天才失格 -堕ちた魔王、探偵となる-
第一章 人生を決めるもの ③
「おう、二人とも今日も来ないかと思ったぜ。うちのホープがいなくて寂しかったんだから」
ベネチアンマスクの下で赤いキャップの青年は笑みを零す。
彼は、玖全たちが所属するチームの先輩である。本名は知らない。みなヒバリと呼んでいるし、ここでは本名など教え合わない。チームでは偽名、ニックネームを使うのは当たり前。玖全たちは本名を名乗っているが、それを本名だと思っている人間はいないだろう。
「勝手にホープにすんなよ、ヒバリ」
「そうですよー。アタシたち、たまにしか来ないじゃないですか」
「イヤイヤ、お前ら来ると盛り上がるからな。うちで浮遊拡張持ってるのお前らだけだし」
彼の言う通り、ビルの上を跳びまわる青年少女たちは、みな機械の手足や尾で跳躍しているだけで、飛んでいるのは玖全と天音の二人だけだった。
「そんなこと言われると、照れちゃいますってー。……ってあれっ? ヒバリん先輩、拡張肢変えました?」
「ん? ああ、これか」
ヒバリは、自らの腰から伸びる三叉尾を上げる。玖全と似たような機械部品がむき出しのデザインだが、その表面は、燃えるような真っ赤な塗装に覆われている。
それを見た天音は目を輝かせる。
「それっ、ブラッド・スパインの二世代前モデルじゃないですか! 改造しやすいモデル選ぶとか、分かってますねっ!」
「お、流石天音ちゃん。やっぱ、自分で触るんならL―A系の規格じゃないとな」
「わっかります! 最近は、汎用化汎用化って、なんでもまとめちゃうから……。ヒバリん先輩の尻尾とか、手足動かすのと全然違うんだから、汎用モデルだと違和感ありますよねー」
マニアックな言葉の応酬に、玖全は肩を竦める。
「汎用機でも個別調整すれば充分だろ。拡張肢オタクどもめ」
「ちょっと! オタクじゃない! ちょーっと詳しいだけ! てか、機能だけじゃなくて見た目も前より良くなったと思うでしょ、ヒバリん先輩の拡張肢!」
「元のヤツ覚えてねーよ」
「えー……。元の銀色だったし、デザインも全然違うじゃん……」
ヒバリとの付き合いは短いわけではない。どれだけ他人に興味がないのか、と流石の天音も若干引いていた。
「相変わらずだなクゼンは。つか、拡張肢変えたの、そこそこ前だぜ? そんなに来てなかったのかお前ら。何かやってたのか?」
「プライベートな詮索はなしだろ。いろいろ忙しかったんだよ」
先ほど記憶再生機能で見ていたあの研究発表会のために、天音含め、ここのところ遊んでいる時間がなかったのだ。この集まりに参加するのは、二週間ぶりだった。
「んなこと言って、二人でイチャついてたんだろ」
冷やかすようなヒバリのもの言いに、二人は同時に噴き出す。
「ねーよ」「ないですねー」
チッチッチッ、と天音は余裕の笑みでヒバリに指を振って見せる。
「ヒバリん先輩。男女の友情は、成立するんですよっ。アタシと玖全は、親友なんですよ」
「ちげぇ。ただの幼馴染だ」
「んだとぉー、この間の論文の基礎理論考えたのアタシだぞー? ただの幼馴染がそんなことするかぁー?」
玖全はヒバリに目を向ける。
「実際、忙しかったのはマジだ。だがまぁ、有意義ではあったぜ。『蜂』にも有効そうな軌道予測のアプリもゲットしたしな」
「え、マジで? どんなアプリ? 俺にもくれよ」
「えーと、ヒバリん先輩は多分使えないと思いますよ」
申し訳なさそうに言う天音に続けて、玖全は人の悪い笑みを赤いキャップの青年へ向ける。
「高度計算と、思考加速と、並列処理と、空間把握の拡張使えんのか? それが必要だが?」
「……高度計算と空間把握しか使えねぇよ。つか、その条件で使えるのお前らくらいだろ」
やっかみの色が溶けてた物言いを、玖全は真っ向から受け止める。
「羨ましいか?」
「玖全。その言い方良くないよ」
首を振りながら天音はそう窘めた。ただし、玖全の言うこと自体は否定してはいない。
赤いキャップの青年はため息をつく。
「相変わらず生意気な奴らだ。年下のくせに。これだから、天才ってやつは……」
「えーっ、玖全はともかく、アタシはフォローしたのにっ」
「ほっとけよ天音」
そう言って玖全は身を翻して夜の街を飛んでいき、そこに天音も続く。
玖全の目の前に
玖全は高度を上げると、手足も翼もめいっぱい広げて、文明の光を一身に浴びた。
人の脳機能を拡張できるこの時代。この文明の輝きを受けるに必要なちょっとしたもの。
それは……、
(《才能》だ)
それが、あらゆる脳機能の拡張を使うために必要となるものだった。
例えば、今玖全たちが使っている浮遊拡張はその最たる例だ。玖全たちの周囲には、三〇人ほど跳びまわっている少年少女がいるが、浮遊しているのは玖全と天音だけ。実際、浮遊拡張を保有している人間は、一〇〇万人に一人との統計がある。
浮遊の機構自体は、拡張肢自体に組み込まれているものだが、それを、手足を扱うように感覚的に制御するのは、普通の人間の脳では無理なのだ。まさに天賦の才が必要となる。
脳で眠っている機能を引き出す。それが
人生を左右するこの要素は、生まれた瞬間から決まっており、生涯変わることはない。
人は生まれながらにして平等ではない。
現代において、それは目に見える形で誰もが分かっていた。
新たな四肢を生やして跳び回る少年少女たちは、その中でも「持つ者」側の人間たちだ。
現代の恩寵を一身に受け、持て余した才能で街中を飛び回る青年少女たち。
しかし、当然その行為は……、
『そこの
違法行為そのものである。
彼らに呼びかけてきたのは、眼下の道にパトカーを止めている一人の警察官だ。拡声器を片手に、険しい表情を向けている。パトカーは複数台あり、そこから降りてきている大人たちの顔もみな同様だ。
玖全はベネチアンマスクの下で鼻を鳴らす。
「『
それとも、プログラム的な『欠陥』の意か。いや、原義は同じであるうえ、おそらく命名した人間は、その意味も含めたのだろう。彼らは社会の『
玖全たちが所属するチーム、『
彼らが付けている仮面は、映像などで顔を晒されないように、とつけ始めたものが始まりだが、今や
二〇四二年現在、一〇代から二〇代の若者を中心とした、このような
天音は空中で肩を竦める。
「アタシら、他のチームと違って物を壊したり、抗争したりとかしないんだから、多めに見てほしいんだけどなぁ。……たまにどっかの魔王様が他チーム潰したりしてるけど」
「その魔王様が、『飛燕団』潰した時に隣にいたの誰だ?」
「あれは、玖全一人じゃ絶対警察沙汰になるって思って入っただけ!」
玖全はニヤリと笑って肩を竦める。



