天才失格 -堕ちた魔王、探偵となる-

第一章 人生を決めるもの ④

 この隣にいる幼馴染が、見かけによらず、そのあたりの暴械族ギア・バグズより武闘派なことを、彼はよく知っている。

 仲間たちは、笑いや暴言さえ吐きながら警察たちの真上を通り過ぎていく。歯噛みする警察たちの顔を見て楽しみながら。

 しかし、


「みんな!『蜂』だ! 逃げろ!」


 そんな声が聞こえた途端、跳び回る青年たちに緊張が走る。

 声の主は、先ほど玖全に話しかけてきた三叉尾の青年、ヒバリだ。ビルの看板を三叉尾で掴んでぶら下がっている彼の視線の先には、ワゴン型の警察車両がある。

 その警察車両の背部が開くと、プロペラを持った小型の機械がいくつも飛び出した。

 彼らが、『蜂』と呼ぶその小型機械は、警察が暴械族ギア・バグズ鎮圧用に用いるドローンだ。

 前面に取り付けられたラッパ状の機械のせいで、どちらかというと蜂より口を開けた亀のようなシルエットだが、彼らにとってその脅威はまさに蜂である。


『蜂』は、拡張肢を使って跳びまわる彼らよりも素早く小回りが利いた動きを見せ、その前面につけられたラッパのような機械から、特殊な電波を発する。その電波は、HATを経由して、あてられた人間に極度の疲労を錯覚させ、その場で動けなくさせるのだ。

 運動機能を阻害しているわけではないので、この電波を受けても大抵は最低限の着地などはできる。それゆえ、跳びまわっている暴械族ギア・バグズに当てても、怪我をさせる危険性も低い優れものだ。もちろん、これは制圧する側から見た話だが。

 蜘蛛の子を散らすように、暴械族ギア・バグズのメンバーが蜂から逃げて四散する。

 それでも数人は検挙されてしまうだろう。……普通だったら。

 散り散りになるメンバーを見ていたヒバリは、すぐ近くで危機感のない表情で浮いている玖全たちへ目を向ける。


「おい、クゼン、アマネちゃん。今回はお前らが囮やれよ。この前、俺とアルスたちでやったんだから」

「はぁ? 俺らは囮なんかなくたってあんなのに捕まらねぇ。なんでそんなことしなくちゃいけねぇ?」

「……副リーダー命令だ」

「あ?」


 玖全は、空中で身を反転させ、ヒバリを見下ろす。


「何が副リーダーだ。俺より弱いくせに指図すんな」


 軍帽を被った青年は、長い尾型の拡張肢の先端をヒバリへ向ける。


「それともなんだ? ここで白黒つけて、メンバーの前で負け面晒すか?」

「お前なぁ……」


 呆れたような物言いをしつつも、ヒバリの頬には冷や汗が流れている。

 と、そのとき、


「こらっ」


 と、玖全の頭が固い物で叩かれる。天音の翼型の拡張肢だ。


「痛って! 何すんだ!」

「そーいうこと言うから、魔王様なんて呼ばれるんだよ」


 とはいいつつも、少女はどこか楽しそうな笑みで玖全を見ている。


「で? どうすんの? ホントにやらない?」


 試すような視線で、少女は青年の瞳を覗き込む。

 玖全は少しだけ目を逸らしたあと……、


「ま、もらったアプリの試運転にはちょうどいいか。やってやるよ」


 それを聞いた天音は、「ニヒヒ」と楽し気に笑うのであった。

 一方ヒバリは、ベネチアンマスク越しにでも分かるほどに疲れた表情を見せた。


「じゃあ、やってくれんのね。なら、サポートは俺と――」

「いらねーよ、俺ら二人で十分だ。終わったらいつものとこ行っとくわ」


 それだけ言うと玖全は空中で身を翻し、矢のようにドローンの軍団に向かって飛んでいった。ほとんど同時に天音がそこに続く。


「いってきまーす」

「あ、おい!」


 ヒバリの制止の言葉を背に、二人は宙を駆け抜ける。

 ただ一対の翼を持つ天音。三対の翼と二つの尾を持つ玖全。特異な才を持つ二人がドローンたちと対峙する。二人のどちらにも恐れはない。それどころか、笑みさえ浮かべている。


「んじゃ、早速、もらったアプリを使わせてもらおうか」


 一つ思考を挟むだけでHATが反応し、アプリが起動する。

 目の前に拡張映像ARの文字が表示される。

 《百手の巨人センティマニシステム起動――拡張チェック……高度計算、思考加速、並列処理、空間把握、オールクリア》


 玖全の視界の上に、拡張映像ARのガイドが重なる。表示された数字は二五。視界にあるドローンの数だ。暗視拡張によって光と夜にまぎれるドローンの数も正確に捉えられる。

 HATの補助を受けた彼の頭の中で複雑な思考が織りなされ、数秒後、彼の視界にドローンの予測起動とその銃口が向けられている線も表示される。

 玖全の隣で、同じアプリを使っているであろう天音が、楽しそうに声を上げる。


「おお、便利便利っ! リアルタイムにやり続けるのはちょーっと疲れるけどっ」


 予測起動と銃口の線の数はドローンと同じ二五。ドローンごとに色分けされているとはいえ、景色へ立体的に重ねられたその情報は、到底人間に処理しきれるものではない。……脳機能の拡張をしていなければ、だが。

 処理能力拡張により、瞬時に全ての情報を把握し、玖全は自分がどうするべきかの思考を重ねる。その結果は――、


「天音。正面から突っ込む。合わせろ」

「言うと思った。りょーうかい」


 一気に加速した玖全に天音が続く。何も言わずとも玖全が先頭、その背後に天音が追従する並びとなる。

 囮といっても、自ら犠牲となって捕まるわけではない。仲間が逃げるまでの間、ドローンの大半を引きつけておくだけだ。

 いくつものドローンが反応し、玖全と天音に音波の銃口を向けるが、その動きの予測線と銃口のラインが見えている彼らはそれを器用に全て躱す。

 もちろん、普通の思考で反応しているわけではない。彼らの持つ才能の一つ、思考加速拡張によって一瞬で状況の把握と判断、どう体を動かすべきかを決めて動いているのだ。

 先頭の玖全は流石に避けきれない音波攻撃もあるが、その場合は多数の羽を使って防ぎ、それでも防ぎきれない場合は、


「おぉっと危ないよぉ」


 天音が翼を閉じながら射線上に入り、玖全の死角から撃たれた音波攻撃を翼で防ぐ。

 かくして、二人はドローンの大群のど真ん中を通り抜け、その場にいたほとんど全てのドローンに狙われることになった。

 ドローンは基本的に自動操作で、並列処理拡張ができる人間が全体の指揮を執っていることが分かっている。なので、囮役が自らドローンに近づけば、自動的にドローンは囮役をターゲットに再設定してしまい、これを繰り返すことで統制を乱すことができる。

 普通は五、六人でこのターゲットの分散を行うのだが……。


「流石にスリルあんな」

「だねー」


 と、たった二人でそれを行っている当人たちは、余裕の笑みを浮かべている。

 才能が可視化される時代に、さらに天に恵まれたとしか言いようのない才を持つ二人組。まさに、彼らこそ天才の名が相応しい。

 玖全はドローンから逃げるどころか、自ら近づき、その翼で叩き落す。一機どころか、二機、三機と、まるで空中で踊るように数多のドローンを圧倒していく。


「いいねー魔王様!」「全部やっちまえー!」「もっと魅せろー」「頑張れ魔王様ー」

「チッ……。あいつら……さっさと逃げろってのっ!」


 遠巻きにはやし立てる仲間たちに、破壊したドローンを投げつけてやる。

 すると、「やべっ怒った!」「逃げろ!」なんて、口々に言いながら彼らは去っていく。


「玖全、あんまり『蜂』壊さないでよ。暴械族ギア・バグズの風あたり、もっと悪くなっちゃうじゃん」

「いちいち取り締まるのは割に合わねぇって思わせたほうがいいだろ」


 そんな言い合いをする余裕を持ちつつ、二人はドローンを捌いていく。

 引き付けられたドローンは玖全と二人で三分の一程度か。いや、そのドローンたちも、いくつかはもう別の標的を追おうと散開している。人間の制御なしでも流石に二人を全機で追うなんてポンコツなAIは入ってない。


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