わたしで童貞捨てたくせに

第七話 気付いたこと ②

 当初の目的は達成している。いつもなら繁華街に出てきたついでに、ここから適当にぶらりと遊ぶところだ。先日、映画を観に来た時もそうだった。

 しかし今日の咲良は「ん~」とポテトを摘まみながら何かを考え、あるお願いをしてきた。


「なら服を一緒に選んでよ。東京に着ていく、ちょっと大人っぽいやつ」


 宏太はつい反射的につまらなさそうな声で返事をする。


「……別に、今着ているやつで十分だと思うけど。それか、いっそ制服とかどうだ? 咲良の歳での受賞って珍しんじゃないか? 編集にも高校生だってことを印象付けられるし」

「ん~、それもアリかなって考えたんだけどね」

「考えたんだ」

「うん。でもそれって私じゃなくて、書いた話の作者が女子高生だっていう付加価値アピールしてるみたいで、なんかヤダなって。ちゃんと私が書いた話を見て欲しいし」

「ふぅん」


 咲良はっきりと自分の考えを口にする。それだけ小説と真摯に向き合っている気持ちが伝わってくれば、胸が締め付けられるも断れるはずもない。

 宏太はなんとも曖昧な表情で「わかった」と答えた。

 

 

 その後、いつもは行かないようなブランドの店を巡り、咲良が着たいものでも宏太の好みでもなく、顔も知らない編集という第三者に会うための衣装を、ただ客観的かつ機械的に選ぶ。

 いつもの買い物よりも大分慎重な咲良はたっぷり時間をかけ、やがて店員も太鼓判を押すこれぞというものに決めた。アシンメトリーが特徴のスカートと、落ち着いた雰囲気のニットを合わせたもの。いいものを買えたのか、咲良もにこにこ笑顔だ。


「助かったよ、宏太のおかげでバッチリなの買えたし」

「……どういたしまして」

「どうせならアレも新調しようかな~ほら、大人っぽい色気のあるやつとかに!」

「おい!」


 咲良が目を向ける先にあるのは、ランジェリーショップ。

 店頭には煌びやかな上下セットの下着がいくつもディスプレイさせており、男子は近寄るなという空気を形成している。咲良と付き合っていた時でも、行ったことのない類の店だ。

 ドギマギしている宏太に咲良が満足げな笑みを零すと、別の話を切り出した。


「ま、どのみち出費が続いてお小遣いがピンチだから買えないけどね。それよりちょっと早いけど、今日はもう帰ろうよ。宏太に見て欲しいものがあるんだ」

「見て欲しいもの?」


 

 

 帰宅して互いの家の前で分かれ、自分の部屋で待たされることおよそ三〇分。


「じゃん、これどうさ?」

「…………え」


 ようやくやって来た咲良の姿に、宏太は目を大きく見開き、間の抜けた声を上げた。


「お、いい反応! 初めてのメイクの割には、なかなかじゃない?」

「あ、あぁ……」


 咲良は先ほど購入した服に着替え、メイクも施していた。元々の素材がいい咲良のこと、メイクによって彼女の魅力が何段階も引き上げられており、服との相乗効果も相まって、まるで見知らぬ年上の女の子のよう。清楚で品のある女子大生といっても通じるだろう。

 本人はなかなかというものの、これは宏太の想像以上だ。まるで別人。

 咲良はくるりと回って自分を眺め、機嫌良さそうに呟く。


「なんかさ、大人の女~って感じがしない?」

「そうだな、化かされてるみたいだ」

「こら、言い方! でもコスメや服も宏太のおかげってことは……宏太に大人の女にしてもらったってことかな?」

「おい、人聞きが悪い」

「でも実際、私を大人の女の仲間入りさせたのって、宏太でしょ」

「うぐっ、それは……」


 付き合って互いの初めてを交換したことを、悪戯っぽい笑顔で指摘する咲良。言葉を詰まらせる宏太をしばしにんまりと眺めた後、ふとあることに気付いて話し出す。


「あ、そうだ。悪いんだけどさ、私が東京に行くゴールデンウィーク初日……宏太も一日中どこか外に出ててくんない?」

「はぁ? なんでまた」

「実は、両親に受賞のこと言ってないんだ。後は出版! てところまでこぎ着けてからの方がいいかなぁ、って思って」

「……ふぅん。まぁいいけど」

「ありがと! この埋め合わせは、別で何かするから!」


 親にも小説のことを隠し、上京する。咲良なりの考えがあるのだろう。

 だけど編集に会いに行くアリバイ作りの片棒を担がされたかと思うと、胸のモヤモヤが一層強くなり、それが苛立ちに変化していく。

 だからついそれが半ば嫌味となって、宏太の口から飛び出した。


「それにしてもそんな恰好するとか、編集に会うだけなのに随分な気合の入れようだよな」

「当たり前でしょ、編集さんは私のパートナーになる人なんだから。第一印象は重要だよ」

「――――っ」


 ――編集さんは私のパートナー。

 その言葉を耳にした瞬間、ズキリと胸が痛み目の前が真っ暗になってしまった。

 咲良はその後も何かを話しているが、その内容は見当たらず耳の右から左。全身から嫌な汗が噴き出していく。まるで暗がりの世界に放り込まれ、自分がどこにいるのか足が覚束ない。

 腹の奥底では、ぐるぐるとドス黒いものが渦巻いている。動悸は収まらず、吐き気を催す。

 宏太はここに至り、ようやく咲良がこれから進む道には自分がいないことを理解する。いや、理解させられた。


「それじゃ、私戻るね。打ち合わせに向けて最終確認しなきゃ」

「…………」


 そう言って去っていく咲良に、宏太は何て声をかけていいかわからなかった。

 

 

 産まれてからずっと、気が付いたら宏太の隣には咲良がいた。

 何をするにも一緒。家のアルバムを紐解けば、それこそお宮参りに七五三、小中高の入学式エトセトラ。人生の節目のイベントで、並んで写っているものばかり。

 家族よりも長い時間を一緒に過ごし、咲良のことなら何でも知っている。

 容姿端麗、品行方正、成績優秀、運動神経抜群。生徒会庶務の仕事を通じて学内でも顔が広く、多くの人に慕われ頼りにされている、まさに高嶺の花そのもの。咲良は天から二物も三物も与えられた才媛だと思われているが、そうではない。

 普段から予習復習を欠かさず、身だしなみや生活習慣にも気を配っているし、美容と健康のため適度な運動や筋トレにも余念がない。皆の目に映る理想を体現したかのような女の子というイメージは、彼女のたゆまぬ努力の上で作られた泥臭いもの。

 だから咲良はそのことを知られている宏太と二人きりの時にだけ気を許し、取り繕わない素の姿を見せていた。

 他にも小学校低学年までは本が好きで家に籠りがち、身体もさほど強くなく、親しい相手以外にはぶっきらぼうで無愛想だったことも知っている。何なら咲良本人も知らなかった左耳の裏にあるほくろとか、彼女自身では決して手の届かない場所の感覚、そこで与えられる得も言われぬ快楽すらも。

 それもこれも、幼馴染だからだ。

 これからもずっと、色んな咲良を知っていくのだと思っていた。

 しかしこれから先、小説家である宝仙寺咲良の顔を知ることはないだろう。

 それを知る相手は、小説作りのパートナーである編集だ。決して、宏太ではない。

 咲良は、小説家の道を進もうとしている。当然だ。その道を進むため、咲良は人知れず努力してきたのだから。どれだけ情熱を注いできたかなんて、受賞した作品を読んで思い知らされた。

 一方、自分はただ漫然と日々を生きているだけ。咲良のような目標なんてない。

 だから進む道は交わらず、やがて徐々に遠ざかっていくだろう。

 一度付き合って別れたという過去があるから、なおさら恋愛面でも交わらない。

 ――宏太の隣に咲良がいたのは、たまたま幼馴染として産まれただけ。

 そのことに気付かされた翌日。

 宏太は朝から抜け殻のようになっていた。

 何もする気が起きず、胸にぽっかり穴が空いてしまったような感覚。

 当然ながら咲良だけじゃなく、涼介や陽菜子からも呆然としていることを指摘されるものの、少し早い五月病といって周囲には誤魔化す。


刊行シリーズ

わたしで童貞捨てたくせにの書影