わたしで童貞捨てたくせに
第四話 芸は身を助く ③
突然のことで呆気に取られたものの、宏太は少し遅れて自宅へ帰宅した。まずは自分も着替えようと、階段を上り自室へ。適当に鞄を置き、カーテン越しに咲良の部屋を見て思う。
昔からこうして、咲良と共に何かするのが好きだった。生徒会の手伝いは気に入っているのもあるが、どちらかというとその延長という感覚だ。
(なんだかんだ咲良も十分、主人公していると思うけどなぁ)
昔の、引っ込み思案だった時のことを考えると、随分変わったものだ。
宏太が次はどんなことに巻き込まれるのやらと眉を寄せつつもくすりと笑い、制服を脱ごうと手をかけたところで、バタンッ! と玄関が開く大きな音が聞こえてきた。続いてバタバタバタと階段を駆け上る足音。
「こ、宏太っ!」
「咲良っ⁉」
そして勢いよく扉が開け放たれると同時に、咲良が胸に飛び込んできた。
抱きとめつつ、床に尻餅を突く宏太。全身に覚えのある、咲良の小ささと柔らかさが直接伝わってくる。本能がダイレクトに刺激されかねない感覚。一体どうしたというのだろうか。幼馴染としては不適切な距離感に男として困り、当惑よりも困窮が先に立つ。
「わた、私……っ」
咲良は上手く声を出せないでいる。宏太は戸惑いつつも咲良を見てみると、彼女はただ宏太にしがみ付き、嗚咽を漏らし、肩を震わせていた。尋常じゃない様子だ。
頭もスッと冷えていく。こんな状況の幼馴染を放ってはおけない。まずは咲良に何かあったのかを把握しなければ。宏太は咲良をあやすように頭や背中を撫でながら、声をかけた。
「落ち着け、咲良。何があったんだ? まずはそれを教えてくれ」
こうして咲良に縋られることなんて初めてだ。おっかなびっくり彼女を撫でる。
しばらく宏太にされるがままになっていた咲良だったが、やがて落ち着いてきたのか何度か深呼吸をした後、抱きついた手の力を緩め、潤んだ瞳を向けてきた。
明らかに泣いた痕に眉を顰めそうになるが、努めて咲良を安心させるよう笑みを向ける。
すると咲良も口元を緩め、とつとつと話し出す。
「……いきなりごめん、驚いたよね。私もどうしていいかわからなくて、動揺しちゃって」
「そっか」
「あのね、これから言うこと宏太と二人だけの秘密にできる?」
「当たり前だろ」
一体、これまでどれだけ似たような秘密を共有していることか。一つや二つ増えることくらい、大したことじゃない。宏太が意志を込めて頷けば、咲良もようやく気を緩め、どこまでも頬を赤くさせながら自らの秘密を告白した。
「私、賞を取ったの。雷撃文庫って知ってる? 小説、ラノベの、そこの……」
「……………………え?」
宏太は間の抜けた声を漏らし、まじまじと咲良の顔を覗き込む。
小説。受賞。予想外の言葉が飛び出し事態が呑み込めず、頭が真っ白になってしまう。
咲良が小説を書いていた。なんでも知っていると思っていたが、そんなことは初耳だった。
今まで、そんな素振りを見せたこともない。あまりに寝耳に水。思考がぐるぐる空回る。
「こ、今度デビューに向けての打ち合わせとか色々あるみたいで……私としても唐突なことで、嬉しいけど、色んな感情が追い付かなくて、その……っ」
なおも熱を籠めて喋り続ける咲良の言っていることが、頭の中に入ってこない。
「……咲良、作家になるんだ?」
「うんっ!」
辛うじて捻り出した言葉に、咲良は今まで見たことのない喜びに満ちた満面の笑みを返す。
初めて見る種類の幼馴染の笑顔に、宏太はただただ困惑混じりの驚きの顔を返すのだった。



