わたしで童貞捨てたくせに
第四話 芸は身を助く ①
――朝熊羽衣が警察沙汰を引き起こした!
その噂は一瞬のうちに校内を駆け巡っていった。
翌朝には各所で刃傷沙汰がどうこう、男を取り合って云々、退学者が等々、好き勝手囁かれている。多少の真実が交ざっているだけあり、ある程度の説得力も発揮していた。
もちろん、宏太や咲良のクラスでも、様々な憶測が飛び交っている。
そうして訪れた昼休み。二年三組に件の羽衣が現れるなり、教室内はシンと静まり返った。
今の羽衣の評価といえば、綺麗だが触れるもの全てを傷つける鋭い棘がある花、もしくは孤高の一匹狼。どちらも興味はあるが、危険で近寄りたくない生徒といったところだろうか。
「…………」
羽衣は上級生たちからの畏怖交じりの好奇の視線を集めるも、さらりと受け流してどこ吹く風と澄まし顔。堂に入っており、ただそこに立っているだけなのに絵になっている。まさに噂通りの気高い姫。皆のそうした印象を加速させるというもの。
そんな中、宏太はくすりと笑う。彼女が実は、緊張しているだけだと誰が思うだろうか。
「よく来てくれましたね、羽衣ちゃん!」
「んっ」
そしてある意味彼女と対極な存在といえる咲良が、笑顔で羽衣の下へ親し気に駆けよれば、たちまち教室中から驚愕と困惑の声が上がる。
しかし咲良は周囲のことなんて毛ほども気にすることなく、羽衣の手を引き、いつもの机を寄せて作った席へと連れてきた。従順ともいえる様子で素直にやってきた羽衣に、涼介と陽菜子は頬を引き攣らす。宏太も、二人の反応は当然だなと苦笑い。
涼介と陽菜子からどういうことだと説明を求める目を向けられた咲良は、コホンと芝居がかった咳払いをした後、にこりと微笑んで言った。
「紹介しますね。こちら新しく生徒会庶務のお手伝いをしてくださる、一年の羽衣ちゃん」
「……ども」
羽衣は二人に対しぺこりと律儀に頭を下げた後、咲良に促されてちょこんと席に座る。
一方、いきなりのことにしばし呆気に取られていた陽菜子が、おそるおそる訊ねてきた。
「えっと、どういうこと? 手伝いって宮町くんみたいな感じ?」
「そうです。早速、今日のお昼から手伝ってもらうことになりまして。ですので、ついでにお昼ご飯も一緒に食べようとお誘いしました。ね?」
「……ん」
咲良から水を向けられた羽衣は、こくりと頷きながら持ってきた弁当を広げる。
陽菜子は曖昧な表情で、「へぇ」となんとも判断のつかない言葉を返す。
とはいえ陽菜子の気持ちも、もっともだろう。問題児として噂のある羽衣が、生徒会の手伝いをする。不思議に思うのは当然だ。クラスの皆も気になっているようで、耳をそば立てているのがわかる。しかしまずは計画通り。宏太と咲良は顔を見合わせほくそ笑む。
今度は涼介が咲良を見て、直接聞くのは躊躇ったのか、少し歯切れ悪く宏太に問う。
「その、手伝いってさ……もしかして、昨日の警察が来た一件の罰とか、そんな感じで?」
「違うよ、涼介。朝熊さんは何も悪いことをしていない。そもそも昨日の件だって、彼女は完全に被害者だ」
「なら何でなんだ?」
「あー……」
当然の疑問だろう。宏太はそこで言葉を一旦区切り、羽衣に視線を向ける。
羽衣が小さく頷くのを確認してから、宏太は羽衣の本性をバラした。
「朝熊さん、実は人見知りのあがり症ってだけなんだ。それから口下手で上手く喋れない」
「「は?」」
涼介と陽菜子だけじゃなく他のクラスメイトたちも、信じられないと一斉に眉根を寄せる。
そして咲良が補足するように、説明の言葉を続けた。
「本当ですよ。噂になってるのは、人付き合いの拙さが色々裏目にでちゃいまして、それで。だからこれは、羽衣ちゃんのイメージアップ作戦なんです!」
「そう」
咲良の隣の羽衣も僅かに睫毛を伏せ、同意を示す。だが相変わらず無表情でシレっとした様子は、まるで心が籠っているようにも見えなくて。涼介に陽菜子、そして皆もにわかに信じられない模様だ。
そんな中、宏太が口を開き、この場の空気を無理やり変える。
「ま、いいからお昼にしようぜ」
皆もそれを合図に、お弁当を広げる。
こうして校内でも優等生と名高い咲良と行動を共にし、口下手な羽衣をサポートして徐々にイメージを変えようというのも作戦の一つだ。草の根運動、まずは身近なところから。
皆でお昼を食べる中、宏太は羽衣の弁当箱がやけにファンシーなことに気付く。
「朝熊さん、弁当箱もみにきゃわなんだ?」
「お気に入り」
「そういやグッズ、色々集めてるんだっけ?」
「たくさんある。趣味」
すると陽菜子が恐る恐る、会話に交ざってくる。
「へぇ、そうなんだ。意外だね」
「そういや昨日、羽衣ちゃんすごくみにきゃわについて語ってましたね」
「あぅ……」
咲良が揶揄うように口を挟めば、羽衣は気恥ずかしそうに肩を縮こまらせる。この場の空気が僅かに緩み、涼介も「いいじゃん、オレの妹も好きだぜ」と輪の中に入ってくる。
一度共通の話題で盛り上がれば、それなりに打ち解けるというもの。話も弾む。
この場を傍から見ると、羽衣は先輩たちに弄られる後輩。教室内から、彼女に対する警戒心も少しずつ緩んでいく。最初の第一歩としては成功だろう。
宏太と咲良が内心密かに手ごたえを感じていると、陽菜子が少し反省交じりの声を上げた。
「いやぁ咲良ちゃんの言う通り、こうして話すと朝熊さんって、普通の女の子だね」
「でしょう? 皆さんが誤解しているだけなんですって」
「けど逆に言えば、話さないとその誤解はとけないわけで。生徒会の仕事を手伝ってもらっても、話をする前に怖がられて逃げられると、本末転倒じゃない?」
「それは……」
ありうる話だった。咲良もむむむと、眉間の皺を深くする。
すると涼介がパチンと指を鳴らし、少々ふざけたノリで提案した。
「なら相手の警戒を解いてもらうために、一発芸とかどうだ? 例えばモノマネとか!」
「いや無茶振りが過ぎるだろ」
気弱な羽衣にはハードルが高いだろうと、突っ込みをいれる宏太。
涼介も「だよなー」とお茶らけた様子で答える。
しかしその時、羽衣がおずおずと片手を軽く上げていることに気付く。
「……朝熊?」
宏太がどうしたのかと名前を呼ぶと、羽衣は胸に手を当て、意を決したように呟く。
「モノマネ、得意」
「え?」「お?」「っへ?」「ほほぉ?」
思いがけない申告に、四者四葉の反応を示す面々。
宏太がどうしたものかと咲良に視線で問うと、とりあえずやらせてみようと小さく笑う。
そして陽菜子から「聞かせて、聞かせて!」期待の込められた声を受けた羽衣は、僅かに照れくさそうに深呼吸をし、雰囲気を一変させて口を開いた。
「『これ、猫です』」
「「「「――ッ」」」」
次の瞬間、羽衣のセリフは宏太たちだけじゃなく、教室中の言葉を奪った。
誰もがとある女官を幻視する。アニメでも人気の、謎解きもののキャラクターだ。まるで彼女がこの場に現れたと錯覚するほど、凄みがあった。これまでずっと片言で抑揚のない平坦な喋り方だった羽衣が発したとは、にわかに信じ難い。宏太もまた圧倒され、言葉が出なかった。
一方、当の羽衣はといえば、しきりに目を瞬かせ泳がせていた。周囲の反応が自分の思っていたものと違うのか、動揺しているようだ。教室が当惑と驚嘆の空気に塗り替えられていく。
そんな中、我に返った咲良が羽衣へと身を乗り出し、その手を握る。
「羽衣ちゃん、今のものすごかったんですけど⁉ 私それ、毎週観てますよ!」
「ん、私も」
興奮した咲良に気圧されつつも、はにかむ羽衣。ネタも通じてホッとしている様子。
すると横から陽菜子も弾んだ声をあげる。
「それ、よくCMで流れてるやつだよね? あたし観たことないけど、今のすごく迫力あってさ、おかげでちょっと気になって来たかも」



