天才失格 -堕ちた魔王、探偵となる-
第一章 人生を決めるもの ⑦
今度こそ、玖全は確信を持った。悪夢のような悪寒とともに。
才能が奪われた。
彼を天才としていた、その根源が。
冷たい絶望が鎖となって体を縛る。
だがしかし……、
「ダメだ……絶対にダメだ……!」
恐れもまた、人を動かす炎となる。
その炎は、次の瞬間に彼に巻き付く鎖を焼き切っていた。
ドゴォッ、と不快な破砕音が彼の耳を叩く。
見れば麦藁帽子の少女の尾が、青い化け物を再度壁に叩きつけていた。
「ギギイィイ!」
青い化け物は耳に引っかかる叫び声で叫ぶと、少女から距離をとった。
そのままさらに戦闘は苛烈になるかと思いきや、青い化け物はくるりと身を翻すとそのまま割れた窓から外へと逃げ出した。
玖全と同じ翼と尾を持った赤い化け物も、緩慢な仕草でそれに続こうとする。
「待っ……」
少女が険しい表情のまま化け物を追おうとするが、その足が止まる。
重症の玖全を慮ったのだろう。だがしかし、彼女のその思いは、一瞬ののちに砕かれる。
少女が青年の方へ振り返る前に、
「返せ……!」
と、地獄から這い出るような声とともに、玖全が彼女の隣を駆け抜けたのだ。
もはや重りとなった拡張肢を背から外しながら、青年は一直線に化け物へと向かう。
が……、
「ちょ、ちょっと!」
少女が玖全を抱き留めて静止させる。
「離せ……!」
「だめよ! なにやってるのっ? 自分の状態わかってる⁉」
眉を上げて叱責する少女だが、肩口から血を流す青年はまだ暴れる。
「関係ねぇ! 俺の才能が盗られたんだ……!」
「それは、分かってるわよ! アレは、そういうものだから……。じゃなくて! 今は才能じゃなくて自分の命の心配を――」
「才能がなかったら、死んだのと同じだ!」
振り向く彼の瞳には炎が燃え盛っている。妄執という名の炎が。
彼の脳裏によぎるのは、自身の人生だ。
「
だから……だから返せ!」
廃墟に響く叫びは、魂の咆哮。
その瞬間、玖全の足元で何かが鈍く光る。まるで叫びに呼応するように。
それは、先ほど少女が破壊した、赤い化け物の腕だった。
古木のようなそれは、一気に輝きを強め、光の粒となって四散する。そしてその光の粒子たちが、猛る玖全の右腕の切断面に一気に殺到したのだ。
「えっ、ちょっと……!」
麦藁帽子の少女は動揺し、思わず玖全から離れる。
その間に、玖全右腕の血が止まり、赤い光が形を成す。
現れたのは、ゴツゴツとした真っ赤な硬質の腕。
真紅の樹木が、新たな玖全の右腕となった。赤い化け物と、全く同じ見た目をしたそれが。
その大きさは常人の数倍。あの化け物についていた大きさそのままに、玖全の体長と同程度はある。加えて肩口に咲く真っ赤な花がその禍々しさを濃くしている。
だが、そんな自分の身に起きた異常を、当の本人は全く意に介していなかった。
「待て……!」
ただ彼の目に映るのは、今にも窓から逃げ去ろうとしている化け物ののみ。朦朧とした意識のまま、彼は化け物へと駆ける。そのまま、新しく得た腕にめいっぱい力を込め、
「返……せぇ!」
走る勢いのままに青年は、紅い化け物を殴りつけた。
ドゴッ、という激しい激突音がビル内に響き渡り、化け物の体が大きく傾く。しかし、その勢いは諸刃の剣。青年の体は、勢い余って化け物ごと窓の外へと飛び出していった。
「ちょっと、うそでしょ……!」
麦藁帽子の少女が血相を変える。窓から化け物ごと姿を消した青年を追って、彼女は急いで窓枠に駆け寄った。
ここは四階だ。生身で落ちて無事でいられるわけがない。
しかし彼女の心配は裏切られる。
青年と化け物は、一階分ほど低い位置にある隣のビルの屋上に落下していたのだ。
どちらも屋上の床に叩きつけられた姿勢から、立ち上がろうとしているところだった。
赤い化け物のほうは、新しく生えた翼や尾に慣れていないのか、絡まった自身の尾に邪魔されて立ち上がる動作がぎこちない。青年の殴打に反応できなかったことといい、こっちの化け物の動作はどうにも鈍いようだった。
青年もまた立ち上がる。あらゆる災禍をその身に受けてもなお、目に宿す渇望の光を衰えさせることなく。だが、彼の体は確かに悲鳴を上げており、体はふらつき、足は震えてしまっている。
一方、ここまでしても赤い化け物は玖全を意に介さなかった。くるりと彼に背を向けると、六枚の翼を羽ばたかせて宙に浮かぶ。当然のように、玖全の浮遊拡張も使われている。
「ま、待て……!」
一歩踏み出そうとするが、全身の痛みと失血の消耗がそれを許さない。
彼はそのまま、地面に倒れこんでしまった。
しかし、それでもなお、青年は去り行く化け物を睨みつけていた。
分からないことだらけだった。確かに分かるのは、自らの才能が奪われたということのみ。
人生の全てを決める、才能が。
「ふざけんな……」
燃え盛るは妄執の炎。遠のく意識の中で、その意思だけは確かにハッキリとしていた。
何も分からなくとも、それでも、奪われたのなら、やることは一つだ。
意識を手放す直前、天才たる資格を失った青年は、は魂に誓う。
絶対に。絶対に……、
「才能を……取り返す……!」



