天才失格 -堕ちた魔王、探偵となる-
第一章 人生を決めるもの ②
そんな玖全の物言いを気にすることなく、彼女はニコニコしたままセントラルタワーを見ている。HATの撮影機能で、今の視界を写真として撮っているのだろう。
そして……、
「それで? 発表のときに天井にいたやつ、そんなに気になんの?」
「だぁーっ!」
一個前の話題に話を戻して来た。思わず玖全の肩がガクリと落ちる。
マジで、どっちがマイペースなんだよ、と思いながら玖全は答える。
「そりゃ気になるだろ、あんなの」
「そんなこと言ってぇ、高校生で初の最優秀賞取った発表を見返したいだけじゃないのー?」
「ちげぇっての。あんなのが見えるなんて変だろ。
「確かに、それ聞くと変だよねぇ。まあでも、バグか何かで、前の発表の
少女は、いたずらっぽく目を細める。
「幽霊とか」
「んなわけねぇだろ。いるわけねぇ」
だよねー、と言って彼女は笑いながらあっさり引き下がる。ほんの冗談だったのだろう。
快活に笑う幼馴染を見て、玖全はため息をつく。
本当にこの幼馴染にはペースを崩される。性格も完全に玖全と対照的。だが、そんな合うはずもない二人を、あるものが繋いだ。
「ねぇねぇ、それよりさっ、東電大の教授からのメール見た? アタシらの作った論文、めっちゃ褒めてたよねっ。『是非うちの大学に進学してくれ』って!」
「あぁ。しかも、俺らの基礎理論を参考に、軌道予測のアプリを作ってみたとか言ってな」
「そーそー。たしかに、あの最適化システムは、予測とかシミュレーションの分野のほうが光るもんねっ」
玖全の近くの空中に、
この一連の操作はすべて玖全の意思のみによって行われている。これも彼が被っているHATの機能によるものだ。人の脳の潜在機能を引き出すこのデバイスは、単純に脳波から人の意思も読み取ることができる。それにより、HATに関するあらゆることは、思考するだけで操作可能なのだ。
天音も同様にアプリをインストールしたのだろう。猫耳帽子を被った少女は、虚空を見つめながら「おー」と眉を上げる。
彼女の目の前に表示されている
「面白そうだね、これ。あの教授、確率的ハミルトニアンとオンライン学習を組み合わせた研究してたし、その研究で使ってたシステム、そのまま使ってそうだなー」
玖全は眉を上げる。天音の言っている研究を玖全は知らなかった。
だが、数秒の間を置き……、
「一昨年の論文のやつか。確かに、この論文に出てる、ノイズ下での保存量制約機能を、俺らの最適化アルゴリズムと重ねてそうだな」
今、論文を読み終えた玖全は、そう返答した。
これもHATによる思考補助のおかげである。知識の読み取り、吸収も、生身の人間では到底できない速度で実現できる。……あるちょっとしたものさえ、あればだが。
「でも、使うには結構要求する脳機能拡張多いなー」
「でも、俺らの『ちょっとしたもの』なら、これくらい余裕だろ」
「あ、もうー。あれは、発表用に言っただけだって。本気で言ったわけじゃないんだからね」
呆れたようにそう言いつつ、少女の表情にはどこか誇らしさのようなものが滲んでいた。
玖全は立ち上がると、街景色をその目に収める。
光り輝く夜の都会。立ち並ぶビル群が色とりどりの光を飾り、星明りを退けている。
空を飛ぶピンクの一匹のクジラや、ビルの上で踊る巨大なアイドルなど、これらすべてが、
これ以上ないほどに、今の時代を象徴する光景だ。
と、彼の視界に、あるものが映る。
ビルの間を跳びまわる人影だ。それも複数。彼らはみな、肩や腰から生やした機械の手足で、楽しそうにビルからビルへと跳び移っている。
奇妙なことに、彼らはパレードや戯曲に使われる目元だけを隠す仮面、いわゆるベネチアンマスクを被っていた。
天音が彼の隣に並んだ。
「おっ。来た来た。じゃ、アタシ先行くからっ」
と言って彼女がポケットから取り出したのは、飛び回る彼らと同じようなベネチアンマスクだ。彼女はそれを自らの顔に装着すると、ふっと前に跳んで、その身をビルから投げた。
それに続き、玖全もビルから身を投げる。同じくベネチアンマスクを顔に付けて。
涼しい顔で落下する玖全は自らの背に意識を向ける。それ合図に、背負った大きなリュックは、ガシャガシャと音を立てて見る見る変形していく。
そうしてほんの数秒後には、玖全は機械でできた六枚の羽根と二つの尾を携えた姿となった。その見た目は、機械部が見せつけるようにむき出しとなっていて禍々しい。
拡張肢。
玖全は体の一部となった羽から、エネルギーを放出するイメージで思考を走らせる。それだけで、玖全の体は落下をやめて宙に浮かんだ。拡張肢を動かすための運動エネルギーを、重力に抗う方向へさらに放出することで浮遊する技術だ。
拡張肢も、浮遊の制御も、玖全は小難しい思考などせず、どれも感覚的に使えている。これも
風を切って飛ぶ玖全の視線の先では、天音が一対の羽を生やし、同じく空中に浮かんでいる。玖全とは対照的に、その外装は綺麗な白いゴム質のようなもので覆われており、まるで天使の羽のような見た目をしている。
地に近づいた体を再び星へと近づけながら、二人はビルの間を跳びまわって遊ぶ者たちへと合流する。
拡張肢を付けた集団は、それぞれ機械の手足をビルの壁や端に引っかけたり、長い腕で跳躍したりと、各々の技術を用いてアクロバットに街を駆け抜けている。
そんな彼らは、玖全たちを見ると、口々に色めき立つ。
「クゼンだ」「魔王様だ」「魔王が来たぞ」「アマネちゃんもいる」「今日は何見せてくれるんだろ?」「魔王のご機嫌次第?」「アマネちゃんかわいい」「魔王様……」
好機と畏怖の入り混じった囁きは、小さなもの。しかし、聴覚拡張で聴力を上げている玖全には、それが全て聞こえている。
「フン……」
雑音に等しいそれを、玖全はつまらなさそうに鼻を鳴らして一蹴した。
と、集団の中から、一人の青年が近づいて来た。
「アマネちゃん! 来たか! それと、魔王様も」
「おい、その呼び方やめろ」
「はは、もうとっくに定着してる呼び名なんだから、諦めなって」
そう言った彼は、先が三叉になっている尾を持った青年だった。彫りの深い顔立ちに、赤いキャップ型のHATがよく似合っている。HATどころか、格好や髪色まで赤一色の目立つ男だ。顔はベネチアンマスクに覆われているが、年齢は玖全たちよりやや上なことが伺える。
玖全と天音は空中で停止し、赤いキャップの青年に体を向ける。
「ヒバリん先輩じゃんっ。お久しぶりでーすっ」



