がみにきゃわマスコットを握りしめている手を取った。


「そんな風に強く握りしめていると、その子、、、も痛いって言うんじゃない?」

「っ⁉ え……あっ」


 羽衣は今気付いたばかりにびくりと肩を跳ねさせた後、ゆっくりと手を開く。そこにはスクールバッグに付けられていたみにきゃわのマスコットが顔を出す。それを見て羽衣は瞳を揺らした後「ふぅ」と息を吐き、強張っていた頬を緩ませる。

 その様子を見た宏太は、にっこりと微笑んだ。


「みにきゃわ、好きなの?」

「……好き」

「その伸びしてる感じ、気が抜けてほっこりするよね」

「ん。この子と一緒、気も緩む。だから、今日も連れてきて、けど緊張……ダメダメ……」


 シュンと項垂れる羽衣。宏太も釣られて苦笑い。片言だが今までにない羽衣の饒舌さ、そしてコロコロと変わる表情に呆気に取られた咲良が、思わず素になってこちらへ疑問を零す。


「ど、どゆこと?」


 その問いかけに宏太は、自分の中で朧げだった違和感を言葉にして形作る。


「彼女、ツンとして不愛想なんじゃなく、単に口下手で人見知りなだけってとこかな」

「……っ、……っ」


 羽衣は正解ですと言いたげに、コクコクと何度も高速で頷く。


「うそでしょう? ……そのことによく気付きましたね、というか宏太くんの女の子好きでよく見ている癖が役に立ちましたね⁉」

「おい、俺の醜聞が悪いっ!」


 信じられないと声を上げた咲良の声を聞いた羽衣は、少しばかりの躊躇いを見せた後、おっかなびっくりスマホを取り出しこちらに向けてきた。

 その画面に映るのは、黒くてモサモサした髪を左右でおさげにした野暮ったい女の子。

 宏太は咲良と共に、大きく見開いた目を羽衣へと向ける。


「これって、まさか……」

「こ、高校入学、直前の」

「ま、まるで別人じゃないですかっ⁉」


 驚く咲良に羽衣は気恥ずかしそうに頬を染め、俯きながら小さく「んっ」と答える。


「高校から、自分、変えたくて、一念発起。でも周りの反応、意外で。戸惑って……き、今日の放課後、制服、バラバラ。ハイブチくんも連れ去られちゃって、頭が真っ白になって。でも頼れる人、いなくて、つい一一〇番……」

「……」「……」


 思いもよらない真相に、宏太と咲良はなんとも気の抜けた顔を見合わせる。

 もどかしい空気の中、羽衣が弱った声でぽつりと呟く。


「わ、私、どうすれば……」

「それは……」「むぅ……」


 今日の件でかなりの大事になってしまった。

 そしてこれから自分がどう見られるのか、わからない羽衣じゃない。生来はただ気弱な女の子なのだ。いかほどの不安を抱えていることか。

 だけど、すぐさま解決策なんて思い浮かぶはずもなくて。

 しかしこうして羽衣という女の子の人となりを知ってしまった以上、生徒会どうこうを抜きにしても、力になってやりたいという気持ちが湧いてくる。

 三人がじれったい顔を突き合わせていると、ふいに羽衣が切実な声色で呟いた。


「私、変わりたい、のに……」


 すると咲良はその声を聞くなり息を呑み、すぐさま羽衣の下へ駆け寄り彼女の手を掴んだ。


「いい考えがあります。上手くいけば今のあなたを取り巻く状況を変えられるかと!」

「えっ⁉」

「やるかやらないかはあなた次第ですが、どうします?」


 真剣に迫る咲良に、羽衣は目を瞬かせた後、眉を吊り上げ意志の籠った声で返事する。


「やり、ますっ!」

「よろしい。あ、宏太くんにも手伝ってもらいますよ?」

「おぅ、任せとけ」


 もちろん宏太も、咲良の言葉に一も二もなく、頷いた。


刊行シリーズ

わたしで童貞捨てたくせにの書影