天才失格 -堕ちた魔王、探偵となる-

第一章 人生を決めるもの ⑤

 示し合わせたようなタイミングで、再度二人は空中で身を翻すと、自分たちをターゲットとしなかったドローンへと向かっていく。もちろん、自身をすでに追っているドローンの銃口をアクロバットに避けながら。

 玖全は数多の羽で積極的にドローンを破壊しようとするが……、


「はいはーい、危ないよー」


 と、天音がタイミングよく玖全を翼で押しのけてきて思うように壊せなくしてくる。玖全は文句を言う素振りこそ見せるが、実際天音のサポートは、死角からの攻撃を避けさせたり、玖全の深追いを防いでくれたりしてくれているため、口を紡ぐしかない。

 煌々と月が輝く空に、人と機械が舞い乱れる。

 拡張映像ARが彩る夜。翼や尾を持つ影を、小さな機械が追い立てる。その様は、どこか舞踊のような煌めきを見せて、都会を彩る景色の一つとなる。

 一方的にドローンを翻弄し、破壊してまわる玖全の姿は、まさに魔王と呼ぶにふさわしい。

 五分ほど経過したころだろうか。二人の周囲には仲間たちの気配は一切なくなった。みな逃げおおせたのだろう。


「天音。そろそろあがるぞ」

「おっけー。じゃあ、アタシ先あがるね」


 時間稼ぎは十分。後は自分が逃げる時間だ。

 玖全は天音が引きつけていたドローンの前を横切る。と、同時に自身の翼や尾を目いっぱい広げた。ドローンの配置的に、こうすることで、どのドローンからも天音が見えなくなる。

 そのタイミングで幼馴染は一気に高度を下げ、ドローンに気づかれることなく路地へと姿を消した。

 残された玖全は、空中にて自らの体をすっぽり包むように翼を閉じると、弾かれたような勢いで加速し、ビルの隙間を飛び去って行く。

 逃走ルートは決めてある。二つ先の通りにあるボロビルの路地だ。

 尾を引くように数機のドローンが彼の背に追いすがってくる。

 ドローンの追撃を躱しながら、吸い込まれるように急カーブして路地へと入る。そしてそのまま尾でビルの壁を掴み急制動。落下するように一気に路地の地面近くまで急降下した。

 彼を追い、路地へと入ってくるドローンは、しかし、路地に入った瞬間、躊躇うようにその場に制止した。

 路地の上方、ドローンたちが入り込んだ高さには、雑に張り巡らされた配線が通されており、ドローンであっても慎重に通る必要があるほどだった。

 もちろん、高度を下げればいいとドローンが判断するのに数秒もかからない。ただ、そのころには玖全は低高度のまま路地の角を曲がり切っていた。

 見失った玖全を、ドローンはもう追うことができなかった。

 こうして、夜の街に突如発生した追いかけっこは、玖全たちの勝利という形で幕を閉じた。

 

 


「ふぅ……流石にきついな……」


 ドローンとの追いかけっこからおよそ十数分後、完全に振り切ったと確信した玖全は、とある廃ビルの屋上で座り込んでいた。

 機械の翼とはいえ、そのエネルギー源は自分自身だ。実際の肉体ほどではないが、激しく使えば当然疲れる。三月も半ばで、そろそろ寒さに温かさが勝ち始める季節だ。息切れに合わせて滲む汗が止まらない。

 彼は少し帽子を上げると、ずっとつけていたベネチアンマスクを取った。そしてそのまま立ち上がりつつ、展開された拡張肢をリュックの形へと戻していく。

 この廃ビルは、彼と仲のいいメンバーが拠点として使っている場所だ。

 壊れた屋上の扉を開き、仲間たちと普段使っている四階へと足を運ぶ。明かりなどないが、暗視拡張のおかげで夜目もしっかりと利く。

 が、四階に下りても人の気配がない。コンクリートがむき出しの床に、夜と埃が立ち込めているだけだ。少なくとも「いつものところで」と言っていた天音はいるはずなのだが。


「おーい、誰もいないのかー?」


 声は廃墟に虚しく反響するのみ。彼は首を傾げながら窓の方へ目を向けると、


「……!」


 そこには、大きながいた。

 人型をしたが。

 玖全はその身と心臓を跳ねあがらせた。夜と廃墟というシチュエーションは、未だ現代においても人の心に良くない想像をさせるようだ。

 例えば、妖怪や幽霊といった、超常の存在を。

 もちろん、そんなもの玖全は認めていない。彼は眉を寄せると、改めてそのを見る。

 人型のそれは、古木を思わせるゴツゴツとした体表を持っていた。全身は星空を溶かしたように青く、僅かに差し込む月明かりに、その体表がギラリと光る。

 それの最も特徴的な部位は、その頭部だろう。目も鼻も見当たらない。いや、およそ顔と呼べるものはない。代わりにあるのは……、

 花だ。

 水が滴らんばかりの真っ青な大輪の花が、頭があるべき場所に咲き誇っている。異形なのは頭だけではない。その化け物の背からは、天使のような大きな翼が生えている。

 誰がどう見ても、異常な存在であることは明らかだった。

 ただ、その花の化け物を見る玖全の目は冷めていた。


(ビビらせやがって。なんかの拡張映像ARゲームのキャラか?)


 今の時代、自然ではあり得ない不可思議なものなど、誰もが見慣れている。

 とはいえ不思議なのは、許可した覚えのないこの拡張映像ARが玖全に見えていることだ。

 思い出されるのは、先刻の幼馴染の言葉だ。


『でも、拡張映像ARは公共配信のもの以外は、ハッキングでもしなきゃ勝手に人に見せる事はできないし――』


 もし、他人に拡張映像ARを見せられるなら、悪質なイタズラがし放題になる。当然そのための対策は、ばっちりされており、公に見せるための映像は、厳しい審査を乗り越えたものしか発信できない。だから、こんなところに、公共の拡張映像ARなどあるはずもないのだ。

 そしてもう一つ。彼の頭をよぎるのは、先月の研究発表会の会場で見た謎の影だ。

 見えるはずのない謎の影。あの時見た影と今この目の前にいる化け物が、どこか似ているような気もする。


「おい、天音か? 変なイタズラしてんじゃねーよ」


 返事をしたのは怪物のほうだった。


「ギイイイィ!」


 空気を軋ませたのは、不快な咆哮。口など無いはずなのに、その化け物は青い花弁を震わせて、空気が軋むような声を轟かせる。

 そしてそのまま、化け物は床を蹴り、勢いよく玖全へと飛び掛かって――、


「くだらね……」


 と、ため息をついて玖全はHATの拡張映像AR機能をオフにした。

 それだけで青い化け物は消え、彼の視界には静かな廃墟だけが残る。

 所詮拡張映像AR。機能をオフにすれば見えなくなるのは当然だ。

 玖全は頭を掻いて引き続き仲間を探そうとする。

 しかし次の瞬間、玖全の腹に凄まじい衝撃が走り、その体が吹き飛ばされた。


「ぐがッ……!」


 そのまま壁に叩きつけられ、喉から出てはいけない音が吐き出される。背負っていたリュックは金属の塊だ。衝撃は全く吸収されず、玖全の口に血の味が広がる。


「な……なんだよ、これっ……?」


 意味が分からなかった。視界には何も映っていない。遠くから何かぶつけられたのかと思ったが、体を押さえつける感覚は現在進行形で続いている。

 だが状況は彼の理解を待たない。押さえつけられているような苦痛はそのままに、彼の右腕に凄まじい激痛が走ったのだ。


「ぐ、ああああああぁっ!」


 焼けていると錯覚するような痛みが、肘の手前部分に集中し、そこから肉と骨が千切れている音が耳に届いた瞬間、

 

 玖全の右腕が血飛沫をあげて爆散した。

 


「があああぁっ!」


 血肉が散る不快な音と、ひどく濃い血の匂いが部屋中に散った。

 目の前に明滅する光は、拡張映像ARではなく苦痛が見せる幻覚。当たり前にあったはずの右腕の感覚の全てが、未来永劫の感覚を引き換えに激痛へと変えられた。

 理解が追い付かない状況の中で、ふと彼の頭の片隅である可能性が鈍く光った。


(まさか……)



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