わたしで童貞捨てたくせに
第五話 変わりゆく関係 ②
「あぁ。っていうか変に勘違いされたくないなら、受賞のこと言えばいいのに」
そもそも小説で賞を取ったということは誇らしいことなのだ。皆への自慢になるだろう。
もし宏太が同じ立場なら、即座に言いふらしているに違いない。
しかし咲良は困ったように眉を寄せ、含みを残すように答える。
「それはちょっと、思うところがありまして。あと、結果が告知されるまで守秘義務があるので、本当は宏太くんにも言っちゃダメですし」
「そうなんだ」
「あの時は気持ちが昂っちゃって、つい……でも、宏太くんだから言ったんです。それに受賞したからって、絶対デビューできるというわけでもないし、まだちょっと……ね」
「なるほど」
「あ、それよりも宏太くんの方です! 今日は何か上の空って感じでしたけど?」
「それは――」
痛いところを突かれる宏太。自覚もあった。
原因だってはっきりしている。咲良の小説の余韻をずっと引きずっているのだ。
それほど、咲良の小説は宏太にとって衝撃だった。
しかしそのことをバカ正直に話すのも、なんだか悔しくて。
だから宏太は、咄嗟に思いついたことをぶっきらぼうに言い放った。
「咲良に呆れてたんだよ。今にも小躍りしそうで、見てらんなくてさ」
「……えへっ」
そして宏太は自信の軽口に照れくさそうにチラリと舌先を見せてくる咲良を見て、またも胸がキュッと締め付けられ、宏太は困った顔を作るのだった。
そうこうしているうちに、生徒会室に着いた。
中には誰もおらず、中央にある長机にはプリントの束がいくつか。
宏太はそれらを見ながら、咲良に訊ねる。
「今日の仕事は?」
「資料作り。放課後、部活の正式入部についての会議があるから」
「なるほど。てことはこれ、ひたすらプリント折ってホッチキスか」
「そゆこと」
時刻を確認すれば、昼休みは残り三〇分弱。経験則からこの量だとこなせないことはないが、余裕もないといったところだろうか。
時間を無駄には出来ないと早速長机に並んで座り、手分けして作業に取り掛かる。
いつもと同じ位置取りだが、どうしてか咲良との距離が遠く感じてしまう。そのことを振り払うようにてきぱきと無心になってプリントを重ね、ホッチキスで閉じることを繰り返す。
生徒会室にパラパラと紙を束ね、パチンと閉じる音だけが響く。
そして用意されたプリントの山が半分ほど減った頃、ふいに咲良が手を動かしたまま、なんてことない風に呟いた。
「これ、地味な作業だよね」
「しかもやっているうちに、何やってんのかわかんなくなっちゃうことあるしな」
「ゲシュタルト崩壊ってやつ。私もやってみて初めてわかったし、いい体験だと思ったよ」
体験。どうしてかその言葉を聞いた瞬間、何かが引っ掛かる。
それが何かを確かめるように、宏太は質問として形作った。
「そういや、咲良の書いた小説にこのことあったかも」
「あはっ、わかった? こういう体験とか結構作品に反映させてんだよね」
「……へぇ、そう言われると生徒会選挙の話のくだりとか、うちに似ていると思ったけど、それも?」
すると咲良はふいに自嘲気味の笑みを浮かべた。
「うん、そう。私、才能ないからね」
「えっ」
才能がない。いきなりの言葉に、宏太は信じられないと驚きの声を上げる。
咲良は顔を顰めながら言葉を続けた。
「私さ、自分が経験したことじゃないと書けないことを思い知って。だから、なるべく色んなことをしてみようとしてるんだ」
なるほど、よく聞く話だ。その言葉に嘘はないのだろう。
だけど、どうしてか宏太の胸がざらりと撫でられる。
なんて答えていいかわからない宏太は、努めて平静を演じて相槌を打つ。
「……そっか」
「うん」
はにかむ咲良に、宏太は曖昧な笑みを返す。
その後、意識を切り離して何も考えず、作業を続けた。
その日の放課後。会議室では各部活の部長たちが集められていた。
現在活発に新入生への勧誘が行われている。仮入部する人も多い。ゴールデンウィークを境に、部活も本格的に活動し始めるだろう。
今回はそれを見越して、正式入部する時の届け出の説明や、注意事項に関するミーティング――なのだが、開始早々宏太は咲良と共に皆へと頭を下げていた。
「「申し訳ありませんでしたっ」」
周囲からくすくすと忍び笑いと共に、「まぁこれくらい」「誰にでもミスはあるから」といった声が上がる。
昼休みに折り込んで作った資料だが、いくつか順序が入れ違っていたからだ。昨日から咲良のことで色々あって注意力が散漫になっており、確認が疎かになっていた。宏太のミスである。
ミス自体は些細なものだ。皆も笑って許してくれている。しかし宏太の背中には汗が滲み、床を眺める顔はさぞかし赤くなっているだろう。
本来の責任者である咲良にも頭を下げさせている自分が、まるで彼女の足を引っ張っているようで、堪らなく情けなかった。
その後、ミーティングは特に問題なく二〇分もかからず終了し、宏太は咲良と会議室を軽く片付け鍵を職員室へ返し、学校を後にした。
なんとも不甲斐ない気持ちで背を丸めたまま歩き、咲良と共に帰宅し自室に戻り、宏太は大きなため息を吐く。
すると咲良が発破をかけるように背中をパシンと叩いてきた。
「ほら、背筋伸ばす! どんまい!」
「咲良……」
「あれくらいのミス、誰にだってあるしさ、いつまでも落ち込まないの」
「あぁ……」
「それにああいう場で謝るのだって、私的にもいい
そう言って咲良はにこりと笑う。いつもと同じ、飾らない素の笑顔だ。
だがそれが今はやけに眩しく見え、宏太はそっと目を逸らす。
しかし咲良には宏太が拗ねたように見えたのか、やれやれといった調子で肩を寄せてくる。
「こら~、引きずり過ぎだぞ~。っていうか、らしくないぞ~」
「……はぁ」
返事の代わりに宏太はため息で応える。昨日、今日と初めて知る咲良の一面で、胸の中はぐちゃぐちゃだ。
だというのにこちらの心境のことなど知ったことかと、能天気に揶揄ってくる咲良へ次第に鬱憤を募らせていく。
睨むように咲良へ目を向けると、咲良は宏太の反応が気に入らなかったのか、ぷくりと唇を尖らせ頬を突いてくる。
「もう辛気臭いぞ~、元気出してってば。あ、そうだ。おっぱい揉む?」
両手で自らの、それなりに豊かな胸を抱える咲良。まったくもっていつも通り。
しかしその瞬間、宏太は今日に限って妙な魔が差してしまった。
「んじゃ、そうさせてもらう」
「ふぇ」
宏太は咲良の胸を鷲掴み、揉みしだいた。大胆かつ、遠慮なく。
咲良は突然のことに目を丸くし、素っ頓狂な声を上げる。
「…………」
「…………」
咲良の胸は強く指を沈み込むように力を入れても、張りのある弾力が押し返してくる。
男の身体には決して存在しない感触。宏太はただただ無言で咲良の胸を揉む。
ほんの冗談めいた、出来心のはずだった。
しかし久々に感じる感覚に、いつしか夢中になってしまう。
咲良は自分で言い出した手前、されるがまま。
やがて宏太の指の動きが変わる。
目の前の幼馴染のことは何でも知っている。まるでそのことを確認するかのように、ただ感触を味わうものから、性的感覚を引き出す慣れた手つきのものへ変化させた。
咲良の呼吸も徐々に乱れていく。それに気付いた咲良が、窘めるように言う。
「あのあの、宏太さん? ちょっと手つきがやらしくないですかね……?」
「…………」
その言葉で宏太は一度手を止めるも、次第に悪戯心がむくむくと湧く。
咲良がホッと息を吐くのも束の間、宏太は返事の代わりに制服の上衣に手を入れ、片手で器用にプツリとブラのホックを外す。そのまま胸へと手を移動させる。
「ち、直でっ⁉」



