わたしで童貞捨てたくせに
第四話 芸は身を助く ②
「ひなちゃん、ぜひ観てください!」
「一気見、おすすめ」
「うんうん、帰ったらチェックする。ねね、他にも何かできるのないの?」
「それ、私も気になります!」
「えっと……」
咲良と陽菜子から迫られ、たじろぐ羽衣。宏太の目には少し困ってるようにも見えた。
とはいえ、二人の気持ちもわかる。それだけ羽衣のモノマネには真に迫っていた。しかし羽衣は人見知りなのだ。詰め寄る先輩二人を窘めようとしたその時、またも羽衣は芝居がかった声を上げた。
「『わ、わかんないっピ』」
「「きゃーっ!」」
またもクオリティの高い羽衣の異星人を演じる台詞に、黄色い声を重ねるのは、咲良と羽衣だけじゃなかった。教室の各所からも、似たような感嘆の声が上がる。宏太もまた、自然に「ほぅ」と息を吐く。
ますます目を輝かせる咲良と陽菜子。そして涼介もこの流れにのってリクエストする。
「な、アレとかできる? ほらゾンビから逃げるやつの」
「ん……『男の人って、いつもそうですよね!』……?」
「それそれ! いやぁ、すげーっ!」
喜んだ涼介がぱちぱちと手を叩けば、他の皆からも拍手が上がる。宏太もまた、自然と手を鳴らす。
羽衣がその後もいくつかの要望に応えていくうちに、彼女がこの教室にやってきた時の空気はどこへやら。すっかり羽衣を中心に和気藹々としたものに変わっていた。
そんな中、咲良がしみじみと呟いた。
「はぁ、羽衣ちゃん本当にすごいですね。びっくりです。ね、宏太くん?」
「あぁ……」
咲良と心を同じくする宏太。
羽衣のモノマネは、どれも真に迫っていた。中には知らないキャラも居たが、そんなことは些細なこと。活き活きとした姿が彼女を通じて垣間見られ、まるで変身する魔法を唱えているかのよう。感動すら覚える。
その中でも特に胸に響いたことが、自然と宏太の口から零れ落ちた。
「なにより、どれも声がすごく綺麗だ。なんか耳と心に響く」
「ふぇっ⁉」
「へっ⁉」
何故か羽衣らしからぬ素っ頓狂な大きな声が上がり、少し遅れて驚きの声を重ねる宏太。
皆もこれまでにない羽衣の反応に、目を丸くしている。
戸惑い交じりの空気が流れる中、咲良は特大のため息をひとつ。ジト目を宏太に向け、詰るように言う。
「はぁ、まったく宏太くんは。隙あらば女の子を口説くんですから」
「口説いてねぇって。俺はただ、思ったままの感想をだな」
「自覚なし、と。これほどの可愛らしい女の子をモノにしたくなる気持ちは、わからなくもないですが。一体、どんな声を出させたいのだが」
「おい!」
少し際どいことを口にする咲良に負けじと睨み返すも、フンっと鼻を鳴らされるのみ。
「しかしまぁ、羽衣ちゃんのこの特技は意外でしたね」
「それは確かに」
その件に関してはこの場にいる皆も同じ気持ちで、うんうんと頷く。外野の中には、羽衣に話しかけたそうにしている人も見受けられる。
羽衣はちょっぴり気恥ずかしそうにしているものの、満更でもなさそうだ。
宏太は確信を込めて、咲良と羽衣にニヤリと笑った。
「とにかく、庶務の仕事に関して朝熊はそのモノマネで頼む。咲良と一緒なら、警戒されてもすぐその場を去られることはないだろう。イメージを変えるには、間違いなしだ」
最初、長期戦になるかと思われた羽衣のイメージアップ作戦に於いて、彼女の思いがけない特技は効果覿面だった。
咲良とあらかじめ一緒に考えていた『オラ、朝熊羽衣だゾ』『四〇秒で支度しますっ』『お前も手伝いにならないか?』といった台詞で挨拶したり返事をしたりすれば、これまでの噂とのギャップもあって、皆にとっても衝撃だったようだ。
三日もしないうちに羽衣はすっかり一見不愛想に見えるものの、やたらモノマネの上手い新入生として周囲に受け入れられていく。
あまりに呆気ないくらいスムーズに事が運び、羽衣だけじゃなく咲良と宏太も拍子抜けするほど。接した人たちが、あくまで羽衣のことは噂でしか聞いたことがないっていうのも、大きかったのだろう。ある意味、羽衣のコミュ症が正の方向に作用した形だ。
また、友達もできたようだった。相手は先日、羽衣のみにきゃわ好きを指摘してくれた布施。宏太も授業の合間、羽衣が彼女と一緒居るところを何度か目撃している。そのことを言ったら、意気投合して今度の休み一緒に遊びに行くとのこと。順風満帆過ぎて怖いくらいだ。
他にもクラス内でも、ちらほら話しかけられるようになっているらしい。もっとも人見知りからの塩対応は変わっていないらしく、布施が間に入ってなんとかしてるのだとか。
ちなみに羽衣にちょっかいを出していた女子生徒たちはといえば、羽衣の評価もすっかり変わったこともあり、完全に私怨からイジメをしたやつと認識されているのだとか。ちなみにまだ示談とかは決まってないらしい。それもあって彼女たちは針の筵で、肩身を狭くしているとのこと。自業自得、いいお灸にもなるだろう。
そうして迎えたある日の放課後。
咲良は本日の生徒会庶務仕事を手伝うため、布施と共にやってきた羽衣に告げた。
「今日は特に何もありませんから、帰っても構いませんよ。それに明日からは、もう手伝わなくてもいいですから」
「え?」
驚く羽衣に咲良はパチリと片目を瞑り、彼女の後ろにいる布施を見ながら理由を話す。
「もうイメージアップという、当初の目的は果たしましたからね。でしたらこの時間は友達と遊ぶことに使ってくれた方が、私たちとしても嬉しいです」
「……ん」
羽衣は咲良の言葉を噛みしめ頷いた、少しぎこちないながらも笑みを見せた。それは拙いながらも胸を鷲掴みにされるような心からの笑顔で、咲良と宏太の胸に熱いものが広がる。この件に関する、一番の報酬だろう。
「また、何かあったら……!」
そう言って羽衣はこちらに手を振り、布施と共に去っていく。これにて一件落着。
どこか達成感で胸を高揚させつつ、宏太たちも帰路に着く。
その道中、咲良はしみじみといった様子で呟いた。
「羽衣ちゃん……爪弾き者から一転、皆の人気者になりましたね」
「しかもちょっかい出された相手へのザマァ付き。まるで物語の主人公だな」
「物語にしてはあまりに出来過ぎているといいますか、まさに事実は小説より奇なりです」
「ま、あのモノマネがあってこその結果だと思う。俺も目の当たりにしてかなり驚いたし」
「あれ多分、かなり練習したんでしょうね」
「へぇ、どうしてそう思うんだ?」
「だって普段あれだけオドオドしていた子が、その台詞を言う時だけスムーズに発しているんですよ? それだけ身に付くまで練習したのかなぁって思いまして」
「確かに朝熊の性格だと、アドリブで急に振られたらテンパりそうだ」
「なにより、そうした努力が実を結んで……と思った方が素敵じゃないですか」
「ははっ、それもそうだ!」
茶目っ気たっぷりに言う咲良に、宏太も愉快気に笑う。
羽衣のことを振り返り、お喋りしながら歩く。
いつしか自宅が近付いて来た頃、今回の件について思ったことを口にした。
「あれだ。イイコトはなかったけど、イイコトはしたよな、俺たち」
「ふふっ、そうだね」
「イイコトなんて降って湧くのを待つより、こちらから掴みに行った方がいい」
「っ」
するとふいに咲良は立ち止まり、大きくした目をぱちくりさせる。
いきなりのことに訝しんだ宏太が振り返り「咲良?」と名前を呼ぶと、ふいに咲良は不敵な笑みを浮かべた。
「そうだね……うん、そうだっ!」
そう言って咲良は目と鼻の先にある宝仙寺家に向かって走り出す。今にもスキップしそうな足取りだ。
「ちょっ、おい! 今日出た課題、どうすんだ?」
「後で宏太の部屋でやるよっ。今日は先に着替えてくるからっ!」
「あいよっ」



